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利益と理想

 「景気が回復したら、改革する意欲がなくなってしまう」とは、小泉純一郎の総理大臣時代の発言です。今でこそ小泉純一郎を持ち上げるのは専ら朝日新聞や旧民主党系議員が主体ですが、この発言当時は与党支持層も含めた幅広い人気がありました。かくして「改革」のために景気回復を阻害する政策は続々と実行に移され、日本経済に致命的な傷跡が刻まれることになったわけです。

 不思議と今でも小泉純一郎を支持している層ほど、小泉政治が生んだ「結果」には否定的な風を装っている印象があります。一見すると奇妙なことかも知れませんが、実のところは「よくあること」のような気もしますね。小泉政治に限らず、その政策を支持しつつも結果は受け入れようとしない、こうした振る舞いは決して珍しいことではないでしょう。

 例えばイギリスのEU離脱も、離脱そのものは多数派の支持を得た一方で、離脱の結果を受け入れようとしている人は少ないと言えます。トランプ大統領の政策もまた支持層に利益をもたらしてはおらず、その結果についてまで評価されているとは言いがたいですが、それでもトランプ支持を続ける人は少なくありません。

 往々にして人は利益ではなく理想のために動きます。景気回復という「利益」よりも改革という「理想」を、国民から絶大な人気を得た政治家は選択しました。結果は悲惨なものでしたけれど、少なくとも在任中に総理の人気が衰えることはなかったわけです。利益よりも理想を追った、その姿勢が評価されたのでしょうか。

 一方で小泉純一郎の唯一の正の功績と呼べるのは北朝鮮からの拉致被害者帰国ですが、この関係者の間で最大の支持を得てきた政治家は、小泉とは別の人物でした。小泉時代よりは経済面でマトモな結果を出している現総理大臣は、この拉致被害の問題については成果らしい成果を上げていません。しかし、この問題の関係者の間では、最も人気のある政治家だったりします。

 安倍晋三が拉致被害者及び親族に何かしらの「利益」をもたらしているかは疑わしいのですけれど、それでも「帰還」という明白な成果を上げた小泉よりも、関係者からは慕われている模様です。結局のところは、利益よりも理想なのでしょう。拉致被害者を帰還させた小泉よりも、相手を非難する以外のことはできていない安倍の方が、関係筋の「理想」には近い、というわけです。

 とかく「利益」は汚いもの、「理想」は尊いものであるかのごとく扱われますが、より危険な害悪はどちらなのでしょうか。ポル・ポトの理想、小泉純一郎の理想、トランプの理想、安倍晋三の理想――「利益」は時に偏ることもありますが、「理想」ほどには人を害することはないように感じます。

 消費税増税もまた、理想の産物と言えます。この引き上げが決められたのは民主党政権末期ですが、当然ながら国民の支持を失う可能性の高い決定でした。しかも、この消費税増税に賛成する条件として野田政権は、自民党にとって好都合な時期の解散総選挙を約束したわけです。民主党にとっては自殺的な決断でしたけれど、それでも野田佳彦は逆進課税の理想を追求し続けました。理想の前には、利益など儚いものです。

 安倍晋三の良いところは、経済について「理想」がないところだと過去に何度か書きました。理想を持つ政治家は、その理想の実現のために利益を蔑ろにしてしまうものですが、経済について理想を持っていないからこそ、かろうじて「どっちつかず」の政策に踏みとどまっている、前任者達よりもマシなラインにあるわけです。しかし、安倍が「理想」を持つ分野についてはどうなのか、昨今は外交面で理想を「利益」に優先させる姿勢が目立ちます。

 利益を追うのは悪いことであり、「悪」=「利益を追っている」ものとして描かれることは珍しくありません。しかし、それは何処まで実態に合致するでしょうか。ブラック企業は本当に利益を追っているのか、実のところは利益を最大化するために合理的に振る舞う代わりに、従業員を支配するために非合理的に行動している方が多いように思います。

 ブラックな部活動も然り、勝利至上主義などは典型的な「悪」と位置づけられがちですが、その実は勝利のために最大限に合理的に動いているかと言えば、むしろ非合理が常態化している、その合理的でない指導は勝利ではなく部員(あるいは後輩)を支配するために行われていることが多いのではないでしょうか。これも全ては――理想のためです。

 損得ではなく理想を説く人には、その理想の如何に依らず、距離を取った方が良いなと思うばかりです。決して儲かる職業ではない政治家を志すのは、その人なりの理想を持った人が居並ぶものですが、この理想こそが損得の判断を歪め、利益を損なう原因となるのが常ではないでしょうか。その理想に共感できるか否かではなく、己の利益に繋がるかどうか、こう考えた方が、ずっと道を誤らない気がしますね。

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