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社会保障と税を考える(15.生活保護、抑制すべき? 拡大すべき?)

 さて、今回は、前回 見たような

・日本の生活保護の総額は、対GDP比で見て諸外国に比べ小規模
・捕捉率が低くなかなか保護を受けられないが、受けることになれば額は多い
・高齢者・傷病・母子で全体の8割を占めるが、近年は「その他」が急増中
・総額の約半分が医療扶助
・不正あるいは不道徳な受給がどの程度あるかは、分からない

という状況のもとで、生活保護制度をどのように見直すべきか。

1.政府の方針は「生活保護前の早期対応」と「現行制度ベースの適正化」

 いいタイミングで、厚生労働省が生活保護制度の見直しの方針を発表しました。
 具体的には、6月4日の国家戦略会議に「生活支援戦略の骨格 」というものを報告しています。


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 「生活困窮者支援体系の確立」「生活保護制度の見直し」が2本柱。
 具体的に見ていきましょう。

(1)生活保護に陥る前の早期の対応

 「生活困窮者支援体系の確立」とはわかりにくい表現ですが、要するに「早めに福祉の手をさしのべ、最期の手段である生活保護に陥る人を減らす」ということ。

 早めに困窮者を把握して個々人の事情に応じた支援を行ったり、働いて収入を得られる人が増えるようハローワークでの就労支援を強化したり。
 具体的に何ができるのかは難しいところもありますが、方向性としては誰もが支持できるところでしょう。

(2)現行制度をベースにした生活保護の「適正化」

 生活保護制度の見直しについては、いくつかの興味深い提案がされています。

 当面の対応として挙げられているのが、医療扶助の適正化と資産調査の強化。


 医療扶助の適正化については、電子レセプトを使って、不審な受診が多い受給者や医療機関をあぶり出し、指導に乗り出すようです。

 定期的な収入の把握に比べはるかに難しいのが、資産の調査。
 その資産の調査が簡便にできるよう、金融機関の本店で、特定個人が全国の支店に保有する口座の情報を照会できる「本店一括照会」を導入するようです。

 今後の検討課題として挙げられているのが、生活保護基準の検証・見直し、扶養義務を果たしてもらうための仕組み、罰則の強化、脱却インセンティブの強化など。

 「生活保護基準の検証・見直し」とはわかりにくいですが、「一般低所得世帯の消費実態との比較検証」とあるので、ワーキングプアの収入と比較して生活保護の額は多すぎるから引き下げ、といった結論を狙っている感じですね。

 扶養義務を果たしてもらうための仕組みとしては、扶養が困難という親族には不要が困難な理由の説明を義務付けることを検討しているようです。

 罰則の強化については、現在の不正受給の罰則は「3年以下の懲役または30万円以下の罰金」ですが、これを引き上げる方針のようです。

 生活保護は、例えば月15万円もらっている人が働いて月10万円得ると、丸々さっ引いて5万円しかもらえなくなるので、働こうというインセンティブがありません。
 そこで脱却インセンティブの強化として、丸々はさっ引かず収入の一部を積み立て、生活保護からの卒業時に返す「就労収入積立制度」の導入を検討するようです。

 これらの提案に共通するのは、現行制度をベースに適正化をするという考え方。

 もともと、乱診乱療も、隠し資産の保有も、扶養できる人がしないのもダメだったわけで、その判断基準を変えるのではなく、確認する手続を強化するだけのこと。
 額の引き下げも現在が多すぎたからで、就労収入積立制度ももともと丸々さっ引く方がどうかしてた。

 そういう、現行の制度や判断基準をベースにした、確認手続の強化や明らかにおかしい部分の適正化という観点では、世間でよく言われる論点と解決策を網羅していて、なかなかよくできた見直し案のように思います。

(3)医療費の自己負担は見送り

 ただ、現行制度をベースにした適正化としてよく言われる論点のうち、明らかに欠けているのが、医療費への自己負担の導入
 今後の検討課題としてもまったく登場しません。

 生活保護の受給者は、自己負担なくタダで医療を受けられます。また、受けられる医療の量に上限もありません。
 それゆえ、どう見ても健康なのに病院に行きまくったり、過剰な医療を要求したり、果ては薬を大量にもらって売りさばく人までいると言われています。

 そこで、タダじゃなく多少は負担させたり、上限を設けようという意見があります。
 確かに、タダゆえの気楽な要求はなくなって問題は減るし、負担が生じても現金給付を受けているんだからその中から払えば済みます。

 けっこういい案じゃないかと多くの人は考えるでしょう。私もそうです。
 ただそれは、健康体でたまに病気で医療にかかる人をイメージしているから。生活保護の42.9%が高齢者、33.1%が傷病・障害者であることを忘れてはいけません。

 タダで上限なく医療が受けられないと生死にかかわる人は、確実にかなりの割合でいます。一方で、その必要がない人がいることも確実です。
 本当は、タダじゃないと生死にかかわる人はタダ、それ以外の人は負担ありとするのが正しいと思います。

 確かに、線引きがすごく難しいのはわかりますが、サービスをタダで青天井で受けられるのは、モラルハザードの元。
 やはり、自己負担ありという類型の人も設ける必要があると思えますが……。

2.「納税者の納得のために抑制」か「貧困に陥っても安心なように拡大」か

 ここまで、政府がやろうとしている、現行制度ベースの適正化(+そこから少しだけはみ出す医療費の一部自己負担)について見てきました。
 しかし、しかし、です。

 医療でも、政府がやろうとしているのは現行制度ベースの「効率化」、重要な議論はその外側、効率化を超えた制限をするかどうか と書きましたが、生活保護も同様。

 重要な議論が、「適正化」という政府案の外側に残されています。
 生活保護にどこまでの役割を担わせるべきかという、方向性の違いです。

 一方は、生活保護はあらゆる手を尽くした後の最終手段と位置づけ、納税者の納得のためにできるだけ抑制するという方向性。

 もう一方は、他の手段はないのかとあまり強くは追及せず、貧困に陥っても最後は生活保護で助けてもらえるという安心感を重視する方向性。

 もちろん、両方のバランスが重要なのはわかります。
 生活保護法でも、2つの方向性が並べて書いてあります。

○生活保護法(昭和25年法律第144号)

 (無差別平等)
第2条 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる

 (最低生活)
第3条 この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。

 (保護の補足性)
第4条 保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。

 しかし、そんないいとこ取りのうまい話はありません。
 基本、どっちと考えるかは決めねばならず、それは重大な分岐点だと思います。

 2つの方向性の違いは、現場の運用では、親族の援助と仕事を得る努力をどこまで追及させるかで出てくるでしょう。

 生活保護を求める人に、親族の援助は求めたか、仕事は探したかと厳しく追及し、多くの人が受給は難しいと感じて去っていく。
 そういう状態を見て、コストをカットできたと歓迎するか、保護すべき人を放置したと憤慨するか。

 逆パターンも挙げないと公平じゃないですね。
 厳しく追及せず、裕福な親族がいたり、探せば仕事が見つかる人が、簡単に生活保護を受給する状態を、どのように感じるか。

 こういう根本的な議論を深めていくことが重要だと思います。
 みなさんは、どちらの方向性を支持しますか

 付け加えると、これまでの運用は親族の援助に甘く(援助できないと言えば受給可)、仕事を得る努力に辛かった(働ける年齢で持病もなければ受給不可)。

 老いた親を援助する慣習は薄れているし、仕事のない若い人にお金を配ると深刻なモラルハザードを招きそうで、現状がいいバランスなのかもしれませんけど。

3.個人的には貧困に陥っても安心なことを重視する方向性を支持
 長々と偉そうに中立を装って書いて、おまえはどっちだよって感じですね。

 澄まして「何事もバランスです」と言いたい誘惑を振り切って、あえてどっちかと言えば、貧困に陥っても助けてもらえる安心感を重視する方向性を支持しています。
 根拠は何もありません。すいません。

 とはいえ、いくらでも生活保護の費用を増やしていいわけはありません。

 いったん生活保護を受けたら半永久的に受け続けるのではなく、今より少し簡単に生活保護(他のセーフティネットでもいい)を与える代わりに、卒業もしやすくすることが大切だと思います。

 特異な悪い事例に注目しがちですが、貧困に陥ったけど生活保護の助けを受け立派に自立したという平凡な良い事例に光を当て、それを増やす努力が必要と思います。

 え? 働く気のない人が大量に生活保護に入ってきて、誰も卒業なんてしない?
 そうかもしれません。自信はまったくありません。

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 今回は「生活保護をどのように見直すべきか」について書きました。

 しかし、生活保護の見直しなんて無意味、廃止して他の制度で代替せよという意見も、ネット上を中心に多く見られるところです。

 代替制度としてよく挙げられるのは、「ベーシックインカム」と「負の所得税」。
 次回からは、この2つの制度をどう考えるかについて。

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