

10月の消費税率引き上げが目前に迫ってきた。増税とともに実施されるポイント還元制度をテコにして、クレジットカード、電子マネー、スマホ決済アプリなどキャッシュレスサービスの顧客取り込み競争が激しさを増している。だが、ポイント還元率ばかりに飛びついても、額面どおりにお得になるとは限らない。ニッセイ基礎研究所主席研究員の篠原拓也氏が事例を用いて分析する。
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いま、キャッシュレス化を促進するさまざまな仕組みが世の中に出てきている。消費税率引き上げ時のポイント還元制度とも相まって、今後は、これらの仕組みが消費者に浸透していくものとみられる。
消費税率引き上げに伴うポイント還元制度は、個人消費の下支えとキャッシュレス決済の普及のために、約2800億円の予算を原資として、国が還元分を負担するものだ。期間は2019年10月から2020年6月末までの9か月間で、ざっくりいうと、中小小売店では5%還元、大手系列のチェーン店の外食やコンビニエンスストアなどでは2%還元とされている。
しかしそれとは別に、そもそものポイント還元の内容は、クレジットカードやスマホ決済アプリごとに異なっている。このため、クレジットカードなどを選ぶ際には、いろいろと迷うことが多くなる。この稿では、「クレジットカードはゴールドカードにしたほうがおトクか」「スマホ決済アプリなどの全額還元をどう活用するか」の2点について考えてみたい。
◆ゴールドカードのポイントアップはどれだけおトクなのか
一般に、クレジットカードには、クラシックカードと呼ばれる通常のものと、ゴールドカードと呼ばれるグレードの高いものがある。ゴールドカードを使うメリットは、通常よりもポイント還元率が高いことにある。しかしその反面、ゴールドカードには年会費がかかることが一般的となっている。
つまり、年会費を上回るだけのポイント還元のメリットがなければ、ゴールドカードは選びにくい。このことを、筆者の設定した架空の事例で考えてみよう。
【事例1】
クラシックカードは、年会費なしで利用額の1%分のポイントが付与される。ゴールドカードは、年会費1.1万円(消費税込)で、利用額の2%分のポイントが付与される。1ポイントは1円に相当する。
この場合、利用額がある金額を超えたら、ゴールドカードのほうがトクになるはずだ。そこで、利用額をX円として、ゴールドカードをつかった場合とクラシックカードをつかった場合の収支が同じとなるように、以下のような方程式を立ててみよう。
X×1% = -1.1万円+X×2%
これを解いてみると、X=110万円。つまり、買い物などで年間の利用額が110万円を超えれば、ゴールドカードのほうがおトクということになる。では、次の事例はどうだろう。
【事例2】
クラシックカードは、年会費なしで利用額の1%分のポイントが付与される。ゴールドカードは、年会費1.1万円(消費税込)で、利用額の2%分のポイントが付与される(ここまでは【事例1】と同じ)。ただし、年始からの利用額の合計が50万円に達したら、それ以降は利用額の3%分のポイントが付与される。1ポイントは1円に相当する。
事例1と同じように、利用額をX円として方程式を立ててみよう。ゴールドカードのほうがクラシックカードよりも収支がよくなるためには、少なくともXが50万円を超える必要がある。ゴールドカードについては、利用額の合計が50万円までと50万円を超えたあとの2つの項に分けて式を立てる。
X×1% = -1.1万円+50万円×2%+(X-50万円)×3%
これを解いてみると、X=80万円。つまり、年間の利用額が80万円を超えれば、ゴールドカードのほうがおトクということになる。
この他にも、カードによっては、初年度の年会費が無料となっているものや、誕生月だけポイント付与率が引き上げられる仕組みのものなどがある。そういう場合には、上記の方程式はもっと複雑なものになるだろう。
なお、ゴールドカードのメリットは、ポイント付与の上乗せだけではない。カードに付帯される海外旅行保険や、空港や百貨店のラウンジの利用など、さまざまなサービスが提供されている。カードを選ぶときには、こうしたサービスの内容も含めて考える必要があるだろう。
◆スマホ決済アプリなどの全額還元をどう活用するか
スマホ決済アプリなどでは、期間限定のキャンペーンとして、利用時に、ある確率で利用額がすべてポイント還元される「全額還元」を行うことがある。全額還元は、利用額がタダになるということなので、大きなおトク感が得られる。
それでは、実際にどれくらいおトクなのだろうか。これも、筆者の設定した事例で考えてみよう。
【事例3】
スマホ決済アプリの利用時に、10回に1回の確率で、利用額が全額還元される。1か月の還元額の上限は5万円とする(各利用時に全額還元となる確率は、独立であると想定する)。
実際の利用額は毎回異なるだろうが、話を簡単にするために、ここでは1回の利用額を1000円と仮定する。この仮定のもとでは、1か月に50回全額還元されたときに、ようやく上限の5万円に達する。しかし、こうしたことはほとんど起こらないので、上限のことは意識しなくてよいだろう。
さて、10回に1回の確率で全額還元というのだから、10回利用すれば1回はタダになると考えるのが自然だ。これは平均的には正しいが、実際には10回のうち2回以上タダになることもあれば、1回もタダにならないこともある。毎回の利用時に、10分の1の確率で全額還元かどうかが決まるためだ。
つまり、全額還元の回数は、ある確率で分布することになる。この分布は「二項分布」と呼ばれる。
たとえば、全部で10回、20回、30回、40回、50回利用するケースを考えてみよう。全額還元が10%未満の回数しか出ない場合、10%以上20%未満の回数で出る場合、20%以上の回数も出る場合──の3つが、どの程度の割合になるかを計算してみたところ、次のようになった。
利用回数が増えると、全額還元が10%以上20%未満の回数で出る割合は徐々に上がっていく。これに対して、20%以上の回数も出る割合は徐々に下がっていく。10回に2回以上全額還元となるようなことは、起こりにくくなっていくわけだ。
注目すべきなのは、全額還元が10%未満の回数しか出ない割合だ。利用回数10回の場合で1回も全額還元とならないケースは35%もある。利用回数が50回で、全額還元が5回未満のケースは43%となっている。つまり、相当な割合で、10回に1回未満しか全額還元されないことになる。
なお、実際の「全額還元」キャンペーンには、各回の利用額ではなく、ある期間中の全ての利用分が還元されるものなどがあるため、注意が必要だ。
以上、クレジットカードのゴールドカードと、スマホ支払アプリの全額還元について簡単にみてきた。どちらにもいえそうなことは、「ポイント還元にはあまりのめり込まないほうがいい」ということだろう。
ゴールドカードのおトク感を得るためや、全額還元が出たときの快感を味わうために、必要もないのに無理に買い物をすることになれば、それ自体、あまりおトクではないことのように思われるが、いかがだろうか。