- 2019年09月30日 14:09
仏の難民 想像を絶する苦難
1/2Ulala(ライター・ブロガー)
【まとめ】
・フランスでは難民受け入れについて再び議論が再燃。
・多くの難民はCADA等から支援を受け、仏で自立の道を探る。
・今後も増え続けるであろう難民申請に対策が求められる。
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フランスのエマニュエル・マクロン大統領が、ラジオ局Europelのインタビューにて、現状の難民受け入れ態勢について「きちんと受け入れようと思うと、フランスは全部の難民を受け入れることができない。」と発言し、「効果的・人道的ではない現在の状態」を残念だとした。
また、保護される資格がある人々が効果的に溶け込めるように、より多くのフランス語コースや、より強い雇用政策を設け、違法に入国した保護される権利を持たない者は、もっと速やかに送還しなければいけないと述べたのだ。
実際の話、フランスでは年々難民申請者も増加しており、それに伴い申請が認められる人数も増加し続けている。2014年には難民申請者が64811人であり、認められた人数が14589人だったものが、2018年には122743人の申請があり、33380人が認定されている。今後も同じペースで増加するとすれば、確かになんらかの対策を施さなければ収拾しきれなくなるだろう。(参考:Le Monde)
しかしながら、難民の受け入れに対してはフランス国内でも意見が大きく分かれており、今までも激しい議論を重ねてきた。それをまた蒸し返すのかと反発の声と共にメディア上ではいろいろな意見が飛び交っている。9月30日には国会で議論が行われることになっており、今後もこの議論は続いていくことになるだろう。
では、保護される権利を持っていると判断された難民たちは、フランスでどのように援助を受け、どのような生活を送るのだろうか。フランスまでにたどり着く話はよく目にするが、その後が語られることも少ない。そこで、現在フランスに在住している方に話を聞いてみることにした。
1.イランから来た弁護士
「イランから政治難民としてきました。」
と答えてくれたのは、28歳の女性、キャリーンだ。イラクで、法律を学び弁護士資格を取得し、トルコに6年住み博士号を取得したと言う。しかし、イランには帰らなかった。なぜなら、イランでは、女性として弁護士活動をしていくことは困難だと考えたからだ。トルコに滞在中、旅行と称してヨーロッパ中を回ったが、最終的にフランスが一番希望の生活ができる国と判断しフランスにやってきた。
フランスに着くとすぐに県庁に向かった。県庁では申請後、移民局DPM(Direction de la population et des migrations)から業務委託を受けた民間団体CADA(centre d’accueil pour demandeurs d’asile)を紹介された。そこでは、住む家と食べ物や衣類などの提供を受けて生活が保障される。CADAではフランス語も学んだ。彼女の話では、10年は滞在が保証されているらしい。そして10年の滞在期間中にフランス国籍の申請をできるという。
フランス到着から1年たった現在は、CADAの施設から出る予定になっており、低所得者用住宅HLMに入居できるかの審査待ちだ。イランの弁護士資格はフランスでも通用するらしいが、なにせまだ一年だということもあり語学力に問題が残っているため、集中的にフランス語を勉強している。ときには2件の語学スクールを掛け持ちする日もある。
現在でも住居と教育の面でCADAから支援を受けているが、日常的には車も所有し、普通の生活をしていおり、はた目から見たら昔からフランスに住んでいる住人と見分けはつかないだろう。
要請があれば、難民支援団体にボランティアで法律的なことに関してアドバイスをするなどの活動も行っている。将来は、イラン人はもちろんだが、フランス人も相手に、弁護士として活躍する予定だそうだ。
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