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即位の礼での思い出

 18日、安倍首相を委員長とする式典委員会で、ご即位に伴う儀式のあり方について細目などを決定した。即位を内外に宣言される「即位の礼正殿の儀」は10月22日午後1時から行われる。

 年月の流れは本当に速く、平成の代替わりの即位の礼の時、私は郵政大臣として参列したが、あれから30年が流れている。

 1988年、中曽根康弘先生とヨーロッパを回っていたが、ロンドンで昭和天皇が喀血されたと知らされ急遽帰国した。翌年1月崩御されたが、1年間あまり喪に服し、それから即位の礼となった。あの1年間は日本全体が暗く、自粛ムードであったが、今回は生前譲位、明るく楽しくその時を迎えられる。

 今回の即位は伝統を重視し、昭和以前の形式を復活させることになった。前回は参列者が、廊下を経由して松の間に入られる天皇ご夫妻を、仮設ステージから直接目視できるようになっていたが、今回は仮設ステージを設けず、代わりに30台のモニターを設置するという。又、ご高齢の皇族方の負担を軽くするため、古式装束だけでなく燕尾服、ロングドレスの着用も認めることになった。時代の移り変わりを感じる。

 天皇陛下が玉座の「高御座・たかみくら」に昇られた後、皇后様が「御帳台・みちょうだい」に昇られ、天皇が即位を宣言される。その後首相がお祝いの「寿詞・よごと」を述べて万歳三唱を行う。あの時は海部俊樹首相が音頭をとり、私は大臣として燕尾服姿で唱和したものであった。

 平成2年の折の海外からの参列者は160の国と機関だったが、今回は190以上の国や国際機関の代表の来日が予想されると報告にあった。

 大臣は分担して空港などに迎えに行ったが、改めて天皇陛下の偉大さ、ご存在の大きさに感銘を受けたものである。

 最近、仁徳天皇陵古墳などを含む百舌鳥・古市古墳群がユネスコ機関のイコモスによって世界遺産に登録されようとしている。

 仁徳天皇陵古墳こそ神話に出てくる「民のかまど」の舞台である。宮殿の高殿に上った天皇は、民家から煙があがってないことから、国民が飢饉等で苦しんでいる事を知り、7年も税金を取らなかった。そのため宮殿もぼろぼろになり崩れたが、やがて老人から子どもまでが修復のために駆けつけたという。

 天皇は祭祀王といわれ、ひたすら国家国民の安寧と幸福を祈り続けてこられた。国民の事を「大御宝・おおみたから」と呼び、国民は国と宝と神代の時代から伝わっているのだ。日本は素晴らしい国だ。こうした日本の歴史と伝統を、この機会に多くの方に振り返って欲しいと念じている。

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