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恋愛ではなく連帯……『凪のお暇』慎二とゴンの関係は、なぜ深堀りされたのか - 三宅 香帆

 恋愛ではなく連帯を描く物語、それが『凪のお暇』だ。

 一見、現在ドラマも放映され累計部数200万部も突破した人気漫画『凪のお暇』は、ひとりの「アラサー女性」の恋愛や生き方をめぐる物語に見える。主人公の凪は、会社での人付き合いや彼氏との付き合いに悩み、「お暇」つまり会社を辞め、無職期間を過ごす。そのなかで凪は自分のありかたや生き方に悩む。そして昔の自分を振り回していた、元彼の慎二、同僚、母親とも向き合っていく。――これが『凪のお暇』の主なストーリーになっている。


凪を演じる黒木華 ©時事通信社

 しかし凪が悩んでいるだけの話ではない。作中、凪は「お暇」を通してさまざまな人に出会う。アパートに住んでいる母娘、老女、同じく求職中の女性、とあるバーで働く女性たち。「お暇」がなかったら出会わなかったような、「ご近所さん」ともいえる人々たちと交流するのである。

 そしてアパートの隣には、とある男性が住んでいた。彼は作中「ゴン」と呼ばれ、「ゆるっとした空気」で人々を分け隔てなく包み込むキャラクターとして描かれる。ゴンと凪は、一度は恋愛関係になったが、その後「ご近所さん」に戻る……という過程が描かれているのである。

漫画にはなかったドラマのオリジナルエピソードの意味

 さて、ここで注目したいのが、漫画にはなかったドラマのオリジナルエピソードである。原作漫画では強調されなかった、凪の元彼・慎二と凪のご近所さん(凪の元彼でもある)ゴンの関係がドラマではより時間をとって描かれているのだ。

 慎二はある意味凪と同じく、空気を読みつつ生きるサラリーマンである。慎二は一見有能に見え、凪よりも「うまく」生きているように見える。しかしドラマでは、そんな慎二自身も自身の生きづらさに気づき、過呼吸になったり、会社を休んだりすることになる。

 強調したいのが、ここで会社を休むことになったきっかけが、凪ではなく、ゴンだということだ。

「性的な関係を含む恋愛」と「性的な関係を含まない連帯」

 普通に考えれば、「凪のお暇」の話なんだから、凪がきっかけで慎二は自分自身と向き合う休みを手に入れる……というストーリーにするのが穏当だろう。しかしこのドラマはそうしていない。慎二は、自分の彼女だった異性の凪ではなく、ともすれば恋敵ともいえる同性のゴンとの関係を形成する。1週間の夏休みをとった慎二は、その間ゴンの部屋にいることになるのである。

 さらに、ゴンは行きつけのバーで、凪についてこのような会話を交わす。

「まさか、凪ボーイのこと、2人でシェアでもするつもり?」 

「え?シェア?なるほど……。」 

(『凪のお暇』TBSドラマ第8話)

 少し解説をすると、アメリカのジェンダー研究者であるイヴ・セジウィックは「ホモソーシャルとは、女性を共有することで男同士の絆を強めている関係性だ」と述べたが、凪・慎二・ゴンの間にはそのような関係性が横たわる。つまり、人々のつながりにも「性的な関係を含む恋愛」と「性的な関係を含まない社会的な連帯」の両方があるということなのだが、『凪のお暇』は一見前者を描いているように見えて、実は後者を描いた物語ではないか……と指摘したい。

慎二とゴンの友情を描きたかったわけではない

 もちろんセジウィックの提示したホモソーシャルとは基本的に女性蔑視が背景にあるもので、『凪のお暇』において必ずしも当てはまるとは言えないが、どちらかというとセクシャルな関係ではなくソーシャルな関係……つまり、恋愛ではなく同性同士の心の触れ合いこそにドラマは焦点を当てたのである。

 もちろんこのような関係性が生まれたのは一瞬だけで、慎二とゴンは一週間の「夏休み」を解体するのだが、ドラマの脚本が原作漫画にない描写を足すにあたって、慎二とゴンの関係が足されたことは注目に値するだろう。

 しかし、ならば『凪のお暇』は慎二とゴンの友情を描きたかったのだろうか? そうではない。この物語が、異性愛規範に則った恋愛の関係ではなく、社会的なつながり、「お隣りさん」や「たまたま知り合った友人」こそが人をすくう、ことを描いた物語だったからだ。

 だからこそ、慎二にもゴンという「たまたま知り合った同性の友人」が救済人として現れる。『凪のお暇』は、恋愛ではなく連帯こそが自分をすくうものである、ということを繰り返し描く。むしろ恋愛が入り込むと「うまくいかない」状態になることを描く一面もある(慎二の会社の同僚である市川円や、会社時代の凪とゴンの関係性を見ても明らかである)。

私たちをすくうのは、連帯だ

 私たちをすくうのは、恋愛ではなく、連帯だ。そのエピソードを繰り返し描き、凪と慎二の成長を見守るのが『凪のお暇』という物語になっている。『凪のお暇』の漫画がそこを描いたからこそ、実写ドラマ版がエピソードを拡張する際に取り上げたのが「慎二とゴンのホモソーシャルな関係性」だったのだろう。

 最後に紹介したいのが、ドラマから原作漫画に戻って、『凪のお暇』の最新刊である6巻で登場する台詞である。凪がずっと苦手だった母親と向き合う場面で、こんな台詞がある。

「ずっとスニーカーで楽してたから 懐かしいよこのふくらはぎの緊張感 なんだか時が戻ったかのよう」

「こんなノリで昔の人達に会ったら かつての暗雲の思考に戻ってしまうのでは」

「と なりそうなところをおっ」

「みんなの顔を思い出して堪える!! いでよ執着心!! 勝つんだ!! 私は絶対今日のこの日を!!」

(『凪のお暇』(6)コナリミサト、株式会社秋田書店)

 苦手な母親を目の前にして、暗雲の思考……つまりは「お暇」以前に過ごしていた自分に戻ってしまいそうな時、凪はこう呟く。「みんなの顔を思い出して堪える」と。ここでいう「みんな」とは、「お暇」の間に出会った、アパートのお隣さんや旅先で出会ったバーの人々である。

『凪のお暇』が恋愛漫画だったとしたら、自分がピンチに陥ってる際に思い出すのは、恋の相手だった慎二やゴンかもしれない。しかし『凪のお暇』が連帯の物語だからこそ、ここで凪が真っ先に思い出すのは、自分を応援してくれている、社会的につながりのある人々なのである。

 これからのアラサー女性に必要なのは、恋愛ではなく連帯だ……と『凪のお暇』が言っているかどうかは分からないが、それでも、2019年になってこのような物語が人気になるのは、潜在的に「そうであったらいいな」という願望がどこか私たち視聴者・読者にあるからだろう。『凪のお暇』実写ドラマそして原作漫画の結末も、どのような方向性へひらいてゆくのか。

(三宅 香帆)

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