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3歳児にも「放射線」を当てるがん治療医の信念

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放射線治療は終わった段階で完治したとはいえない。体は放射線を記憶するからだ。鳥取大学医学部附属病院で放射線治療科長を務める内田伸恵氏は「とくに幼小児の場合、晩発性の副作用が問題となる。放射線治療は、やめどきが一番難しい」という——。

※本稿は、鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 2杯目』の一部を再編集したものです。

解剖実習で「自分は医師になる価値があるか」と問い続けた


鳥取大学医学部附属病院の放射線治療科長・内田伸恵氏(写真左)。後進の教育にも注力する。 - 撮影=中村 治

内田伸恵が医師という仕事の重み——人体を扱うという得体の知れない怖さを初めて感じたのは、島根医科大学医学部(現・島根大学医学部)1年生の解剖実習が始まったときだった。

解剖実習とは医学部あるいは歯学部学生が行なう人体解剖である。

「特殊な処理をされているので(人体から)血は出てこないです。でも、亡くなってはいても人体にメスを入れることに対して畏怖を感じました。生前はどんな人生を送っていたのか、なぜ献体をしてくれたのか、などと考え出すと止まらない。無理やりアトラス(解剖標本の図譜)と同じだと思うようにしました」

解剖実習は月曜日から金曜日の毎日、昼から夕方まで続く。その間、自分は医師に向いているのか、医師になる価値がある人間か、自問自答を繰り返したという。

内田は大分県大分市で生まれた。その後、父親の仕事の関係で数年おきに転居を繰り返している。

「転勤族だったので、小学校、中学校も何度か転校しています。自分の故郷がどこなのか分かりません」

目立つことが嫌いな少女だった。転校先ではまず周囲の様子を窺い、どうやれば穏やかに生活できるのかを考えていた。

「新しい環境で敵を作りたくない。そのために、自分を外に出さない子でしたね。答えが分かっているのに手を挙げないと、よく先生から叱られていました」

出雲という地名への憧れ


内田伸恵(うちだ・のぶえ)/1984年島根医科大学卒業後、同放射線医学講座に入局。1995年同大学院医学研究科形態系専攻博士課程修了。島根大学医学部、鳥取県立中央病院などを経て2015年3月より放射線治療科長を務める。専門は放射線腫瘍学、がんの集学的治療。

高校は静岡市の県立高校に入学、途中で転校試験を受けて岡山市に移った。そして受験の時期になり、医学部への進学を検討するようになった。

「小学生の頃、野口英世の伝記を読んだりしていて、漠然と人の役に立てる仕事に就きたいという思いがありました。そしてもう一つ。私の母は専業主婦だったんですが、あるとき『これからの女の子は手に職を持って働いて欲しい』ということを言ったことがあったんです。病気の人を直接助けることができること、そして女性でも資格を持って一生仕事ができること、その二つが大きな理由ですね」

島根県出雲市にある島根医科大学医学部を選んだのは深い意味はない。それまで山陰には住んだことはなかった。彼女によると「出雲という地名への憧れと、自分の偏差値が十分合格ライン内にあった」からだという。

内田は島根医科大学医学部3期生に当たる。一学年100人のうち女子は13人のみ。当時、女子医学生は珍しい存在だった。自分の意思とは関係なく街の中で目立ってしまうことに戸惑ったという。また、冬の寒々とした鉛色の空と低く垂れ込める雲、寒さが身に沁みた。

放射線のビームは痛くも熱くもない

国家試験合格後、内田は母校の放射線科に入局している。

「放射線科の教授だった石田哲哉先生の指導を受けたいと思いました。石田教授が放射線治療を専門としていたので、私もその方向に進んだということですね」

放射線科はその専門性で「放射線診断医」と「放射線治療医」の二つに分けられる。内田は後者である。

放射線治療を内田はこう説明する。

「放射線治療というと放射線でがん細胞を焼き殺すという印象を持っている方が多いのですが、そうではありません。がん細胞はどんどん分裂して無制限に増えていきます。その分裂を止めて、がん病巣をゆっくり小さくしていくのが放射線治療の原理です。6~7週間かけてがん病巣に少しずつ放射線を照射していく。放射線のビームは痛くも熱くもない。そして切除しないので、臓器の機能や形を温存しながらがん治療できるのが利点です」

手術をしないで臓器を残せる

放射線治療医の特徴の一つは、他の専門医と連携をとって治療を進めることだ。

「私たちは頭の先から足の先までという言葉をよく使います。つまり、脳腫瘍から肺がん、前立腺がん、乳がん、子宮のがんなど、多くの種類のがんを治療します。それぞれの患者さんには主治医がいます。私たちからすれば放射線治療をした方がいいと思っても、主治医がそう考えなければ私たちのところには紹介されない。手術、投薬だけじゃなく、放射線治療もいいですよと言える関係を作ることが大切」

主治医との良好な関係を構築するには専門知識が必要となる。

「主治医が専門とするがんについて、しっかりと議論ができなければ信用してもらえない。だから、放射線治療の臨床や技術・装置に関することだけでなく、多くの種類のがんの標準治療や最新治療について、常に勉強することが必要です」

かつて放射線治療は、手術や抗がん剤などあらゆる手を尽した後の最終手段とされていた。しかし、それも大きく変わった。音楽家の坂本龍一が中咽頭がんを放射線治療で完治させたことは記憶に新しい。「いくつもの種類のがんで、放射線治療は手術と肩を並べる治療成績が示せるようになりました。喉頭がんや咽頭がんなど『のど』のがんは放射線が効きやすいです。また、手術をしないで臓器を残すという放射線治療の特性を発揮できる。すなわち声を失わなくて済むのです」。

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