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『右脳思考』早大ビジネススクール内田和成教授の原点、名門・筑駒の教え - 鈴木隆祐 (ジャーナリスト)

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卒業生の東大合格者率約50%という脅威の数字を誇る、筑波大附属駒場中学高校(以下、筑駒)。東京教育大が筑波大に転ずるまで、同大学に属し、「教駒」と略称されていた。一方、大塚(駅でいうと茗荷谷か護国寺)の筑波大附属(筑附)は「教附」と呼ばれた。そう顧みてやっと、東教大と筑波大のつながりを意識するくらい、両校は今や別の学校である。移転紛争の結果、文学部教員のほとんどが筑波大に採用されないなど、東教大の継承性については、いろいろ意見の分かれるところだ。

筑波大学附属駒場中学・高校

もっとも、筑駒は1947年、当時の東京農業教育専門学校附属中学校として創立した、いわば東教大農学部直系の学校。伝統の行事や授業は当時のままだ。中1・高1生が主に取り組む、育苗に始まる水田学習を年間通じて実施している。

内田和成・早稲田大学ビジネススクール教授。

1967年、教駒時代の同校に高校から入学した、早稲田大学ビジネススクール教授の内田和成さんも当然、この泥まみれの通過儀礼を経験している。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の日本代表も務め、2006年には米“Consulting Magazine”誌の「世界の有力コンサルタント25人」に選出された内田さん。著書『仮説思考』や『右脳思考』の原点は、筑駒の教師が与えたくれた人格形成の場で身についたものであった。

「僕は都心の育ちで、駅でいうと四ツ谷や市ヶ谷辺りが地元なんです。そこで地元の小学校(千代田区立)から麹町中学に進み、(都立)日比谷高校に行くつもりだった。成績も上位だったし、周りもみんなそうするという環境なので。ところが、急に学校群制度が導入された。日比谷高校以外の高校に行かされるかもしれないというんだ。成績順に3校に分けていくという制度が誕生しましたからね。そこで担任が『国立を受けろ』って、薦めたのが教駒でした。

日比谷志望から、泣く泣く駒場へ

くじのような倍率なのに、たまたま受かっちゃったんだけど、都立に行きたいのを泣く泣く諦めたわけです。そういえば、当時の教駒は、都立入試日にわざわざ合格者の呼び出しをし、囲い込むようなことをしてましたね。就活の内定決定者にするように(笑)。

思えば、高2の時に安田講堂事件が起き、その年の東大入試が中止になって、先輩方の進路も左右した。しかし、僕らの代は東大入試が復活して、ギリギリで助かっているんですよ」

高校に入るまでの内田少年は、ラジオ工作に夢中な、今でいうオタク。秋葉原に行っては部品を求め、アマチュア無線(ハム)も齧り出していた。東大で電子工学を学ぶ動機にもなったが、教駒内ではその道には進まなかったという。その代わり、ともすれば内向きな自分の目を開く、多士済々に出会した。

「基本的に自由で、生徒の自主性を重んずる学校。素地が優秀なヤツらが集まり、芝居や学生運動に熱中するのもいれば、麻雀に耽って、ひたすらサボるのもいれば、夜には酒を飲むやつも多かった。それも放任ではなくて、大変なことはすまいという、暗黙の契約に基づいて、みんなが活動しているところはありました。僕自身、悪戯も少しはしたし、授業もエスケープした。でも、お釈迦様の掌の上で踊っていた感じですね。先生たちも大人扱いをしてくれていた。

寛容な時代だった? そうですねぇ。集団で授業をエスケープなんかしようもんなら、親も今では文句も言うでしょう。僕も大学で教えるようになり、実際、教師の立場となれば、当時に喩えると、誰が早弁しているとかなんてすぐわかるんです。見逃してくれたんですよ(笑)。

そして、先生たちは上手いことガイドしてくれていた。教育大学の附属だったからかどうか、人と同じことはやらない、というか、やれない生徒のユニークさをよく理解してくれていた。思えばずいぶん甘えていて、カチンとすることもやっていたはずですけどね」

内田さんが続けてきたコンサルティングとは、相手あっての仕事だ。人にはそれぞれ特性があり、企業でも同じことがいえる。そうした特徴をつかんだ上で、はじめてクライアントに的確なアドバイスができる。A社で成功した手法が、B社に効果があるともわからないのだ。教員が学年・クラスと生徒の特性を見て、個別の指導をするのと似ている。

「教駒で学んだことは、教科がどうこうより、まずそこですね。その後の人生にすごく役に立った。授業自体も自由で、大学の講義みたいにやる先生もいる。後輩の教育評論家の本間正人さんも書いていたけど、『俺たちが偉いんだ』と思わせるほど、授業にも全力投球していた。

同級生には東大経済学部教授で政府の経済財政諮問会議メンバーになった吉川洋とか、やはり東大教授で日銀の政策委員会審議委員だった植田和男など、僕なんか比較にならないほど優秀なのが揃っていて、頭のよさではとても勝負できないと思った。一方で、世間における自分の立ち位置がどうなっているかを知ることができた。要するに、学校が優秀な生徒の育て方を知っていたんですね」

部活も生徒が自主的に行い、顧問も滅多に来ない。内田さんはサッカーをやりたかったが、入学当初に身体を壊したために写真部に入った。何が撮りたいかというより、そこは秋葉原通いもしていただけあって、カメラをいじったり、「現像とか焼き付けという作業」自体が楽しかったという。

「男子校で女子生徒をモデルにもできないしね(笑)。教駒には尺八部があって、お隣の都立駒場高校の箏曲部の女生徒と合奏しているのが、妙に羨ましく見えましたっけ。また敷地を接していた駒場東邦(駒東)とは、境界の壁に穴が空いていて、お互い出入り自由でした。別に交流はないんだけど、勝手にあちらを探検したもんです」

駒東にはある制服が、教駒にはない(正確に言うと教駒にも制服はあったが、誰も着ていなかった)。双方でバレバレな気がするが、特にお咎めもなかったとか。本当に寛容な時代だったようだ。

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