- 2019年09月27日 11:02
拡大する豚コレラ「一分一秒でも早くワクチンを打つべきだ」 - 松永和紀 (科学ジャーナリスト)
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(写真提供:筆者)
豚コレラ問題は、非常事態に陥っています。9月13日、岐阜、愛知から飛んで埼玉県秩父市の養豚場で、同県初の感染を確認。さらに、17日には秩父市の養豚農場から約5.5km離れた小鹿野町の農場で埼玉県2例目の豚コレラ発生が判明しました。また、長野県でも14日、県畜産試験場で感染がわかり、18日にも続きました。
江藤拓農水大臣は14日夜の緊急対策会議で「ステージが変わった」と挨拶し、20日にワクチン接種を始めることを明らかにしました。でも、すぐに接種できるわけではないのです。防疫指針変更などの手続きに2カ月以上かかる見込み。接種エリアもまだ決まっていません。ステージが変わったわりには、遅すぎませんか? 現場は一分一秒でも早くワクチンを、と焦っています。
日本養豚開業獣医師協会(JASV)理事で、神奈川県で開業し全国の養豚農家を顧客として抱える大井宗孝さんに話を聞きました。JASVは、多くの獣医師が加入し、日本の養豚農家の3割がコンサルティングを受けている組織です。
大井さんは2010年、口蹄疫が宮崎県で発生した時にも現地にかけつけ、防疫処置に関わってきました。その教訓も踏まえつつ、あくまでも個人的見解ですが、と前置きした上で、大井さんはこう言います。「この問題は、国の危機管理事案です。国の責任で早く、発生県だけでなく、首都圏のほかの県まで含めてワクチン接種すべきです。それも、一分一秒でも早く接種して豚を守らなければ」。
多くの獣医師や養豚農家から「早く」という声が聞こえてきます。大井さんに代表して語っていただきました。
(これまでの経緯、豚と野生イノシシの関係、ワクチン接種の意義等については、前回記事「なぜ日本は豚コレラの流行を止められないのか」http://wedge.ismedia.jp/articles/-/17264を参照ください)
大臣は接種を表明したが、実際には2~3カ月後
豚コレラが国内で昨年9月に発生してから今年7月の31例目まで、発生は岐阜県と愛知県に限られていました。大阪府、滋賀県、長野県でも一例ずつ発生していましたが、愛知県の繁殖農場から感染した子豚が運ばれていたため殺処分に至ったもの。これらの府県ではその後の感染拡大はなく、とくに長野県では多数の感染イノシシが見つかってはいたものの、豚舎への感染は食い止めていました。
ところがその後、三重県と福井県の養豚農家で発生。さらに9月、埼玉県へ飛び火し、長野県でも豚の感染が始まりました。
江藤農水大臣は、ワクチン接種の決断にあたって理由の一つとして「関東という非常に飼養頭数の多い地域に拡がってしまう懸念が非常にある」と説明しています。茨城県は55万頭、群馬県が63万頭、千葉県が66万頭を飼育しています。岐阜の11万頭、愛知の33万頭よりはるかに多いのです。こうした養豚県に豚コレラが拡がると、国産豚肉の供給は大きく揺らぎます。
現在の「豚コレラに関する特定家畜伝染病防疫指針」では、予防的ワクチンの接種はできないとされ、大臣は指針改定の着手とワクチン増産を公表しました。
具体的には、専門家を集めた「食料・農業・農村政策審議会牛豚等疾病小委員会」を開催し、防疫指針の改定作業を急ぎ、都道府県へ意見照会。さらには国民の意見を聞く「パブリックコメント」を実施。そのうえで、食料・農業・農村政策審議会の答申を経て指針改定。それが済むと、都道府県知事が予防的ワクチンの接種を養豚農家に命ずることができるようになる、と説明しています。
防疫指針は昨年改定されていますが、その際にはパブリックコメントを1カ月行いました。今回、期間をいくぶん短縮し、専門家の審議等を早めても、接種開始までに2〜3カ月はかかる見込みです。大井さんに聞きました。「こんな悠長なことをしていて、流行拡大を阻止できるのでしょうか?」
3カ所で流行が同時多発し、関東にも拡がる?
大井 流行拡大は食い止められない、と考えます。埼玉県、長野県、さらには昨年からの流行で飼育されていた豚の半数以上が殺処分された岐阜県で22日、大規模農場の感染が確認され豚が処分されました。つまり、複数の場所で同時多発的に流行に火が付いた、と見るべきではないか。これは異常事態で、一分一秒でも早くワクチン接種を始めるべきです。
【画像を元記事でみる】松永 とくに関東が心配です。「拡大豚コレラ疫学調査チーム」の一員として各地の感染農場を調べてきた愛知県田原市の開業獣医師、伊藤貢さんは、個人的な見解と断りながらも「埼玉県への侵入経路は、野生イノシシではないだろう」と言っています。根拠は、イノシシによるウイルスの拡散距離です。
現在、多数の野生イノシシが捕獲されて調べられています。そのデータを分析すると、イノシシによるウイルス拡散距離は、1日に平均して150m。イノシシの行動には個体差があり、最大の拡散距離で拡がったと考えても、イノシシによるウイルス伝播ではまだ、埼玉県までは届かない。伊藤さんは、原因がイノシシではなく、感染豚を移動させてしまったり、あるいは環境中のウイルスを車や人が運んでしまったり、ということではないか、と考えているそうです。
大井 そのデータと考察は、私も聞きました。実際のところどうなのか、野生イノシシの実態把握が難しいので、正確なところはつかめません。ただ、もし野生イノシシからのウイルス侵入ではなく、人や車等によりウイルスが発生県から運ばれ入ってしまったとしたら、心配しなければならないのは逆向きの感染です。つまり、豚から周辺にいる野生イノシシへ、ウイルスをうつしてしまった可能性があるのです。野生のイノシシが農場に入り込み感染してまた外に出たり、あるいはネズミやネコなどの小動物がウイルスを野外に持ち出しているかもしれない。もし、豚から野生イノシシに感染が拡がると、岐阜や愛知で起きた爆発的な流行が、まったく別個に関東で起きてしまうかもしれません(インタビュー後の24日、埼玉県で野生イノシシ1頭の感染が確認された)。
養豚専門の獣医師として全国の養豚農家を顧客とする大井宗孝さん。日本養豚開業獣医師協会の理事も務める
社会が農家を犯罪者扱いしてはいけない
松永 埼玉県の1例目の農家では、先月から豚の具合が悪かった、と報道されています。なのに届け出なかったということは、農家のバイオセキュリティに対する意識が低かったのでしょうか。
大井 いえ、そうとは言い切れません。確かに農家の大小にかかかかわらず農家ごとにバイオセキュリティーの意識に違いがあります。埼玉の農場のことを詳しく知っている訳ではありませんが、発生した農家は、飼育頭数が少ない小規模な養豚農家です。多数を飼育していると、次々から次へと症状が拡がってゆきますから気付きやすい。しかし、小規模な農家だと、お産頻度も少ない。ほかの病気や暑さ等で母豚や子豚が体調を崩すということはよくありますので、むしろ豚コレラに気付きにくい場合もあります。簡単にバイオセキュリティのレベルが低いと片付けてしまうのはかわいそうです。社会が発生農家を犯罪者扱いしてしまうと、豚に異常があっても届け出ない養豚農家が出てきてしまいますよ。そういう見方は止めてください。
横になった母豚(手前)の乳を吸う子豚。母豚や子豚は暑さや寒さに弱く、体調不良に陥りやすい(写真提供:大井宗孝さん)
松永 すみません。発生農場の方々は責められがちですが、ものすごくウイルス防御に頑張っていたのにウイルスが入ってしまった、という事例も聞きます。愛知県の農業総合試験場や長野県畜産試験場は、指導的立場で万全を尽くして防御していたと思いますが、感染を防げなかったことですし。
【画像を元記事でみる】と畜場に注意しなければいけない
大井 野外のウイルス濃度が高いと、豚舎への侵入防止にも限界があります。もう一つ、注意が必要なのは、と畜場です。と畜場にはいろいろな農家から車で多数の豚が集められます。まだ豚コレラと気付かれていない感染豚が、と畜場に入ってきているかもしれません。
松永 養豚農家は豚が育ったら出荷しなければならず、生きた豚を積んだ車を、と畜場へ定期的に乗り入れます。そこでウイルスがまき散らされ、他の車にも付き、ウイルスを各農場へ持ち帰る、というわけですね。
大井 豚コレラに限らずほかの病気発生に見舞われ、後から考えて「あの時、と畜場で病気をもらってきたな」となることが少なくありません。私は、顧客には「と畜場は、汚染農場と同じ。一番危険な場所」と伝え、豚を出荷した後は車を必ず丹念に消毒するなど対策を講じてもらっています。
松永 埼玉県の豚コレラは、山梨県のと畜場で判明しました。山梨県では豚コレラは発生していませんが、もしかすると、そのと畜場に出荷していた山梨県の養豚農家に、すでにウイルスが持ち帰られてしまった可能性もある、ということですね。
大井 農水省は、ワクチン接種を各県の判断でできるようにしよう、としています。しかし、人や車は日常的に県境を超えますし、隣県に出荷するのも普通です。県単位、県任せでワクチン接種を判断させるのは無理があります。防疫は点(県単位)ではなく、面(地域)で考えるべきで、そこには国の強いリーダーシップが必要です。
ウイルスに県境は関係ない
松永 県境なんて、ウイルスにはなんの意味もありませんからね。
大井 今、農水省は150万頭分のワクチンを持っています。発生県の東海、北陸、埼玉だけでなく、群馬県や茨城県、千葉県など関東、北陸も新潟まで順次、なるべく早く、ワクチンを接種すべきです。現在のように「手続きが」と言っていたら、さらに流行が拡がってしまう。
大井さんが、一分一秒でも早くワクチン接種が必要だと考えるエリアは、これだけの広範囲に及ぶ松永 ずいぶんと広いですね。豚コレラ発生県は、ワクチンを早く接種して欲しい、と知事らが率先して要望しています。農水省は、発生していない県に対しても意向を尋ねていますが、どうも反応はまちまちのようですよ。それに、自民党の農林幹部が慎重姿勢を示した、と日本農業新聞が24日、報じました。農水省が本州全体での接種も想定した案を示したが、議員から「詰め切れていない。かえって混乱を大きくする」と指摘された、といいます。
大井 養豚農家は、ワクチン接種を切望しています。私の顧客はどの人も「早く」と言っています。九州の顧客養豚農家ですら、「ワクチンを打ちたい」と口にするほどです。養豚農家は、出荷が県をまたいで行われることなどもわかっていますから、「発生県とその隣接県だけワクチン接種、なんて止めてほしい。ワクチン接種をするのなら、地域全部で接種しないと意味がない」と口を揃えます。
パブリックコメントにより、クライシス対応が遅れてしまう
松永 議員たちが躊躇するのは、風評被害が怖いからでしょうか。ワクチンを接種して消費者に敬遠される風評被害が起きたら、と考えると、余計なことはしたくない。
大井 でも、病気が発生してからでは遅いんですよ。これから使おうとするワクチンは、国産でとても安全で効果があり、実際に以前の流行時には速やかに効果を表し、その後の清浄化にも大きく貢献しました。
農水大臣は、「パブリックコメント、それから、都道府県の知事さん達に対する意見の聴取、これはどんなに急ぎたい気持ちがあっても、省いてはいけない手続だと考えております」と説明しています。平時はこれが当然です。でも、緊急時には、そこで立ち止まってしまうことが後に大きく響いてくる。
松永 通常、パブリックコメントにかけられた案が、その後、大きく変わることなどないんです。私はこれまで、食の安全や農業にかかわる多くのパブリックコメントを見てきましたが、意見を取り入れるのは枝葉末節。本質的な部分が、パブリックコメントによって変わった事例など、見たことがありません。たしかに、リスクアナリシスにおいては国民の意見を聞くことが大事な要素ですが、現在は一分一秒でも早くウイルスの拡大を防がなければいけないクライシスではないか。
私には、後で責められないために、農水省がパブリックコメントという手続きを取ろうとしているように見えます。でも、それによって1カ月から2カ月はワクチン接種が遅れてしまう。
大井 大臣は、防疫指針を変えないと予防的なワクチン接種をできない、と説明しましたが、防疫指針は、緊急時のワクチン使用を認めています。適用条件として、『発生農場におけると殺及び周辺農場の移動制限のみによっては、感染拡大の阻止が困難と考えられる場合には、まん延防止のための緊急ワクチン接種の実施を検討する』と書いています。それに、『予防的なワクチンの接種は行わない』としているのは平常時。現状は、平常時ではなく、異常時、緊急時ではありませんか? 要するに、防疫指針や法律の改正をしなくても、今の防疫指針で対応できると思います。実際に、口蹄疫発生の時にはワクチン接種決定の数日後には接種開始しています。なぜ、豚コレラで同じ判断をできないのでしょうか?
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