- 2019年09月27日 11:02
拡大する豚コレラ「一分一秒でも早くワクチンを打つべきだ」 - 松永和紀 (科学ジャーナリスト)
2/2肉の流通制限は必要ない
松永 気になるのは、ワクチンを接種する場合の肉や加工品の流通制限です。農水省はこれまで、ワクチン接種する場合にはエリアを厳しく限定し、生きた豚のほか、と畜後の豚肉・加工品も流通制限をかけて、限定地域内で消費する仕組みを作らなければいけない、と言ってきました。流通制限には莫大なコストがかかる、と説明しています。
大井 私は、生きた豚は区別し、接種エリア外への移動は一定の制限をかけなければいけない、と思いますが、と畜した後の肉とその加工品の流通制限は必要ない、と考えています。
【画像を元記事でみる】松永 農水省は流通制限をかける理由として、ワクチンがすべての豚に効き発症を防ぐほどの抗体ができるわけではない、と説明します。以前に投与されていた時代のデータとして、1割程度の豚で抗体価が上がらない、という調査結果を示されました。もちろん、そうであっても流行阻止に有効であることは実証済み。とはいえ、豚舎の中にワクチン接種しても抗体ができない豚がある程度いて、豚舎外はかなり高濃度でウイルスがいる、という場合、野生生物などによりウイルスが中に持ち込まれて抗体ができていない豚が感染、発症する、というケースが想定されます。
ややこしい話ですが、今回の豚コレラは致死性が高くないため、豚が発症しても少し具合が悪い程度となり、ワクチン接種豚の中に感染豚が混じっていても、たぶんわかりにくい。養豚農家は気付かず、全頭をワクチン接種済みとして出荷する。そうなると、と畜場を汚染したり、ウイルスが付いた豚肉や加工品が、気付かれぬまま市場に出たり、ということが起こりうる。だから、生きた豚も豚肉・加工品も、接種エリア外には出さず流通制限を、という考え方です。
大井 たしかに、そのリスクはあります。しかし、日本が清浄化を達成するまでの過程でワクチンを接種し、その肉等は自由に流通させて、でも清浄化に至った、という実績が日本にはあるんですよ。食べても安全性にまったく問題がないのは確かですし、ワクチン接種によりマスキングされていたウイルスが原因で新たに豚が感染するリスクは、現実には無視できる程度、と考えます。
松永 その小さなリスクは、国の施策によってもたらされることになる。その責任が問われるのが怖いのでしょうか。だから、感染拡大という大きなリスクに対して無策になる、というのは不合理です。
大井 要するに、リスクの大きさを天秤にかけて判断するしかありません。ワクチン接種後の豚肉やその加工品の流通制限はせず、『生肉や加工品を廃棄して野生動物に食べさせるようなことはしないように』と国民に求めれば十分ではないでしょうか。そうすれば、流通制限のコストはかからないし、消費者に「ワクチン接種をした豚の肉や加工品は、区別しなければいけない危ないもの」というような誤認も招かないでしょう。
豚を群で管理する方法はある
松永 肉や加工品の流通制限をしなければ、風評被害のきっかけも産まれにくい、ということですね。
大井 ただしその場合、ワクチン接種をした生きた豚のモニタリングや野外ウイルスの封じ込めはしっかりとする必要があります。牛のように、ワクチン後に豚に耳標を、という話も出ていますが、牛と違って外れやすく、現実的ではありません。接種した複数の豚を群で管理し、ウイルスを持っているかどうかも飼育しながらモニタリングする「ロープ法」が海外で開発されています。ロープ法で、活性のあるウイルスを持った豚がいないことを確認した群を出荷し、肉や加工品は接種エリア外まで流通させるやり方をとればよい、と思います。ロープ法については、既にJASVから農水省に提案済みです。
なぜ、農水省は緊急ワクチン接種を決断できない?
松永 農水省の対策はこの1年間、ずっと後手後手に回ってきたように思えます。
大井 私は、農水省に国、地域をどうするか、という戦略がないからだ、と思います。戦略がないから戦術もない。農水省への提案に対しても、こういうリスクがあるというようなネガティブな回答がまず、返ってきます。
松永 食の安全でよく言われる、ゼロリスクを追及して別の大きなリスクを被ってしまう「ゼロリスク症候群」という言葉を思い出しました。大局観を持ち、いろいろなリスクを洗い出してトータルでもっともリスクの小さい方法を選ぼうとするのではなく、目先のリスク、責任問題にとらわれて、結局は別の大きなリスクを被ってしまう。個々の担当者の方々はとても頑張っているのですが、組織として先を見た決断ができない。
豚コレラは、国による危機管理が必要だ
大井 産業振興の省が、国家を揺るがす防疫を担うところに無理があるのかもしれません。
松永 豚コレラ問題は、国家防疫の問題ですか? 病気が人にうつるわけではなく、養豚という産業の問題に過ぎない。国産豚肉がなくなっても輸入豚肉はあるわけだし、という意見もありますよ。
大井 中国でアフリカ豚コレラが拡がり、1億頭の豚が失われた、という報道も出てきていますよ。世界的に見て豚肉は足りません。国産養豚が壊滅しても、輸入できる豚肉がない、という事態は今後、十分に想定されます。食料安保、という観点から言ってこれは国家的な危機ですよ。それと、他国への責任も考えなければいけません。重要疾病の対策、バイオセキュリティーの基本は、入れない/増やさない/持ち出さない、という3原則です。これをどの国も守らなければいけません。日本では今、「入れない」ばかりが強調されていますが、増やさない/持ち出さない、という責任を諸外国に対して負っています。
松永 だからこそ、拡がる前、ウイルスを増やす前に一刻も早く対策を、ワクチン、ということなんですね。
大井 私は、韓国で豚コレラやアフリカ豚コレラ対策の中心になっている科学者と連絡をとっているのですが、韓国は国家レベルですばやく動きます。口蹄疫の時もそうだったのですが、軍隊が真っ先に出てきて家畜の殺処分をし、消毒業務などにもあたるのです。今回も、アフリカ豚コレラの1例目が判明した直後、半径3kmにいる豚はすべて、殺処分し、全国の豚についても2日間の、移動禁止を発生直後に発令しました。そうやって一丸となって対策をとっても防疫には苦労しているのが現状です。それに比べ、日本は多くのことが「県と国との協議で、最終判断は県の判断に任せる」ということになってしまい、県単位の対策になり地域としての防疫がなされないことで後手に回る。産業を守り推進する役所ではどうしても、「ここは思い切って絶つ。生産者には涙を呑んでもらい、一からの再生を急ぐ」というような決断をできません。
農業イベントでJASVの活動をPRする大井さん。早く、こんな笑顔で豚を飼い肉を楽しめる日々を取り戻したい
松永 具体的にはどうしたらよいのでしょうか。
大井 豚コレラやアフリカ豚コレラ、口蹄疫対策は、国が農水省とは別に危機管理対策本部を設置して対処するに値する事案です。産業振興の農水省より上に立ち、大所高所から迅速に判断できるように、今から議員立法するなりなんなりしないと、豚コレラだけでなく迫りくるアフリカ豚コレラに対処できない、と思います。
あえて、国のあり方にまで強く苦言を呈しているのは、ワクチン接種開始が決まって関係者の一部が安堵しているように思えるからです。そうではなく、これからしばらくは危機です。養豚現場は力を尽くして、見えないウイルスと闘わなければならず、ワクチンは手段の一つに過ぎません。農家には頑張ってほしいし、多くの市民・消費者にその努力を知ってもらいたいと思います。
<参考文献>・農水省・豚コレラについて
http://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/csf/
・農水省・江藤大臣臨時記者会見(令和元年9月20日)
http://www.maff.go.jp/j/press-conf/190920_2.html
・埼玉県・豚コレラ発生についての進捗状況
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0908/katikuboueki-top/csf.html
・埼玉県・野生イノシシの豚コレラウイルス感染の確認について
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0001/news/page/2019/0924-10.html
・長野県における養豚場等での豚コレラの発生と対応状況について
https://www.pref.nagano.lg.jp/enchiku/swinfever_farm.html
・Pig Journal 2019年7月号「豚コレラ、今何をなすべきか〜ワクチンを含む課題整理をし、終息への道程を示すことが関係者の責務」清水悠紀臣・北海道大学名誉教授
・日本農業新聞2019年9月24日
関東拡大「局面変わった」 豚コレラワクチン議論舞台裏 政府、自民 苦渋の調整
https://www.agrinews.co.jp/p48793.html
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