絶滅が危惧されているニホンウナギ。国内で販売されている半分程度には、密猟や密売などの違法行為が関わっている。もうウナギは食べないほうがいいのか。中央大学法学部准教授の海部健三氏は、「ウナギをめぐる異常な状況を変えるには、持続可能なウナギを選ぶという消費者の行動が必要だ」と訴える——。
※本稿は、海部健三『結局、ウナギは食べていいのか問題』(岩波科学ライブラリー)の一部を再編集したものです。

■見せかけの「環境アピール」にだまされるな
国内で養殖されているニホンウナギの半分程度に、密漁や密売などの違法行為が関わっています。環境保護団体のグリーンピースが行ったアンケート(*1)でも報告されていますが、国内の小売業者や生活協同組合は、この問題を認識しながらも、ニホンウナギを販売しています。違法行為が関わっていることを知りながら商品を販売する行為は、消費者に対する背信とも言えます。いま販売されているほぼ全てのニホンウナギには、こうした背景があります。
このことを知ったうえで、なお積極的に避けるべきウナギがあります。「グリーンウォッシュ」を行っている会社や組織が扱うものです。
「グリーンウォッシュ」とは、企業や組織が、総合的には環境に負荷をかけているにもかかわらず、一部の環境保全活動をアピールすることによって、あたかも「その組織や会社の商品やサービスを利用することが、環境保全につながる」かのように見せかけるという、詐欺的な行為です。ウナギに関しては、資源回復への効果が明確ではない取り組みや調査研究を行ったり、資金を提供したりすることによって、「ウナギ資源回復への貢献」を広報することが、「グリーンウォッシュ」に該当します。
これらの組織や企業も、自分たちが、違法である可能性が非常に高い商品を扱っていることを知っています。知っていながら、限られた取り組みで資源回復への貢献をアピールしているとすれば、それは詐欺に近い行為ではないでしょうか。
具体的には、以下のような項目に相当していながら、「ウナギの保護」「ウナギを守る」とアピールしている企業や生活協同組合のウナギは避けるべきです。
1.科学的知見に基づかない取り組み、例えば石倉カゴの設置や放流を行っている、またはこれらの取り組みに対して資金提供を行っている2.シラスウナギのトレーサビリティに関して言及していない
3.1または2に該当しており、かつ「ウナギを守る」ために寄付金を集めている
特に昨今、「ウナギを守る」と標榜しながら寄付を募る組織が多く見られます。寄付などの資金集めは、明確な目的、「ミッション」があって、初めて行うべきものです。
これに対して、「ウナギを守るため」として資金を集めている組織の中には、お金を集めた後になってからどのように使うべきか悩んでいるところが見られます。明確な目的が設定されていないにもかかわらず寄付を集める行為は、「ドナー・オリエンテッド」な行為です。
「ドナー・オリエンテッドな行為」とは、問題の解決ではなく、ドナー(寄付者)の満足感を高めることに重きを置いた行為を指します。その用途について明確なビジョンが存在しないにもかかわらず寄付を集めることは、ウナギを食べたいけれど、食べることに罪悪感を感じている消費者の気持ちを欺く行為であり、悪質なグリーンウォッシュとして、強く批判されるべきです。
■「食べて応援したいウナギ」を提供する企業
では逆に、消費者として積極的に選ぶべきウナギとはどのようなものでしょうか。現在では、適法なウナギを入手することすら困難です。このため、より適切なウナギを選ぶための基準となりうるのは、商品を扱う企業や組織の取り組みに「明確なゴールと客観性があるかどうか」です。現時点では持続性も適法性も担保されていないとしても、明確なゴールをもって、客観的な根拠に基づいた取り組みを行っている組織や企業があれば、消費を通じてそれらの取り組みを応援できます。
2018年になってようやく、こうした取り組みが順次公表され始めました。商品の選択によって、消費者がウナギの持続的利用の促進に貢献できる時代が近づきつつあります。以下では、そうした企業による先進的な取り組みを2つ紹介します(*2)。
1つ目は、岡山県北部の西粟倉村にあるエーゼロ株式会社による、持続可能なウナギ養殖を目指した取り組みです。エーゼロ株式会社は、「人や自然の本来の価値を引き出し、地域の経済循環を育てていく」ことを掲げるベンチャー企業です。代表の牧大介さんは、森林管理協議会(FSC)の認証を受けた、持続可能な林業に基づく地域おこしを西粟倉村で推進した方々の1人です。ウナギを通じて持続可能な資源利用、地域の循環経済がどのように進められるのか、注目されます。
■国際的な認証基準で自社の養殖を評価
2018年4月2日、エーゼロ株式会社は、客観的な指標に基づいて、持続的なニホンウナギの養殖に取り組むことを発表しました。そしてこの発表に基づき、ASC(編集部注:水産養殖管理協議会。自然環境や地域社会に配慮した持続可能な養殖業の認証制度を提供する、国際的非営利団体。本部オランダ)の基準に従い、認証機関による審査を受けています(正確には「予備審査」であり、実際に認証を受けるために行う「本審査」ではありません)。
ASCの審査によってギャップ(解決すべき課題)を明らかにし、「持続的なウナギの養殖」という、遠い遠いゴールへの到達度合いを確認しながら対策を進めるためです。「持続可能なニホンウナギ養殖」というゴールを、国際的に認められているASCの基準に基づいて設定し、審査を通じて現状を確認しながら状況を改善することで、確実にゴールに近づくことができます。ASCのような客観的な指標に基づく取り組みは、ニホンウナギでは初、世界的に見ても稀有な例です。
認証機関による審査の結果、102件の審査項目のうち、68件が「適合」、14件が「軽微な不適合」、5件が「重大な不適合」、その他15件は「該当しない」とされました(*3)。
「重大な不適合」とされた件は、「飼料の原料に関するもの」と「稚魚の調達に関するもの」に大別されます。前者は、餌の持続性に関する問題です。ウナギの養殖では主に天然の魚を原料とした魚粉を用います。養殖が持続的であるためには、餌も持続的でなければなりませんが、その原料が持続的とはいえない、と判断されました。この問題は、大豆など植物性のタンパク質を用いて餌に占める魚粉の割合を下げたり、資源が豊富で持続的な魚を原料とした魚粉を餌に用いたりすることで解決可能と考えられます。
一方、後者の「稚魚の調達に関するもの」を解決することは非常に困難です。というのも、ニホンウナギの数は減少していると見られます。にもかかわらず、科学的な知見に基づいた、持続可能なシラスウナギの漁獲量の上限は設定されていません。また、捕獲と流通において違法行為が蔓延(まんえん)しているため、出所が明確なシラスウナギを入手するのは大変難しいことです。これらの問題は、1つのベンチャー企業が単独で解決できるものではありません。
こうした資源状態や、シラスウナギをめぐる違法行為を考えると、ニホンウナギの養殖でASC認証を取得することは困難でしょう。しかし、ASCの基準に基づいて審査がなされたことによって、解決すべき課題が明確になりました。餌の課題が技術的に解決可能であるとすると、残される課題は「シラスウナギの管理」に絞られたことになります。この企業のウナギ養殖における最も重要な問題点が、シラスウナギの漁獲管理と適切な流通であることが確認されたのです。
これら明確にされた課題に取り組むことによって、「持続可能なニホンウナギ養殖のモデル」、つまり、多くの養殖業者が同じようにニホンウナギの養殖を行えば、ニホンウナギの持続的利用が可能になるような雛形を作ることができるはずです。ASCの考え方に基礎をおいたエーゼロの取り組みは、こうした雛形の開発を通じて、誰もが不可能と考えてきた、ニホンウナギの持続的利用を実現させる可能性があります。