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浜矩子のお金の正体の話―vol.142 いま必要なのは「成長政策」よりも「分配政策」!

vol.142 いま必要なのは「成長政策」よりも「分配政策」!

「政府は成長戦略を示せ」という論調がテレビや新聞をにぎわしているけれど、企業の国際競争力を高めることなどが、むしろ日本の中の格差を拡大させ、結果的に日本が弱い国になっていくことになるのでは? いま政府が示すべきはむしろ分配政策だ、と浜さんが喝破!

「日本が負ける」という表現の真意がどこにあるのか見極めよ

Cafeglobe(以下C)  前回は、日本のひとりあたりGDPがすでにシンガポールはおろか香港や台湾にも抜かれているというところから、日本はどうなる?というお話を伺いました。「じゃあGDPを上げればいい」という話に直結させてしまうのは危なっかしいというご指摘にとても納得したのですが、ニュースを見回すとやはり富国強兵とまでは言わないまでも、日本が負けてしまうのはダメだという意見が多く強いですね。

浜さん(以下H)  日本が負けると言うときの「負ける」というのは何に負けるんでしょうね?

C  数字が小さくなることで負けた気分になるというか。ずっと一番というのに慣れてきましたし。

H  じゃあランキングなんて見なきゃいいでしょう

C  あ、たしかに(笑)。たとえばより大きなクルマに乗っていたいとか、それを勝ちだと見ているのではないでしょうか。

H  大きいクルマに乗りたい人は乗れるように個別的に頑張ればいい。個別に頑張ることを制約する要因は、従来よりむしろ少なくなっていると思いますし。この手のランキングが下がることを大問題としている人たちは、そのことのどこにどのようなまずさを見出しているのか。そこを問いなおす必要があると思います。外国人留学生獲得競争とか、高速鉄道建設プロジェクトの受注合戦とか、そういった個別テーマについて勝った負けたが問われるのは、それ自体としては解ります。ですが、この手の話についても、なぜ勝たなければいけないのかという問題はありますよね。ある特定テーマについて勝つために、他方でとんでもない犠牲を払っているということがあるかもしれない。いわんや、国の経済規模とか生産力とか、その手のものに関するランキングが下がることでなぜ右往左往するのか。ランキング低下で多数の日本人が餓死するとか不幸になるということがあるなら別ですが、誰かに抜かれたとか負けたとかいうことには、それ自体として意味はない。ランキングを保つために国民が尻をたたかれ、競争力確保のために人々が選別され、格差が拡大するというようなことになったら、元も子もない

正社員と派遣社員の間に格差をつけておいて平気な社会

C  格差が広がっていることは本当に身近に感じるようになりました。派遣切りされる人や、正社員よりだいぶ低いお給料で働いている人たちが身近に増えた一方、企業はちゃっかり黒字を上げていたりしますよね。先日友人たちの間で話題になったのがテレビ業界でした。在京局はテレビ東京以外すべて黒字だけれど、番組制作の外注先である制作会社は制作費カットでスタッフの待遇も極悪とか。テレビ局は若い人の採用も抑えていますし、自分たちだけよければいいのか!と言いたくなります。仮に企業業績が堅調でひとりあたりGDPは守れても、ひとりあたりの豊かさは下がっている。

H  そのとおりだと思いますよ。「テーマは分配だ」と私がずっと言い続けているのはまさにそのことです(※1)。GDPを上げようと血道を上げれば、格差はむしろ深刻化する可能性が高い。競争力ランキングを上げようとすればするほど、そのことのために誰かの雇用や誰かの生活が犠牲になったりする。

C  格差が大きければ、大多数の貧乏人、とくに若い人は不安でできるだけ消費を控えますよね。

H  いつなんどきその日暮らしになるかもわからないとなれば、できるだけおカネを使わないでおこうと思うのは当然ですよね。多くの人々がそうした自己防衛行動を取れば、結果的に経済活動は停滞します。だから、成長率も上がらない。貧困化する人々が増えれば、一人当たりGDPも増えはしない。かくして、人間を犠牲にした成長戦略は結局のところ成長確保をもたらさない。そういうことです。

C  いまは成長戦略を求める以前にまず分配をしっかりしろということですね。

H  このテーマもcafeglobeではそれこそ死ぬほど何度も語ってきたことですよね。ここに、今日的状況の基本問題があります。経済活動の三大構成要素である「成長と競争と分配」のうち、分配のベクトルが今はとても貧弱になってしまっています。ここをどう充実させるか、今一度立ち返って考えなければ。

C  分配は、いわゆる大手マスコミでは見かけない話題、話題になりにくいテーマですよね。

H  どうしてなんでしょうね。マスコミで記事を書くひとたちがそう思っていないのでしょうね。

C  大手マスコミの中でニュースや記事を選ぶ人は、自分のお給料の一部を派遣の人に分配したいとは思っていないからでしょう。

H  (笑)。そのマスコミの中のいろいろな人たちとよく話をしますが、成長を目指せと言わないと、どうも肩身が狭い雰囲気があるようですね。成長を生み出せない政策や政治を糾弾していれば恰好が着くという面もあるでしょう。というか、それを言わないと恰好が着かないというか。

C  3.11前で反原発ネタがタブーだったように、今は分配ネタはタブーなのでしょうか。「成長より分配でしょう!」などと番組の企画会議で口にしたら、冷たい空気が流れるような。

H  そうかもしれませんね。かつては、金融自由化がタブーネタだった時代もあります。ところが、ある時期からそれが大逆転して、いかに日本は金融自由化の波に乗り遅れているかを糾弾していればいい、それを言わないのは時流遅れだ、ということになっていった。タブーも世につれですね。

なぜ「今必要なのは分配」というテーマがマスコミで流れないのか

C  マスコミの中にも、意図してかしないでかはともかくバイアスはあるということですね。それは当然の前提としてニュースに接していかなければ。マスコミがスルーしているニュースに大きな問題があったりするかもしれません。

H  権力の回し者みたいな人ばかりでマスコミ陣が占められているわけではありません。体制批判者としての役割をきちんと認識しているプロたちが大勢だと思います。それでも、どうしても話題に一定の偏りが出て来るきらいはありますね。どういうわけか。

C  ここにも格差の力学が働いている気がします。入社するときには高い志を抱いていても、高いお給料やタクシー乗り放題のような環境に身を置いていると、だんだんそれを失うのが怖くなる。自分たちだけがいいほうの船に乗っていることは自覚しているから、船から落っこちまい、船を沈めまいとついふるまってしまうのではないでしょうか。でも心の底では葛藤している人も多いと思います。それで浜さんをお招きし、いいお話を伺えました、なんて少しいいことをした気になったりしている図を想像してしまいます。

H  私はアリバイ作りの材料?(笑)。

C  いまマスコミの制作中枢にいる40代はバブルも経験していますし、収入が減ることに敏感だと思います。そういう人たちが今のマスコミを動かしているというくらい冷めた目線で大手媒体に接していく必要があるのでは。

H  情報を見きわめるのは自分だという認識が重要ですね

C  マスコミにちっとも出てこない分配トピックに注目し、それをもっと求めていく市民にならないといけませんね。

H  そうですよ。メディアも政治も、品質向上は結局、市民の誘導力次第。それこそが絆であり分かち合いですよ。

C  分配のベクトルをどう話題にして大きくしていくか、また来月にも伺わせてください!

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