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【美土路の見どころ】 出場国に広がる日本の慣習と、日本に広がってほしい伝統国の精神

美土路昭一(みどろ・しょういち)

AFP
ニュージーランド代表オールブラックスは試合終了後、スタンドに向かって深々と頭を下げた

これまでのラグビーワールドカップ(W杯)でほとんど見られなかった選手のある行動が、日本で熱戦を繰り広げる出場国にじわじわ広がっている。

「ワールドカップ出場チーム、開催地の慣習をまねて日本人の心を奪う」――。こんな見出しの記事が、26日付の英ガーディアン紙の電子版に掲載された。

大会2日目に南アフリカ代表スプリングボクスとの大一番を制したニュージーランド代表オールブラックスを皮切りに、アイルランド、イタリア、サモア、ナミビア、ウェールズといったチームが、勝敗にかかわらず、試合後は一列に並んで日本式のお辞儀をして観客に感謝の気持ちを伝えたことを報じている。

歓迎へのお返し

記事ではオールブラックスのキャプテン、キーラン・リードがお辞儀について、「日本で受けた温かい歓迎へのお返し」と説明している(記事はまた、ウェールズ代表の北九州での事前キャンプに1万5000人の市民が集まり、国歌として歌われる「ランド・オブ・マイ・ファーザー」を合唱したエピソードも紹介している)。

今大会、お辞儀が新しい流行となっている。一方で、ラグビー伝統国は、ラグビー界に長く続く慣習が今も生きていることも示している。

負傷退場の相手に拍手

オールブラックスのお辞儀が話題を集めた翌日、横浜国際総合競技場で行われたアイルランド-スコットランド戦。

スコットランドのフランカー、ヘイミッシュ・ワトソンが前半、W杯から離脱して帰国に追い込まれるような重傷を負った時のことだ。

カートに乗って退場するワトソンを、ピッチ上のアイルランドの選手が拍手で送った。6万3731人の観客の7割は占めているように思われた、アイルランドのサポーターからも大きな拍手がわいた。

そこには、対戦相手である以前に、同じスポーツを愛し、プレーする選手への敬意が込められていた。

それを見て、私はある光景を思い出した。

「裏切り者」にブーイング

ニュージーランドで開催された2011年W杯。地元ファンにとっての唯一無二の悪役だったのが、オーストラリア代表ワラビーズのクエイド・クーパーだ。

ニュージーランド生まれのクーパーは、15歳でタスマン海を渡り、その後、ライバル国の代表となった。大会前の両者の対戦では、司令塔としてワラビーズを勝利に導いた。

さらに、オールブラックスのキャプテン、リッチー・マコウと試合中に小競り合いを起こしたことで、地元ファンの反感は一段と高まった。

だから、ワラビーズのすべての試合で、クーパーは試合前の練習に登場した時から、黒い服に身を包んだ地元の熱狂的な観客から大きなブーイングを浴び続けていた。

悪意も侮辱もなく

ワラビーズは準決勝で敗れ、ウェールズとの3位決定戦に回った。その試合で、クーパーは膝に重傷を負い、前半22分で退場する。

傷つき、失意の中でピッチを去るクーパー。その彼に、ニュージーランド人を中心とした約5万3000人の観客から送られたのは、大きな拍手だった。

私はその場で取材していたが、その拍手には「ざまあみろ」といった悪意も侮辱もまったく感じられなかった。そこまでの健闘を称える、温かい拍手だった。

(ちなみに、オーストラリアのクーリエメール紙の記事では、クーパーとマコウは一緒にビールを飲みに行く仲になっているという)

<関連記事>

何を優先するのか

アイルランドとスコットランドの対戦では、もう一つ、さすがラグビー文化が深く根付いた伝統チームと思わせる場面があった。

試合が終わると、両チームの選手はまず相手選手と握手を交わし、次いでそれぞれが花道を作ってお互いを送り出した。そして、その後で初めてチームごとに分かれて円陣を組んだのだ。

本来はラグビーにおいて当然の光景だ。それが目をひいたのは、実は日本国内の試合ではなかなか見られなくなっているからだ。

ジャパンラグビートップリーグの試合では、多くのチームがまず自チーム内で円陣を組む。対戦相手と健闘を称え合うのは後回しだ。

それもあり、アイルランド、スコットランドの選手のノーサイド後の振る舞いには、双方のサポーターが入り乱れて拍手を送った。

サポーターもノーサイド

このサポーターの「呉越同舟」も、日本の試合ではあまり見られない。チームごとに観客席のそれぞれのサイドに分かれて座ることが多いからだ。

だがW杯では、観客席のサイドを指定して入場券を購入することはできない。だから、試合を戦う2チームのファンは、対戦相手のサポーターとしばしば前後、左右隣り合わせになる。

試合前はお互いに自分のチーム自慢をし、試合中は相手の応援に負けじと大声を張り上げる。そして、試合が終わると健闘を称え合って一緒にビールを飲みに行く。

観客が応援するチームに分かれて座らないのは、W杯に限らない。シックス・ネイションズ(欧州6カ国対抗戦)でもラグビーチャンピオンシップ(南半球の強豪4カ国対抗戦)でも、ヨーロッパのクラブの試合でも同様だ。

「ノーサイドの精神」はなにも選手だけのものではない。

新たな文化根付くか

試合後に感謝の気持ちをお辞儀で表す――。これが今大会だけの流行ごとに終わらず、今後も世界のラグビー界で続くようになれば、W杯日本開催の思いがけないレガシー(遺産)になる。

一方、世界の伝統国に根付いたラグビー文化を目の当たりにした日本のラグビー界も、「『ノーサイドの精神』を、日本へ、世界へ。」を理念として掲げているのだから、それを積極的に取り入れる必要がある。

※アジア初開催ラグビーW杯。BBC NEWS JAPANでは日本戦や注目試合の結果をお伝えするとともに、ラグビーを長年取材してきた美土路昭一氏のコラム<美土路の見どころ>を不定期に掲載しています。

美土路昭一(みどろ・しょういち) 朝日新聞記者(ラグビー担当)としてラグビーW杯1995南アフリカ大会を取材。元日本ラグビーフットボール協会広報・プロモーション部長。早稲田大ラグビー部時代のポジションはSH。1961年生まれ。

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