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- 2010年10月28日 13:16
なぜテレビ番組は画一化してしまったのか
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普段夜食のために行く近所の店にはテレビがあります。チャンネルの選択は、なんとはなくその場の空気で決まっていくのですが、その時にでてくる会話は、きまって、最近のテレビは面白くない、企画もよく似ているし、どれも同じようなお笑い芸人と、タレントがでていて飽きるという類のテレビ番組への不満です。
なぜそうなったのでしょう。そんな複雑な事情はないと思います。ひとつは、採算が悪化し、時間をかけて取材をする、あるいはひとつのテーマを追うゆとりがなくなったことがきっとあるのでしょう。
もうひとつは視聴率の罠です。番組企画については、重要なのはスポンサーがつくかどうかで採用不採用が決まります。視聴率がとれている他局の番組を模倣する、そして人気のタレントを使うと、それが視聴率の保険になり、スポンサーも説得しやすいということになります。こうしてどんどん画一化が進んで行くのです。
一見は、無難なマーケティングのようですが、模倣(ミーツー)のマーケティングはやがて破綻します。同じような番組ばかりになると、番組の陳腐化の速度もはやまり、番組の魅力が落ちて、結局は「テレビ離れ」というしっぺ返しがやってきます。
このあたりについて、かつて音楽の世界で、JポップがCMとのタイアップでどんどんヒットを飛ばしたものの、どんどん曲がスポンサー好みの無難な音楽になってしまってやがて衰退していったことを重ねあわせて書かれているジャーナリストの烏賀陽 弘道さんの記事がとても参考になります。
テレビは今日も金太郎飴のタレント番組ばかり
「報道番組」をつくらせてもらえない民放の記者たち
実際、テレビ離れがいよいよ加速し始めたようです。グラフはテレビ東京のメディアデータから引用したものですが、緑色の線のHUTを注目してください。HUTとは「どのくらいの世帯がテレビ放送を放送と同時に視聴していたのかという割合」(ビデオリサーチ)ですが、長期的に下降傾向をたどっています。そのHUTが2010年上期に急激に落ちたことがわかります。
2009年までは若い世代が視聴率を支えていたのですが、ついに若い世代まで「テレビ離れ」が始まったのかもしれません。
リンク先を見る
テレビ東京メディア・データ
ビジネスで失敗するのは、みんなに好かれようという誘惑に負けることだという金言がありますが、視聴率は、どれだけ深く見られたかではなく、どれだけ多くの人に見られたかであり、そんな危うさが潜んでいます。
なぜそうなったのでしょう。そんな複雑な事情はないと思います。ひとつは、採算が悪化し、時間をかけて取材をする、あるいはひとつのテーマを追うゆとりがなくなったことがきっとあるのでしょう。
もうひとつは視聴率の罠です。番組企画については、重要なのはスポンサーがつくかどうかで採用不採用が決まります。視聴率がとれている他局の番組を模倣する、そして人気のタレントを使うと、それが視聴率の保険になり、スポンサーも説得しやすいということになります。こうしてどんどん画一化が進んで行くのです。
一見は、無難なマーケティングのようですが、模倣(ミーツー)のマーケティングはやがて破綻します。同じような番組ばかりになると、番組の陳腐化の速度もはやまり、番組の魅力が落ちて、結局は「テレビ離れ」というしっぺ返しがやってきます。
このあたりについて、かつて音楽の世界で、JポップがCMとのタイアップでどんどんヒットを飛ばしたものの、どんどん曲がスポンサー好みの無難な音楽になってしまってやがて衰退していったことを重ねあわせて書かれているジャーナリストの烏賀陽 弘道さんの記事がとても参考になります。
テレビは今日も金太郎飴のタレント番組ばかり
「報道番組」をつくらせてもらえない民放の記者たち
実際、テレビ離れがいよいよ加速し始めたようです。グラフはテレビ東京のメディアデータから引用したものですが、緑色の線のHUTを注目してください。HUTとは「どのくらいの世帯がテレビ放送を放送と同時に視聴していたのかという割合」(ビデオリサーチ)ですが、長期的に下降傾向をたどっています。そのHUTが2010年上期に急激に落ちたことがわかります。
2009年までは若い世代が視聴率を支えていたのですが、ついに若い世代まで「テレビ離れ」が始まったのかもしれません。
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テレビ東京メディア・データ
ビジネスで失敗するのは、みんなに好かれようという誘惑に負けることだという金言がありますが、視聴率は、どれだけ深く見られたかではなく、どれだけ多くの人に見られたかであり、そんな危うさが潜んでいます。



