- 2019年09月29日 06:15
このタイミングで消費増税は「危険な賭け」だ
2/2■「名目値への釘付け」心理
多くの人は買い物の際、「スーツは5万円まで。ランチは1000円まで」という具合に、予算を決めています。それは消費税が上がったからといって「スーツは5万1000円まで。ランチは1020円まで。飲み会は5100円まで」には変更されないのです。逆に、税率が上がった分だけ質を落としたり量を減らしたりして、金額の制限をできるかぎり守ろうとします。私は購買行動におけるこの傾向を、「名目値への釘付け」心理と呼んでいます。
今回の消費税率引き上げについては、「引き上げ幅も2%と小さく、影響は軽微である。駆け込み需要が少ないことからもそれがうかがわれる」と主張するエコノミストが多いようです。私個人はそうした見方には同意できませんし、「影響は軽微」と主張する根拠も理解できません。消費者の「名目値への釘付け」行動に変化がない以上、このままでは、14年の増税時と同様、年間5兆~6兆円と見られる税収増分だけ民間の消費が減少することは、ほぼ確実です。
政府では消費増税の景気への悪影響を回避するため、たとえば「キャッシュレスで購入した商品について、買値の5ないし8%をポイントの形で還元する」といった施策を打ち出していますが、残念ながらこの施策は、景気対策としては機能しないでしょう。
なぜなら、いくらポイントで後から還元しても、消費増税のネガティブ・インパクトの最大の要因となっている「名目値への釘付け」行動には影響を与えられないからです。
もらったポイントは後日、消費に使われることになりますが、消費者がそれを追加支出に充てるかどうかは疑問です。むしろ「予定していた消費金額の一部をポイントで賄い、支出額を減らす」行動をとる可能性が高く、多くの人がそうした選択をすれば、ポイントバックはまったく消費支出の拡大に結びつかないことになります。
通常、こうしたネガティブ・インパクトは、中央銀行の金利引き下げなどによって一定程度相殺されます。しかし、もう下げようのない今のゼロ金利下では、金利というクッションのない状態でネガティブ・インパクトがかかるわけで、それは波及効果を生み、5兆円の消費支出の減少はトータルでは2倍の10兆円程度、GDPにして2%分ものマイナスを経済に与えるでしょう。
現在の日本経済のベーシックな成長率は年率2%以下なので、19年度はマイナス成長に陥ると予測されます。消費増税とはそれほどまでに大きく景気を失速させ、皮肉にも財政再建を妨げるものなのです。
▼軽減税率は導入を再考せよ
■逆進性の高い消費税にこだわるな
今回の消費増税では、食料品などへの軽減税率が初めて導入されます。

私は軽減税率導入には反対の立場です。制度として煩雑であり、低所得者対策としての効果も低いと考えるからです。私だけではなく、「消費税の税率は複数あったほうがいい」と考える経済学者は日本でも、また世界でも、ごく少数といっていいでしょう。
評論家の荻上チキ氏とともに日本経済学会の会員を対象としたアンケート調査を行ったことがあります(図参照)。176人の回答をいただき、結果は「軽減税率導入に反対」が118人、「賛成」が24人、「場合によっては賛成」が30人、無回答が4人でした。見ての通り、反対する学者の割合が全体の3分の2を超えています。
軽減税率の導入については、「海外では一般的」とよく言われますが、そもそもヨーロッパでは消費税の導入以前から品目ごとに税目も税率もばらばらな、多くの種類の物品税が課されてきました。それがあまりに煩雑になってきたため、消費税として仕組みを1つに統合したのです。日本のようにそれまで個別の物品税がそこまで広範囲でなかった状態から、一斉にほぼ全品目に対して同一の税率がかかるようにした消費税とは、税としての出自が違います。
そのヨーロッパでも消費税については、単一税率化に向けた税制改革が検討されはじめています。単一税率化の利点は、税制として簡素でわかりやすくなること、標準税率を下げても十分な税収が確保できることです。日本の場合、現状では標準税率のカバレッジ(課税対象範囲)が広いため、ヨーロッパ諸国と比べ、見かけの税率に対して1.5倍程度の税収が得られています。

今回の消費税率引き上げに合わせて軽減税率が導入されることになったことで、小売店では複数税率に対応したレジが必要となりました。それに対して、9月中の納期であれば補助がつくことになっていますが、注文が殺到し、納入が10月以降にずれてしまう小売店も少なくないようです。もちろんレジだけでなく、企業における会計処理も煩雑になり、消費者の側も相当混乱するでしょう。
税制とは本来、簡素でわかりやすいことをもってよしとするものです。私は軽減税率に対しては、19年10月の導入後も粘り強く再考を求めていきたいと考えています。制度を複雑化してまで逆進性の高い消費税にこだわるより、今後の税制が目指すべき道は別の方向にあるはずだと感じています。
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飯田 泰之
明治大学政治経済学部准教授
1975年生まれ。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専攻はマクロ経済学、経済政策。近著に『日本史に学ぶマネーの論理』ほか。
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(明治大学政治経済学部准教授 飯田 泰之 構成=久保田正志 写真=共同通信イメージズ)
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