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掃除で、美しい日本人の心を育てる? / 『掃除で心は磨けるのか』著者、杉原里美氏インタビュー

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――本書はさまざまな場面で進む「教育の道徳化」の例を数多く取り上げています。一連の取材をはじめようと思ったきっかけを教えていただけますか。

私が社会部の教育担当になった後、下の子が公立小学校に入学しました。子ども自身が生活態度の目標を定めて自己評価するような活動があったり、「あいさつ運動」が驚くほど盛んだったりと、10歳以上離れた上の子のときと比べて、明らかに学校が変化していると感じたんです。

それはちょうど第二次安倍政権の下で、教育再生実行会議が道徳の教科化を打ち出すなど、教育政策が大きく動いていた頃です。こうした国の教育政策の方向性と、子どもの内面に介入するような活動や、親に宿題の丸付けをさせたりするような「家庭教育の強化」が進行している学校現場が連動しているのではないか、と思ったことがきっかけです。

取材成果は2017年に、「『教育再生』をたどって」と題した夕刊の連載10回にまとめました。素手トイレ掃除や教員団体TOSSなど、通常のニュースにはなりにくく、過去に記者が深く取材していない現場にも飛び込んで書いたので、もともと関心がある人の間で話題にはなりました。

ただ、紙面には限りがあり、「教育再生」の全体像を示すのは困難でした。「書ききれなかったことを書きたい」「一般の保護者にも広く読んでもらいたい」と思い、連載や関連記事に加筆して、新しい取材成果も加えたのが、この本です。「ほら!学校でこんなに変なことが起きているんだよ」と伝えるだけではなく、底流を知ってもらいたいと考えました。できるだけ、安倍政権以降の教育政策の大きな流れがわかるようにまとめたつもりです。


――取材をつづけるなかで、いま学校で起きていることについて、杉原さんのなかで大きな「違和感」が生じたのではないでしょうか?

たとえば、掃除中は無言で自問自答するという「無言清掃」をしているある学校で、玄関や下駄箱の靴が整然とそろえてあったり、「○○さん、ありがとう」という感謝の言葉がいくつもホワイトボードに書いてあったりするんですね。それは確かに「美しい」のですが、同時に「ここまでするの?」「ちょっと気持ち悪いかも」と思ってしまいました。最初は、「しつけ」として始まったのだと思いますが、「一糸乱れてはいけない」というあり方が、かえって子どもの心を縛るのではないかと感じました。

また、細かい決まりを定めた「○○学校スタンダード」は、想像以上に広がっていることが分かりました。「○○学校しぐさ」「○○学校スタイル」などもあります。学校独自の決まりを標準化し、子どもや教員、保護者にまで守らせるようにしているのです。学校生活がとても窮屈になっていると思いますし、「従うことが当たり前」という風潮がつくられているように感じました。

もともとは企業のものとして始まった「トイレ掃除運動」や「PDCAサイクル」といった自己評価が、学校に採り入れられていることにも驚きました。

――「トイレ掃除運動」、本書を読んでとても驚きました。こういっては何ですが、素手でトイレ掃除って、正直、かなり気持ち悪い。

私が取材で体験させてもらったトイレ掃除運動は、素手でトイレ掃除をすることによって心を磨くという考え方をもとに実践されているものです。車用品販売の会社「イエローハット」創業者である鍵山秀三郎氏が提唱しています。

鍵山氏の「日本を美しくする会(掃除に学ぶ会)」は全国に広がり、それに共鳴した教員らでつくる「便教会」も各地にできています。トイレ掃除運動に関心のある教員を集めて、靖国神社や伊勢神宮などで開かれる「鍵山教師塾」もあります。こうしたトイレ掃除運動に参加した経験のある教員らが、地域の「掃除に学ぶ会」と協力して、総合学習の時間などに取り組んだり、PTAがイベントとして開いたりしています。

ただ、どのくらいの数の学校で実践されているかは分かっていません。横浜市教育委員会が小中学校でトイレ掃除の奨励を決めた2010年前後に比べると、素手トイレ掃除自体は、いったん下火になっているようにも見えます。

むしろ、保護者の間で「今年から始まった」などと聞くのは、先ほども挙げた掃除中は無言で自問自答する「無言清掃」です。給食中に一言も話してはいけない「無言給食」も目立つようになりましたが、これらは子どもたちを集中させて、短時間で掃除や給食が終わることを目的にしている場合もあるようです。背景には、教員の多忙化があるのでしょう。

さらに、文部科学省は、日本型教育の素晴らしい点として、子ども自身による掃除などを海外に広めようとしています。ちなみに、日本型教育の海外展開事業のために文科省が作った動画には、トイレ掃除をしている子どもの絵が出てきます。この事業の目的のひとつは、「親日層を育てること」だといいます。

――それでなぜ「親日」になるのか、かなり謎です。ほかに杉原さんがとくに気になった「いま、学校で起きている奇妙なこと」は何でしょうか?

やはり、家庭教育への介入です。たとえば、母親手作りの弁当をことさら愛情と結びつけて持ち上げたり、国の早寝早起き朝ごはん運動を推奨するなど「親の学び」を自治体が条例で定めたりしていることですね。

子どもの貧困が問題になるなか、時間をかけた手作り弁当を持たせることができる家庭ばかりではありませんし、夜間に親が働いている家庭もあります。こうした多様な家庭像を無視して、あるべき家庭の姿を押し付けようとすると、かえって保護者はプレッシャーを感じてしまいます。

また、これを「よし」とする保護者は、善意から他の保護者に同調を求めてしまうこともあります。国が命令しなくても、「地域」で縛り合って規範からの逸脱を許さないという風潮になれば、為政者にとっては都合がいいでしょう。将来、国の経済再生のために役立つ人材をつくるという教育政策を、家庭も巻き込んで達成しようとしているのだと思います。と同時に、学校を通じて親をコントロールしようとする意図を感じます。「地域」がとくに強調されていることにも、個人よりも共同体を重視するという危うさを感じています。

一方で、現実として、家庭のなかで虐待されていたり、食事を作ってもらえなかったりする子どもを発見して福祉につないだりすることは、誰かがやらなければなりません。家庭教育事業のように、上から目線で「啓発」するのではなく、どんなふうに支援していけばいいのか。たんに「家庭に介入するな」と警鐘を鳴らすだけではなく、どう線引きしたらいいのか、研究者の方にぜひ提案していただければと思っています。

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