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特集
東京サイドストーリー
2020年の五輪・パラリンピックの開催をひかえ、勢いが増すばかりの首都・東京。約1,400万人が暮らすこの都市には、まだまだ知らない物語がたくさん眠っています。渋谷、新宿、六本木に代表される大都会とは一味違った東京の横顔をBLOGOS編集部が取材。あなたの知らない「東京サイドストーリー」をお届けします。

「敗戦から驚異的に復興したJAPANは注目度が高い」日本で唯一のネパール語新聞編集長が見つめる東京

  • 2019年09月27日 11:23
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BLOGOS編集部

在留外国人の数が約273万人(2018年末現在)と過去最高を記録した日本。首都・東京ではさまざまな国のコミュニティが形成され、そのなかではネットやSNSが主な情報収集・共有の手段となっているという。そんな時代の流れのなか、日本で唯一、ネパール人によるネパール人のためのネパール語新聞「ネパリ・サマチャー」を発行している会社が東京都新宿区にある。

株式会社GMTインターナショナル。オフィスはJR新大久保駅から徒歩2分の場所に位置する。日本に住むネパール人は、東京のことをどういう目で見つめているのか。編集長のマッラ・ティラクさんと、同社を利用してニュースに触れている在日ネパール人のもとを訪ねた。

◆「第二次世界大戦後の驚異的な復興に注目」 ネパール人が見つめる日本

ネパール語表記が目を引くGMTインターナショナルのオフィス

「"JAPAN"のニュースは世界のなかでも特に人気があります。第二次世界大戦後の焼け野原から、驚異的なスピードで復興を成し遂げたというイメージが強く、一度は東京を訪れてみたいというネパール人は多いです」。

そう話すのは、ネパール語新聞「ネパリ・サマチャー」の編集長ティラクさん。同紙とニュースサイト「サムドラパリ.com」にはネパール国内のニュースに並び、日本の政治、経済、社会問題のほか、皇室関連の記事、ネパールとゆかりの深い日本人へのインタビューなど幅広いジャンルの記事がネパール語で掲載されている。

国内外のネパール人は日本の何に関心を持っているのか。ティラクさんは例えとして、19年4月から日本に新設された在留資格「特定技能」に関する情報を上げる。これまで日本の技術を学ぶためとしながら、現実的には労働力として受け入れられてきた「技能実習」の資格とは別に、日本では働き手不足解消の手段として、「特定技能」の資格が設けられた。

しかし、日本での就労を希望するネパール人が、在留資格の違いなど、複雑な制度を把握するのは簡単なことではない。そこで、ティラクさんは新聞とウェブに細かい解説記事を掲載したという。

新しい日本の在留資格について報じる

また、外国人をめぐる日本のニュースで取り上げられることが多い「ゴミの出し方」も取り上げた。ゴミの分別という習慣はネパールにはないが、日本で暮らす上で必要な情報が読者にとって大切だからだ。

11年3月11日の東日本大震災時はスタッフと24時間態勢で情報を更新し続けた。在日ネパール人たちがデマや誤った情報をもとに日本を離れてしまうのを防ぐためだった。

現在、ティラクさんは、ニューヨークやロンドン、香港など各国にいるネパール人ジャーナリストとのネットワークを利用しながら、世界各国の記事を編集、掲載している。ティラクさんが取材した日本に関する記事も各地のネパール語新聞に掲載され、読まれているという。

ティラクさんは「花見や花火などの四季のイベントや、銭湯や温泉などの日本独特の文化に関する記事に加えて、日本で働くとどれくらい稼げるかといった東京での生活に関する話題もよく読まれます。東京は世界の住みやすい都市ランキングでトップ10入りするなど、ネパール人の間でも注目度が高い」と話す。

◆90年代、在日ネパール人がニュースに触れる手段は少なかった

日本の皇室に関する記事もネパール語で掲載されている

ネパール語新聞「ネパリ・サマチャー」の始まりは1999年。ティラクさんによると、当時、日本に住んでいたネパール人の数は「多くても数千人程度」で、「前年の98年にネパール人コミュニティが立ち上がったが、年に1回のお祭りなどイベント以外ではあまり顔を合わせることはなかった」という。インターネットが今ほど普及していなかった時代。在日外国人が国内外のニュースに自分の国の言語で接する手段はほとんどなかった。

そのため、ネパールでの新聞記者経験があったティラクさんは無償で、日本のニュースや税制度、社会保険制度、出入国管理及び難民認定法の情報などをネパール語で掲載した新聞の発行を開始。ボランティアで発行を続け、2006年には広告掲載による収益化を始めた。同時にニュースサイト「サムドラパリ.com(samudrapari.com)」の運営も開始した。

ティラクさんは「ボランティアの新聞だけでは日本での生活を続けていくことはできない。自分の仕事と並行して取材、編集を行うのは大変だった」と振り返る。インタビューでの言語の壁や、新聞を発行してくれる印刷所が見つからないなどの苦労もあった。

法務省によると06年末には7,844人だった在日ネパール人の人口は、18年末現在、88,951人(前年比+11.1%)に増加。中国、韓国、ベトナム、フィリピン、ブラジルに次いで6番目に多い。在日ネパール人の数は急増したが、「若者のニュース離れは日本と同じ」とティラクさん。新聞の発行は週1回から、2週間に1回に減った。「何を書いたら若者に興味を持ってもらえて、ネパールと日本のためになるか模索しながら日々、取材・編集を続けています」。

◆英語が通じない日本の病院 言語の壁に悩むネパール人

ネパール語での情報発信を続けるティラク編集長。儲けは少ないが「日本で暮らすネパール人のために」と取材を続けている

華やかな日本に関する記事が人気を集める一方、ティラクさんは、取材を通して在日ネパール人たちの悩みの声も拾ってきた。

ティラクさんによると「一番の問題は言語」。来日したばかりで日本語がまだ不得手なネパール人は、病気やケガをした際、病院に行くことを断念することが多いという。「日本の病院は英語が通じないところが多い」とティラクさんは指摘する。役所で受け取る書類や郵便物に書かれた日本語が読めず、苦労することもある。金銭面で悩むネパール人も少なくない。

「『留学生』のビザで来日すると、週28時間しか働くことができず、充分に稼ぐことはできない。学費や生活費の支払いに苦しむネパール人は多いです。また、2年間、日本の専門学校で勉強を頑張っても、卒業後に就職先が見つからず、国に帰らざるを得ない人も多いですね。在日ネパール人の人口は増えていますが、仕事先や語学の問題などで日本での生活を諦めてしまう人が多いのも現実です」。

そんなケースを情報発信することで1つでも減らそうと、ティラクさんは新聞発行とニュースサイトの運営を続けている。「儲けはほとんどなく、半分はボランティアみたいなものですが、日本の情報を一人でも多くのネパール人に知ってほしいですからね」。

◆日本のニュースをネパール語で読めるのは「ありがたい」

実際に東京で暮らすネパール人は、情報やニュースとどのようにむきあっているのだろうか。JR新大久保駅と大久保駅の中間地点、大久保通りに面したビルの階段を上がると現れるネパール料理店「ナングロ」に足を運んだ。

今年12月に4年目を迎える同店では、9人のネパール人が働いている。オーナーのスレスタ・サチンさんの日本生活は15年目。日本語での会話は流暢だが、読めない漢字が多く、日本語で書かれたニュースを読むのは難しいという。そんなサチンさんが利用しているのが、GMTインターナショナルの運営するニュースサイト「サムドラパリ.com」だ。「今の時代、ネパール国内のニュースに海外からアクセスするのは容易。でも、日本のニュースをネパール語で読めるのはありがたいですね」。

店を訪れた日、サチンさんは千葉県銚子市の銚子マリーナに停泊中の船から、身元不明の遺体が見つかった事件に注目していた。30~50代程度とみられる女性の刺殺体が船から見つかり、千葉県警が殺人事件として捜査。新聞報道などによると船の持ち主はネパール人男性だという。サチンさんは「自分の国の人間が関わることですから、詳細が気になります。でも、日本国内の事件なので、普通は日本語でしか報じられない。ネパール語に翻訳し、伝えてくれて助かります」と話す。

◆SNSを通じてつながるネパール人コミュニティ 経済支援や葬式も

サチンさんは新聞、ニュースサイトでの情報収集に加えて、「SNSでのつながりが大切」と話す

ネパール人の情報網は新聞やニュースサイトだけではない。「最近は在日ネパール人同士のSNSでのつながりが重要」とサチンさんは話す。

例えば訃報。日本に住むネパール人が亡くなると、Facebookのグループチャットで情報が回ってくる。ビザの関係で日本への家族帯同が許されないなどの事情で、日本で暮らすネパール人は単身者が多い。そのため、葬式などを執り行う際は、SNS上でつながりのあるネパール人コミュニティ内での協力が欠かせないという。

金銭的に余裕がない人への支援もSNSを通じて行われる。例えば、病気になってしまったが収入が少なく、通院費を払う余裕がない状況になった場合、グループチャットで助けを求める。ケースごとに援助の担当者が生まれ、その指揮のもと、有志が困っている人の口座にお金を振り込むのだという。サチンさんは、「お金を貸すわけではなく、寄付。1人1000円でも、100人集まれば10万円になりますから」と説明する。

日本に住んで15年になるサチンさん。ネパール人にとっての東京の風景は「ほとんど変わらない」。「昔に比べたら英語を話せる人が増えたくらいですかね」と笑う。

異国の地、東京でお互いに助け合いながら暮らすネパールの人たち。新聞やインターネット、SNSと情報の発信、共有手段は時代とともに幅広くなったが、つながりを深め、支えあいながら生きる人々の姿は変わらない。

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