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甲状腺検査はリスク評価を攪乱する――疫学からみた福島の甲状腺検査 / 祖父江友孝氏インタビュー - 服部美咲

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チェルノブイリ原発事故の後、原発周辺地域で子どもの甲状腺がんが多く見つかった。このことから、東京電力福島第一原子力発電所の事故の後、「福島でも子どもの甲状腺がんが増えるのではないか」と住民の不安の声が多くあがった。福島県は、住民の不安にこたえるために甲状腺検査を開始した。福島の甲状腺検査は、原発事故当時18歳以下だった住民を対象にした甲状腺がんスクリーニング(無症状の集団に対して行う、甲状腺がんの可能性の有無のふるいわけ)である。

福島県の県民健康調査検討委員会や下部組織である甲状腺検査評価部会は、現在までに2度の中間報告を出している。現在までの報告では、「福島第一原発事故による放射線被ばくと甲状腺がん発見率には関連が確認できない」とされている。

ただ、検討委員会でも、現行の甲状腺検査では、原発事故後の放射線被ばくによる甲状腺がんリスク評価ができない(「疫学研究の方法論としては破綻している」)という委員からの指摘があった。また、近年、甲状腺がんスクリーニングによる受診者への害が国際的に注目されている。2018年には、IARC(国際がん研究機関)が、「原子力事故後であっても、周辺地域の住民に対する甲状腺がんスクリーニングを推奨しない」という勧告を出した。しかし、福島では甲状腺検査の対象となる子どもや若者、そしてその家族に、検査に害があることが伝わっていないという状況が問題視されている。

今回、これらの点について、甲状腺検査評価部会の委員も務めた疫学の専門家である祖父江友孝・大阪大学教授にお話をうかがった。


福島の甲状腺検査の倫理的問題「インフォームドコンセントの不足」

――福島の甲状腺検査では、これまでに200人ほどの甲状腺がんおよびがん疑いの方が見つかっています。その理由として考えられることはなんでしょうか。

スクリーニングをしていることによる「過剰診断」(スクリーニング検査で発見しなければ一生症状が出ないようながんを発見してしまうこと)と「前倒し診断」(将来発症するがんを、無症状のうちに発見すること)による発見数の増加がほとんどでしょう。見つかった甲状腺がんの90%以上が過剰診断である可能性も十分にあります。

――福島の甲状腺検査には、倫理的な問題があると言われています。

福島の甲状腺検査では、利益と不利益について、受診者への情報提供が不足しています。これは、インフォームドコンセント(検査や治療の内容について、受診者に十分な説明を行って、理解を得るよう努めること)の観点からいえば、倫理的に非常に大きな問題です。できるだけ早く改めたほうが良いでしょう。十分なインフォームドコンセントを行った上で、検査によって県民が受ける利益と不利益のバランスを考え、利益を最大限にし、不利益を最小限にするべきです。

ただ、福島の甲状腺検査による受診者の健康上の利益はないと思います。「県民の安心のため」という点では、定期的に検査があることによって安心できるという人もいるでしょうが、かえって不安をかき立てられるという人もいると思います。不安と安心については、それぞれ度合いを数値化し、調査してまとめるべきでしょう。

一方、福島の甲状腺検査で受診者の被る最大の不利益は、過剰診断です。

――過剰診断の概念を理解するのは難しいです。

医療従事者や医学部の学生でも、過剰診断の概念を正しく理解している人は多くありません。まして一般の方に説明するとなれば、簡単なことではないでしょう。過剰診断の概念を理解する基盤となる知識を、繰り返し説明しなければ、過剰診断の概念の正しい理解を広く一般に浸透させることはできないと思います。

一般の方々には、身の回りの信頼できる人の判断や行動が、もっとも大きな影響を及ぼします。ですから、まずは、学校の先生や保健師さん、かかりつけのお医者さんなどに正しく理解していただくことが重要です。

――見つかった甲状腺がんが過剰診断だったかどうか(手術せずに長期間経過をみて、進行しないかどうか)は、手術で切除すればわからなくなります。しかし、「手術しない」という判断も難しいですね。

それが過剰診断の本質です。子どもの甲状腺にがんを見つけたら、医師は放置するわけにはいかないでしょう。福島の甲状腺検査で行われる診断や治療は、大人の甲状腺がんや、なんらかの症状が出て受診した子どもの甲状腺がんのデータを基にしたガイドラインを流用しています。無症状で見つかった子どもの甲状腺がんが、その後どうなるかというデータはありません。しかし、甲状腺がんを見つけたら、今ある限りのガイドラインに沿って治療を行う。これは臨床医として順当な医療行為です。非難されるべきものではありません。

「見つかった甲状腺がんをどうするか」という段階での判断は非常に難しいです。ですから、その前の段階である「スクリーニングで無症状の甲状腺がんを見つけてしまう」ということの是非を考えなくてはいけません。

甲状腺がんだけではなく、多くのがん検診において、過剰診断のリスクがあります。がんスクリーニングの導入に際して、過剰診断のリスクは必ず検討すべき項目です。今後、血液検査などで簡単にがんが見つかるような検査技術の発達にともなって、過剰診断はますます大きな問題となっていくでしょう。

――子どもの甲状腺がんは「アグレッシブだ」と言われることがあります。ここでいう「アグレッシブ」とは、「攻撃性が高い」という意味ですか。

「子どもの甲状腺がんがアグレッシブだ」というのは、おそらく「成長が早い」あるいは「転移しやすい」という意味で言われているのだろうと思います。ただ、甲状腺乳頭がん(甲状腺がんの90%以上を占めるもの)の場合は、成長速度や転移の有無と、予後の良し悪しが直結するとは限りません。

常識的には「がんが転移している」と聞けば「状態が悪い」と感じますね。ところが、甲状腺乳頭がんはリンパ節に転移しやすく、しかし転移したところで成長が止まり、とくに症状も出さないという特徴があります。スクリーニング検査では、リンパ節に転移したまま、無症状で一生じっとしていたであろうものを見つけている可能性があります。

福島の甲状腺検査はリスク評価を撹乱する

――甲状腺検査をこのまま続けることで、原発事故による放射線被ばくとの関連の有無はわかるのでしょうか。

純粋にリスク評価という側面からいえば、福島の甲状腺検査は、原発事故後の放射線被ばくによる甲状腺がんのリスク評価を撹乱する(混乱させてわからなくする)要因にしかなりません。甲状腺検査2巡目(本格検査1回目)以降の検査結果をみても、甲状腺がんのスクリーニングがリスク評価の役に立っていないことは明らかです。なぜなら、検査が行われているために、甲状腺がんの発見率に関わる交絡因子(甲状腺がんの発見率に関わる放射線被ばく以外の要因)がたくさん生じているからです。いくつか列挙してみます。

まず、原発事故当時の年齢ではなく、甲状腺検査を受けたときの年齢です。次に、検査を受診した間隔です。避難指示区域の方は、1巡目と2巡目の検査受診の間隔が開いています。この2つの因子が、福島での甲状腺がんの発見率に大きく影響しています。また、検査結果の判定基準が揺らいでいる可能性があれば、検査1巡目を受けた時期も影響します。

放射線被ばく線量が、福島県内の他の地域よりは高かったと予想される地域では、検査をより丁寧に行う傾向があったのではないかと思います。福島県内の全地域で、もともとの甲状腺被ばく線量が低い中での比較ですから、もし地域によって甲状腺がんの発見率に差が出るとすれば、放射線被ばく線量より、甲状腺検査の際に生じるバイアス(偏り)の影響の方が大きいでしょう。

データを解析するときには、交絡因子やバイアスをすべて考慮しないと、「ある被ばく線量に対する甲状腺がんの罹患率がどの程度か」という正しい評価はできません。甲状腺検査さえ行われていなければ、交絡因子もバイアスも生じません。したがって、正しいリスク評価という観点からいえば、甲状腺検査が行われていることは、撹乱要因以外の何ものでもありません。

スクリーニングをせず、従来のように、発症した甲状腺がんをがん登録して比較した方が、原発事故後の放射線被ばくによる甲状腺がんリスクを正しく評価することができます。したがって、放射線被ばくとの関連を正しく評価するためにスクリーニングを続けているという考えは誤りです。

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