記事

死ぬ権利と生きる権利(寛仁様薨去から)

三笠宮寛仁様が多臓器不全のため薨去されました。
報道によれば、昨年5月に新しい癌が見つかったとき寛仁様は「これ以上の手術は嫌だから緩和ケアに」とおっしゃったそうですが、医師は手術を説得して、最終的に了解を得ました。

報道からだけでは、昨年5月の時点の寛仁様のご病状はわからず、手術の説得が、医学的見地からのものか、ご家庭内に手術をすべきとするご意見があったのか、他の要因によるものかわかりません。
したがって、あらぬ推測は寛仁様やご家族のみならず、医師を傷つけることになりかねず、第三者としてはひかえるべきでしょう。

しかし寛仁様がご希望されたことから、考えさせられるものがあります。

単刀直入に言えば「死ぬ権利」についてであり、これは死に至るまでいかに「よりよく(可能な限り思い通りに)生きる」かの権利で、皇族だけの問題ではなく、すべての者に共通する課題です。

くしくも寛仁様が緩和ケアをご希望された件が新聞に掲載された日、尊厳死法議連が「尊厳死法」の第2案を公表したことが報道されました。(*注参照)

尊厳死法議連とは終末期医療について検討する超党派の集まりで、第2案は「いったん始めた延命治療を中止しても医師の(法的、行政的)責任は問われない」とするものです。
これは、回復の可能性がなく死期が間近と判断される状態を「終末期」と定義し、15歳以上の患者が延命措置を希望しない、中止したい、と書面で示し、2名以上の医師が終末期と判断した場合に適用する、とする案です。

先に示された第1案では、新たに延命措置を実施しないとする「不開始」が対象でしたが、その範囲を拡大したことになります。

第2案に対しては日弁連人権擁護委員会から「患者一般の自己決定権に関する法律が必要」と意見が出され、「日常の医療から終末期につながるとして、終末期医療だけに特化した法律の制定に反対」の立場が示されました。
これは、治療のすべての過程における患者の自己決定権に言及したものです。

「延命措置」で、最近、話題になったものとして「胃ろう」があります。
胃ろうは、口から食事ができなくった患者の腹に穴を開け、管を通して水分や栄養剤を胃に送るものです。
生命を維持するには好適かもしれませんが、意識が回復しない患者、重い認知症で眠っている老人、癌の末期の重症患者などでは、胃ろうで水分や栄養を補給しても本人のためになるかわからない場合があります。

「延命措置」は胃ろうに限りません。
気管切開、人工呼吸器装着などが日常的に行われています。
このように医療技術が発達した現代では、回復の可能性がなく死期が間近となった者をかなり延命させることが可能になりました。
そこで問題になるのは、いたずらに延命されることで苦痛を味わったり、人としての尊厳を失ったりすることに対して、患者の意志に従い、こうした医療をしない、もしくは中止する法的根拠です。
現在は、医師が患者の死期を早める行為をした場合、延命中止について明確なルールがないため、法的問題や倫理的問題として取り上げられ「患者の死」の責任を負わされかねません。
ここに尊厳死法の必要性があります。

「尊厳死」とは、患者が望む「人間としての尊厳を保ちながら」死を迎えることです。
「人間としての尊厳を保ちながら死を迎える」ために患者が正常な判断可能な段階で自らの意志を表明しておくものとして、各国で「リビング・ウィル(尊厳死の宣言書)」が提案されています。
日本では既に1976年から現・日本尊厳死協会が活動をはじめ、協会に「リビング・ウィル」の登録をしている者は現在12万5千人を超え(協会ホームページより)、人々の関心の高さがうかがえます。

ただし、「リビング・ウィル」や「尊厳死法」にもとづく書類で意志を明らかにできる者ばかりと限りません。
意志表明のないまま病状が進行し、表明が不可能になり、終末期となった場合。また、なにごともなく健康に生きてきた者が、突然の事故で意志表明できない状態に陥ることも珍しくありません。意志が表明できない、しにくい、障害者も存在します。
これらは無視できる事柄ではありません。

このような本人からの意志確認が不可能な状態で、「延命措置」の中止から一歩踏み込んで問題になったのが、1991年に起こった末期患者に医師が塩化カリウムを注射して絶命させた事件です。

この事件は、東海大学医学部付属病院で「家族の要請を受けた」とする医師が末期患者に塩化カリウムを注射して死亡させ殺人罪に問われ、患者の家族の強い要望があったことなどから情状酌量により刑の減軽がなされ、執行猶予2年の有罪判決が確定しています。
「尊厳死」を強引に消極的「安楽死」だとするなら、この一件は積極的な「安楽死」だったと言えます。
この判決では、医師による積極的安楽死として許容されるための4要件として、

1. 患者に耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること。
2. 患者は死が避けられず、その死期が迫っていること。
3. 患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くしほかに代替手段がないこと。
4. 生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること。

を挙げ、1. と 4. を満たしていないとして医師を有罪としました。
これは法の立場から安楽死が許される要件を示した日本初の例で、同時に患者に「死の迎えかたを選ぶ権利」を認めたことにもなります。
(なお、「安楽死」については、2001年に国家として初の安楽死を容認する法をオランダが、'02年にベルギーで同様の法が成立しています)

ただし、「尊厳死」についても「安楽死」についても、個人の死生観によって捉えかたが大きく左右されます。
仮に患者本人がこれらを望んでいるとしても、家族や親族が同じ気持ちとは限りません。

特に「脳死」を人の死とするか否かの問題は現在でも議論が別れるところであり、「終末期」を〈回復の可能性がなく死期が間近と判断される状態〉と定義するだけで問題は解決しきれません。

もし患者が「尊厳死」を受け入れる旨の意思表明をしていて、脳死状態になり生命維持装置が取り外されようとしても、医師は家族または親族から「殺さないでくれ」と懇願されるかもしれません。
あるいは本人と家族が「尊厳死」に賛成し「脳死が人の死」という理解をしていても、親族の中にこれを認めず責める者がいるかもしれません。こうなると、尊厳死を認めた残された家族は長く苦しみ続けなくてはなりません。

逆の言いかたをするなら、脳死問題に限らず、常に本人の意志が必ず尊重されるのか、という問題がつきまといます。

ざっと挙げただけでも、これほど人の死とは解決し難い課題を含んでいます。

私たちは日常的に「死」について考えることは稀で、家族の間で「死」について話し合う機会はもっとすくないでしょう。
しかし「死」について考えたり、話し合ったりするのは、最後まで「よりよく(可能な限り思い通りに)生きる」にはどうすべきか検討することにほかなりません。
死はすべての人に平等に訪れ、それは次の瞬間に直面するできごとかもしれないのです。

このように、自らの死ぬ権利、よりよく生きる権利に関わるものとして、「尊厳死法」の行方を注意深く見守る必要があるだけでなく、国民的な議論へ拡げて行く必要があるのではないでしょうか。
そして、週刊誌ネタになるわけでもないテーマながら、とても重要な事柄に地道に取り組んでいる国会議員を国民は応援すべきだと思います。



*注)
寛仁様が望まれた癌の「緩和ケア」とは、癌に伴う体と心の痛みを和らげ、生活やその人らしさを大切にしようとするものです。
緩和ケアは、癌の治療中か、入院か外来か在宅療養かを問わず、いずれの状況でも受けられます。
緩和ケアを受けるには、緩和ケア病棟(ホスピス)への入院と、緩和ケアチームによる診療の2つの方法があります。

WHO(世界保健機関)の定義によれば、

緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって、苦しみを予防し、和らげることで、クオリティー・オブ・ライフ(QOL:生活の質)を改善するアプローチである。

となります。
「緩和ケア」と「尊厳死」は異なる事柄です。

あわせて読みたい

「三笠宮寛仁」の記事一覧へ

トピックス

議論福島第一原発処理水の海洋放出は許容できるリスクか?

ランキング

  1. 1

    田原氏「菅首相は地雷を踏んだ」

    田原総一朗

  2. 2

    ひろゆき氏が日本の日付管理評価

    西村博之/ひろゆき

  3. 3

    北野武 死の「理由」憶測に持論

    NEWSポストセブン

  4. 4

    岡村隆史の結婚でNHKは一安心?

    渡邉裕二

  5. 5

    環境政策で野党のお株奪う菅首相

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  6. 6

    高齢者の命守る のどちんこ鍛錬

    毒蝮三太夫

  7. 7

    大阪都構想 橋下氏が悪目立ちか

    早川忠孝

  8. 8

    次は効かない…日本モデルの功罪

    PRESIDENT Online

  9. 9

    よしのり氏 マスク報道は不正確

    小林よしのり

  10. 10

    東京五輪中止の噂に組織委真っ青

    WEDGE Infinity

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。