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嵌められた日本企業:「金正恩のベンツ」不正輸出事件を追う - 古川勝久

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「韓国-ロシア」の北朝鮮コネクション

韓国・浦項港で拘束中の貨物船DN5505号(2019年8月18日、筆者撮影)

 徐社長がB氏の要望通りに作成した船荷証券には、釜山側の「荷受人」として「貨物船DN5505号の船長」と記載されている。ベンツ2台は、釜山港に着いた後、この貨物船に積み替えられて、その後、ロシア極東方面に輸送されたことが判明している。

 だが徐社長は、この船もその船長についても何も知らない。船長とは、ベンツ2台の釜山港での受け渡しについて、一度、『WeChat』で交信したことがあるだけだ。全てB氏の指示である。

 実はこの「DN5505号」こそ、非常に問題の大きい船舶だったのである。この貨物船は、北朝鮮産石炭を韓国に不正輸入しようとした容疑で、2019年2月以降、韓国政府当局により浦項港で拘束されている。

 DN5505号は、見るからにオンボロ船である。スクラップにした方がよいのではないかと思えてしまうほど、古い貨物船だ。そもそも、こんな船に高級ベンツ車両のコンテナを積むこと自体、あまりにも不自然でいかがわしさを感じさせる。

 巨大台風21号が関西を直撃した直後の9月7日、B氏は徐社長に、DN5505号が大阪港にきてベンツ2台を引き取ると通知してきた。しかし、その後、17日には、「船が釜山で故障して大阪まで来れなくなった」と通知してきた。ベンツ2台は結局、大阪から釜山港まで運ばれたのである。

 DN5505号は、たしかに釜山港で修理を受けていた。「エンジン修理」とのことだったが、真相は不明である。もしかしたら北朝鮮産石炭を洋上で瀬取りするために、船体に何らかの改造が施されていたのかもしれない。

 この貨物船は釜山を出港した後、2018年9月末か10月初めに先述のベンツをロシア極東に輸送したと考えられている。その後、DN5505号は「ロシア産石炭」を積載して、11月1日に再び韓国に戻ってきた。国連専門家パネルは2019年9月公表の報告書の中で、これが北朝鮮産石炭であった可能性に言及している。

 この際の石炭の輸入者は、ソウル市内の企業(C社)であった。C社も問題の多い企業で、その約半年前にも、北朝鮮産石炭を「インドネシア産石炭」に偽装したうえで、韓国に不正輸入を図っていた容疑がかけられている。

 要は、徐社長がベンツを輸送した相手方の貨物船DN5505号は、北朝鮮制裁違反容疑の「常習犯」のネットワークが使用する船舶だったのである。現在、C社もDN5505号も、制裁違反容疑で韓国警察と国連の捜査対象である。

 DN5505号の所有・運航会社は、マーシャル諸島に登記された「ドヤン・シッピング社」。

 ドヤン・シッピング社は、パナマ籍の石油タンカー「カトリン号」も所有・運航していた。この船舶にも、北朝鮮に不正に石油精製品を洋上で「瀬取り」した国連制裁違反の疑いがある。2019年2月以降、韓国政府はカトリン号を釜山港で拘束していたが、6月か7月初め頃に、なぜかこの船は廃船処理されてしまったという。国連安保理決議では、制裁違反容疑の船舶に対して、そのような対応は許されていないはずなのだが。

 筆者と面談したC社の社長によれば、ドヤン・シッピング社の代表者は「ダニエル・カザチュク氏」と名乗るロシア人だという。

 カザチュク氏は、釜山に拠点を置く正体不明の「韓国系ロシア人」とともに仕事をしていた事実も分かっている。この人物は、釜山の貿易会社(D社)に勤務していたとの情報がある。このD社こそ、徐社長が釜山港に輸送したベンツ2台をDN5505号に積み替えた業者だった。

 韓国国内には、明らかに北朝鮮の非合法ネットワークが根付いている。韓国警察は、ドヤン・シッピング社やカザチュク氏、C社、D社のいずれに対しても捜査を行ってきたが、その経過や結果については何ら公表していない。

 もし韓国政府が透明性をもって公表していれば、徐社長のような被害者が出る事態も防げたのではないだろうか。

 韓国の闇は、深い。

大連企業はでたらめばかり

B氏の名刺(筆者提供)

 2019年7月、「C4ADS」の報告書が公表された後、B氏は様々な言い訳で釈明している。

 前述した通り、徐社長が入手したB氏の名刺には、大連A社の「总经理(社長)」とあった。しかしその後、B氏によると、「実際には私は社長じゃなかったけど、その肩書の方が印象が良いので使っていたの」とのことである。しかも、この名刺に印刷されていた会社のロゴも、実は青島に所在する全く別の会社のロゴを勝手に使用していたという。

 大連A社は、中国で合法的に登記されており、会社情報は中国語のインターネット上で見つけられることもすでに述べた。そこでは、A社の登録住所として、「大連市中山区港湾街20A号」にある高層オフィスビルの一室が登録されている。

 しかし、最近わかったことだが、実際にはA社の所在地はここではなく、同じビルの高層階である。家賃はかなり高いはずだ。高収益の企業と推測されるが、なぜか公開情報では真の所在地を辿れないようになっている。果たしていかなる事業を行っている企業なのだろうか。

 現在、B氏は、自らの不正輸出への意図的な関与を全面的に否定している。

「あの輸送は、私が知り合いに頼まれて個人として手伝っただけで、会社は関係ない」「私は、知り合いに言われた通りのことを徐社長に伝えていただけ」

 B氏は、「知り合い」に全ての責任を擦り付けている。

中国とロシアの「黒幕」の正体

B氏の「知り合い」である中国人のE氏(LinkedInより引用)

 徐社長の協力の下、筆者の調査により、B氏の「知り合い」こそ、北朝鮮と長年にわたる親密な取引関係を有してきた中国人(E氏)であることが判明している。

 E氏は、遼寧省を拠点とする漢方飲料の製造会社の社長である。もちろん、この会社は車両ビジネスとは無関係だ。しかし、この会社のホームページによると、漢方飲料は、北朝鮮の「純天然」原材料を使用して製造されているという。

 E氏は1978年10月7日生まれ。写真で見るE氏は若く見える。まだ40歳という若さだが、他にも中朝国境の丹東市を中心に、中国国内に複数の会社を所有・経営している。中には、北朝鮮との取引を主とする貿易会社やコンピューター製造会社まである。

 うち1社は、筆者がかつて国連専門家パネルに勤務していた頃、捜査対象としていた企業だ。この会社は、北朝鮮との輸出入が主なビジネスであり、そのうえ日本や韓国とも交易していると、自社のホームページ上で宣伝していた。

 私たちはE氏とも連絡を取ることができた。私たちからの照会に対してE氏は、「ベンツ輸送はあるロシア人の依頼に基づいてB氏に依頼した」と認めたのである。

 だがE氏も、「自分はロシア人とB氏をつないだだけで、輸送には何も関与していないので、何も知らない」の一点張りで、制裁違反への関与を全面的に否定している。取引に関する記録など何も知らないという。

 他方、B氏は「E氏からの指示に従って輸送しただけ」と説明しており、E氏の説明と完全に矛盾している。

 B氏が以前、E氏から聞いていたところによると、E氏が言及した「あるロシア人」とは、「DMITRII」というファースト・ネームの人物だという。

 DMITRII氏の旅券の写しを入手した。顔写真を見ると、七三分けの髪型で、やせ形の顔つきだ。精悍な目つきのロシア人男性である。彼の生年月日は「1973年9月20日」。ベンツ輸送の当時、45歳だったことになる。

 B氏によると、DMITRII氏の所属も、あの「ドヤン・シッピング社」だという。先述のカザチュク氏の会社である。このDMITRII氏こそ、ベンツ2台の最終的な「荷受人」だったわけだ。

黒幕たちの「致命傷」

 つまり、不正輸出事件の全容を要約するとこうなる。

 不正輸出事件の中核にいた共謀者は、少なくとも計3名いた。E氏と、その取引相手であったドヤン・シッピング社のカザチュク氏と「DMITRII」氏のロシア人2名である。

 そして3名は、E氏の長年の知り合いである大連のB氏を輸送実務の担当者として巻き込んだ。

 さらに3名は、イタリア企業に欧州でベンツの購入および運送の手配にあたらせていた可能性がある。このイタリア企業と北朝鮮との関係についてはさらなる調査が必要だ。

 B氏によると、E氏からベンツの取引話が初めて出てきたのは、2018年2月だったという。ちょうど、金委員長が国際舞台で外交戦を展開し始めた時期と一致する。その後、金委員長は、今回「密輸」したと見られる同型のベンツ車をシンガポールやハノイ、ウラジオストクで開催したドナルド・トランプ大統領、ウラジーミル・プーチン大統領との首脳会談で使用している。

 ロシア人と中国人の計3名は、ドイツで製造されたベンツを購入し、どこかで防弾仕様に改造したはずである。その後、2018年6月14日、ベンツを乗せた貨物船はロッテルダム港を出港し、7月31日に大連港に到着した。

 3名は当初、ドヤン・シッピング社の貨物船DN5505号を用いて、中国からロシアに向けて直接ベンツを輸送する計画を立てていた。ただ、おそらく実際には、DN5505号は大連を出港した後、ロシアに向かうふりをして、北朝鮮の港に直行するつもりだったとも憶測されうる。それまで北朝鮮は、高級乗用車を中国から直接、不正輸入するのが一般的であったからだ。大連港でDN5505号にベンツと一緒に積載する予定だった鋼材というのも、北朝鮮向けだったのではないだろうか。

 ところが大連港の中国当局は、DN5505号がベンツを積んで出港するのを許可しなかった。もしかしたら中国当局は、すでにこの貨物船を警戒対象にしていたのかもしれない。中国政府当局は、2017年頃から対北朝鮮制裁の履行体制を強化しており、北朝鮮向け貨物の取り締まりを大幅に強化している。真相は中国当局のみが知る、だ。

 この時点で、3名の計画は変更を余儀なくされた。

 そこで彼らは急遽、代替案として、日本を介在させて、大連港ではなく上海港に貨物を送る迂回ルートを新たに設定した。

 B氏が徐社長にアプローチしたのは8月2日。B氏は当初、酵素飲料の取引を徐社長に持ち掛けたうえで、その後14日に初めてベンツ輸送について話を切り出した。7月末から大連港で起きていたベンツ輸送を巡る問題や、ベンツの最終顧客がロシア企業であったことなど、事情をよく知らない徐社長は、こうして事件に巻き込まれたのである。

 しかし、3名の計画はその後も変更を余儀なくされた。

 経由地の大阪港は巨大台風に襲われて、さらにDN5505号が釜山で修理に入って、大阪まで来れなくなったため、大阪→上海のベンツ輸送計画も断念せざるを得なくなった。次に、彼らは協力者がいる韓国の釜山港にて、DN5505号の修理が終わり次第、この船でベンツを回収することにした。

 結果的に、彼らにとって「部外者」である徐社長を巻き込んだうえ、当初の予定だったと思われる「オランダ⇒中国⇒ロシア⇒北朝鮮」という輸送ルートに、さらに日本と韓国を経由地として加えてしまった。これが後で彼らの致命傷となる。このために、彼らは不正輸出発覚のきっかけを残してしまったのである。

 いかに3名が自らの関与の痕跡を輸送関連書類から消し去ろうとしても、結局、私たちに見つけられてしまったのだ。

北朝鮮「非合法ネットワーク」を壊滅せよ

 2019年7月、「C4ADS」の報告書が公表された当日、徐社長はあまりにも予想外の事態に唖然とするしかなかった。ある日突然、自らが北朝鮮制裁の重大な違反容疑者に仕立て上げられてしまったのである。

 日米などのメディアから問い合わせが殺到する中、徐社長は急遽、当時の輸送関連書類をとりまとめて、経緯の説明資料を作成した上で、書類一式をメディア各社の記者に手渡して説明した。

 しかし、追跡取材する記者など、民放1社を除けば、他には誰もいなかった。おそらく手渡された資料の内容を理解できた記者はいなかったものと思われる。海運業界や貿易実務の専門知識がなければ、理解できるはずもない。

 アメリカの優秀なシンクタンクである「C4ADS」ですら、この専門知識が不完全だったがゆえに、「黒幕」が各地にばらまいていた海上輸送関連情報をつかまされたうえに、それを鵜呑みにしてしまい、結果的に徐社長と美濃物流株式会社を誤って不正輸出の中核人物に仕立て上げてしまったのである。「C4ADS」の最大のミスは、報告書で徐社長と美濃物流の実名を公表する前に、徐社長に連絡して事実確認をとらなかったことである。

 唯一の例外は、とある民放テレビ局1社の外信部のみである。本件に関するスクープ番組を近日中に放送予定だ。

 徐社長は憤りを隠せない。

「私は被害者なのに、犯罪者のように国際社会から制裁されています。本当に不公平だと思います。黒幕の企業に対してこそ制裁をかけるべきです。早く実名を公表してほしいです」

 北朝鮮の非合法ネットワークが日本企業をはめた事実を、私たちは決して許してはならない。徐社長のような被害者を二度と出させないためにも、黒幕に対してこそ、その実名を公表して、制裁しなければならない。

 筆者の調査結果については、完成次第、別の機会に発表する。

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