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【ふくしまの話を聞こう】 福島で生きるための放射線知識 佐藤順一

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郡山の住人だからこそ信じてもらえる


佐藤 これは今回この場を借りて言っておきたいことなんですが、福島県では今放射線に対しての検査体制なども非常に整ってきていると思うんですね。食品の検査にしても、他県に比べて非常に精度を高くやっていまして、ホールボディーカウンターによる全身検査なども行われるようになってきましたので、検査体制なんかは非常に整ってきています。

そういう意味で、個人の被曝量管理や食品による内部被曝の正確な数値の割り出しなどもだんだんできるようになってきているんですが、ただそこで新たに問題になってくるのは、数値を受け止める側のお母さんたちや一般の方たちがその数値を見て、それがどういうことなのかをわかっていないということが非常に大きいんです。

25日に福島県郡山市でやった講演でもたくさん意見をいただいたのが、たとえば「私は妊娠中なのでホールボディカウンター検査を受けました」という方がいらして、そのときに何人かで受けていたんですが、検査をした方が「はい、あなたND(検出限界以下)、あなたもNDね」というふうに測定した数値を読み上げていくらしいんですね。ところが、その方は「あなた0.184ね」というふうに、単位も抜きで数値だけ言われたそうなんです。

まあ、mSvにしろμSvにしろどんな単位だったとしても、どちらにせよ0.184という数値だったら大して問題はないと思うんですが、その方は「前の人が検出限界以下だったのに、自分だけ数値を読まれたということは、何かまずいことがあるのかな」と不安になってしまったそうなんです。やっぱり福島県の人たちは、まだみんな放射線に対してはナーバスな状態なので、「えっ、読み上げちゃうの?」とか「あまりみんなの前で言わないでほしい」という気持ちもあるらしいんですね。

数値的にもし大したことがなかったとしても、「この人がNDなのに私は数値が出ちゃったのは、どういうことなんだろう?」という不安がやはり消せないということなんですね。ホールボディカウンターの測定をやっていると言っても、そこで出た数値がどういうもので、どのくらいの数値をどういうふうに評価すべきなのか、という根本的な部分でまだ下地が固まっていない方が多いと僕は思うんですね。

食品に関しても同じことが言えて、食品なんかも検査体制は他県に比べると比較的整っていますし、福島県の出荷した食べ物の放射線量というのは、福島県の公式サイトの「ふくしま新発売」というページで、「○月から×月までに収穫された□の野菜」というふうに検索語を打ち込んでやると、どこ産の野菜が何ベクレルとか、全部出てくるんです。そういうサイトの存在も、福島県のホームページでそういうことをやっているということも、意外とみんな知らないんです。もう事故から1年以上経っていますけど、僕が「こんなページがありますよ」と言うと、「へぇー、そうだったんだ」という話になって、「ああ、やっぱり知らないんだな」と。

しかも、そこでまた問題なのは県や国が打ち出している方針であったりして、多分皆さんも「今は0Bqを目指すべきである」という意見を聞いたことがあると思うんです。そう言っている方がけっこういて、たとえば県議会の議員さんや学者の先生にも言っている人がいます。その「0Bq」というのは、原発事故によってまき散らされた放射性物質について「0Bqを目指す」という意味だと思うんですが、ただ、それをあまりに言い続けることで「食品の放射性物質は0Bqじゃないと危ない」というところまでいってしまっているんですね。

僕は評価の仕方として、それはちょっと違うのではないかと思います。たしかに放射性物質で汚染された食品を好き好んで食べる人などはいないとは思いますが、たとえば70Bq/kg程度汚染されているような食品を食べてしまったときに、普段からあんまり「0Bqを目指しましょう」とばかり言っていると、「ああ、70Bqも食べちゃった、私もうダメかも」と極端に心配して悩んでいる方も出てくるわけです。

そうすると、Bqとはいかなる数値であるかとか、それを内部被曝に換算した預託線量のような基本的な知識部分をもうちょっと定着させてからじゃないと、いくら検査体制を厳密にして数値をちゃんと出しても、たとえば11Bq/kg程度のほとんど気にしなくていいような数値になったとしても安心は得られないだろうし、実際に得られていないんじゃないか、と思うんですね。

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そういうことも含めて、こういうふうに放射線の基礎知識みたいなことの説明をあちこちでやっているんですが、とくに自分から進んで積極的にやっているというわけではないんです。僕自身何の団体にも属していませんし、とくに何かの主義主張があってやっているわけではないんですが、説明を聞いた方から「わかりやすかったので、こっちでもお願いします」というふうに頼まれて、あちこちへ行ってやっているだけなんですね。

他の方がやっている講演会などをたくさん聞いている方もいるんですが、そういう方も、結局僕の講演会がいちばんスッと入ってきてわかりやすかった、と言ってくださることが非常に多いんですね。これは別に僕の講演がうまいというふうに自画自賛しているわけではなく、いちばん大きな理由としては、要するに僕が現地の郡山に住んでいる人間だから素直に受け容れられる、ということだと思うんです。

今の福島県の人たちは、原発事故のいちばんの被害者で、放射線をいちばん浴びる環境にいるわけです。それで「避難したほうがいい」とか「避難するべきだ」と言っている人もいるんですが、ハッキリ言ってそんなに簡単に全員が避難できるわけはないんですね。

たとえば、ウチなんかもそうなんですけれども、要介護の高齢者が家にいたりしたら、避難のために移動する過程で死んでしまうかもしれないというリスクだってあります。さらに、これもリスク比較の話になりますが、放射線被曝で0.0何%がんの発生率が上がるというリスクを気にするあまり、たとえば財産を失ったり生まれ育った住み慣れた土地を離れなければいけないというリスクを背負ったりするのは、やっぱり辛いことだと思うんですね。

そうすると、福島県の問題に対して他の県の方がいかに理詰めで「福島県のリスクはそんなに大したことないですから、気にせず暮らしていても大丈夫ですよ」という話をされたとしても、「いやでも、それはあなたがここで暮らしていないからそう言えるんでしょう?」となって拒絶されてしまうというところがあると思うんですよ。

ですから、たとえば僕とまったく同じ能力値、同じ容姿、同じ声、同じ話し方の方がもし他にいたとして、それが県外の人だとしたら、全然話を聞いてもらえないと思います。僕がいちばん話を聞いてもらえるのは、それこそ郡山市に住んでいて、郡山市でずっと暮らしていることを話を聞いている皆さんが知っているからですね。「郡山市に住んでいる人がこう言っている、この人がこう言っているということは、本当に心の底からそう思っているんだろうな」と信じてもらえることがすごく大きいと思うんです。

危険情報に対するカウンターとして


佐藤 
そういうこともあって去年からいろいろお話ししてきたんですけれども、僕はどっちかと言うと今は福島県に住んでいてもとくに問題ないであろうと考えて暮らしていますので、実際に講演で話をするときも「大丈夫ですね」というふうに話しいます。

去年なんか、今年の春頃にはもうバタバタ子供が死ぬというようなことを言っている人たちがけっこういましたよね。皆さんも絶対知っているはずですね、あいつとかあいつとか(会場笑)。それはもう福島県の人たちもみんな「誰も死んでないじゃないか」と思っているわけです。これは狭いところだけを見て言っているわけじゃなくて、たとえば「変な鼻血をドバドバ出している子供がいる」とか言っていた人がいましたが、そんな子供なんかいないわけで、もしいるとしたら、鼻をほじりすぎとかそんな理由であることはまちがいないわけですが(会場笑)。

やはりそういう「怖い情報」が余所から入ってきすぎていて、福島県の皆さんの冷静な判断を損なっている状態が続いていて、そういうストレスを抱えた状態だとなかなか正確な情報の取捨選択が難しいということもあるんですね。とくに勉強しようという意識がある人ほどそういう傾向があって、勉強するというと、今時だとまずインターネットで検索しますよね。それでたとえば「福島県・放射能」なんて検索語で調べたら、今でもどえらい情報ばかり出てくると思いませんか?(会場笑) たとえば「福島はもう終わってる」というような話がパッと出てくるわけですね。

そういう話のほうがやはり目立ちますし、マスコミではやはりどちらかと言うと危機感を煽る意見を報道している率が多いんですね。全国紙もそうなんですが、新聞・テレビよりも週刊誌や雑誌みたいなものはとくに、センセーショナルな記事を書いて注目を浴びようとするところが少なからずあると思うんですね。先ほど触れた郡山市のアンケートの回答でも「そういう報道に怒りを覚えます」という意見が多々出ているんです。

ここで25日に郡山市のお母さん方からいただいたアンケート用紙を実際に見ていただきますが、「福島県で子供を育てる者として今現在の思いを自由にお書きください」と言って、「本当に何でもいいから書いてください」とお願いして書いてもらったものです。これも僕がただ「こういう意見がありました」と言っただけだと「捏造だろう」と言われるかもしれないので、実物を持ってきました(会場笑)。

そこで何本か意見を読み上げてみますが、たとえばこれはこの方だけじゃなくて去年からたくさん聞くんですが、「危険を煽るマスコミの方々に非常に怒りを覚えます。また、『福島の人たちは何も知らされていない』と言う県外の人にも腹が立ちます」というご意見で、たしかに「福島の人たちは、何も知らされていないから暢気に暮らしていられるんだ」というようなことを言っている人はよくいますよね。

それはもう福島県民はかなり勉強していますから、「なめんなよ」という話なんですよね(会場笑)。去年なんかは本当に、勉強しないとどうなるかわからない状況だったわけですから。放射線に対する意識の高さという意味では、当然福島県民がいちばん高いと思うんです。なかにはそうでもない人もいるかもしれませんが、総合的に割合を考えたら福島県民の意識は高いはずなんです。ですから、こういうふうに「福島の人たちは、何も知らされていないから暢気に暮らしているんだろう」と言う人たちには腹が立ちますね。

これは「郡山市から避難した人が、ネットを通じて『危険、危険』と騒ぐことにも腹が立ちました」というご意見なんですが、ネットではやはり匿名性があるからというのもありますが、「危険だ」と言う人のほうがどうしても目立ってしまうんですよね。でも「危険だ」と断言する人はけっこういるんですが「安全だ」と断言してくれる人は数が少ないですし、同じ断言するにしてもそちらのほうが叩かれる率が非常に高いです。

こんなことを言ったら失礼かもしれませんが、学者の先生なんかもマトモな方は「危険だ」なんて断言しないんですよ、ちゃんとした方は(会場笑)。ちゃんとしていない人ほど、「はい、危険!」とか…誰とは言いませんけど(会場笑)。そうなってくると、たとえばこれからお話する安東さんのエートスをはじめ、いろいろな方が取り組んでいる「住民主体で住民が考えて行動しよう」という活動でも、その住民が得られる情報のソースが「危険だ」と断言するような情報で溢れている状況ができてしまっているわけです。

「安全か危険か」という二元論でしか物を言わない人は、だいたい「危険だ」というほうにいってしまうもので、ちゃんと考えれば、たとえば「これこれこういうことで今の数値はこのくらいだから」という話になるはずなんです。たとえば、「チェルノブイリはこうだったから、今の現状から考えるとリスクはこれくらいなので、避難するリスクと天秤にかけたら、避難せずにここで暮らして大丈夫じゃないですか」みたいなマトモなことを言ってくださる方がいても、「結局どうなんですか、安全なんですか、安全じゃないんですか?」と聞かれると、振り出しに戻ってしまうんですね。ですから、これがなかなか伝わりにくいところなのかな、という気がするんですよね。

僕なんかは福島県に住んでて「大丈夫だろう」と考えて普通に暮らしていますから、去年からマスクもしないでウロウロしているのをみんなに目撃されています。僕としては、基本的に福島はそんなに危険ではないし、普通に暮らしていて害が生じるようなレベルではない、と思っています。ですから、安全寄りに考える人のなかでも、僕は「大丈夫です」と言い切ってしまう「マトモじゃない人」の立場でもいいのかな、と思って活動しています。

今はやはり、そういうふうに言う人も必要な状況になっているのかな、という気がするんですよね。「福島は危険だ」と断言している人があまりにも多すぎるので、それに対するカウンターがないと「自分たち主体で考えてください」と言われたら全員「じゃあ逃げます」となってしまうような状況になりつつあるんじゃないか、という危惧はあります。

福島県から避難することに関しても、僕は基本的に講演会などで話すときには決して「逃げないほうがいいですよ」とは言わないんです。それはもう、心配で心配でしょうがないくらいだったら、逃げられるのであれば逃げたほうがいいじゃないですか。ですから、「どうしても心配だったら、福島県から避難したほうがいいでしょうし、福島県産野菜を食べたくなかったら、食べなくていいと思いますよ」と言ってますし、実際そうすればいいと思います。

ただ、福島県産の野菜を食べる人や福島県に残っている人に対して、何か「福島県にいる奴はアホ」みたいな極論を言う人が多いんですね。それに乗せられて、今度は福島県から出て行った人と残った人の間で「福島県対決」みたいなわけのわからない状況ができていると思うんですよ。

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