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賛否両論の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 タランティーノがあえて描かなかった“惨状”とは? むかし、むかし、ハリウッドは……崖っぷちだった! - 平田 裕介

 クエンティン・タランティーノが1969年のハリウッドを舞台に放った『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。バート・レイノルズと彼の専属スタント(後に監督となった)だったハル・ニーダムらをモデルにした、落ち目のスター俳優リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)とクリフ・ブース(ブラッド・ピット)が、チャールズ・マンソン率いるカルト集団に惨殺された女優シャロン・テート(マーゴット・ロビー)と絡むような絡まないような物語である。

【写真】マーゴット・ロビーの忘れられない脚線美

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映画マニアでLA在住だったタランティーノ 知らないわけがない

 映画史という現実と映画という虚構を巧みにクロスオーバーさせた語り口はもちろん、台詞が出てこない不甲斐なさに憤怒して自分の顔面を引っ叩きまくり、落ち目を指摘されて白昼のハリウッドで鼻水も垂らさんばかりに泣く、ディカプリオの“レオ様のかけらもない”熱演にも魅せられっぱなしの161分だった。タランティーノ最高傑作の呼び声が高いのも納得だが、プンスカしている映画ファンもわずかながら存在する。彼らの言い分はこんなところ。

「古き良きハリウッドを描いた作品として売り出しているけど当時はそんなことなかったはずだし、そのあたりにタランティーノはきちんと触れていない」とのこと。

 その指摘はたしかに正しいかも。むかし、むかし、ハリウッドは崖っぷちだったのだ。でも、映画マニアで当時LAに住んでいたタランティーノが、その史実を知らないわけがない。あえて、それを詳細に描かなかったのである。彼が描かなかったハリウッドの惨状とあえて省いた理由に迫りたい。

20年の間に、大手映画会社が次々と買収されていった

 ハリウッドの黄金期とされているのは1920~1940年代。1960年代はパラマウント、ユニバーサル、20世紀フォックス、コロンビア、ワーナー・ブラザースといった大手映画会社のほとんどが青色吐息を吐きまくり。パラマウントはガルフ・ウエスタンに、ユニバーサルはMCAに買収され、ワーナー・ブラザースは下請け製作会社だったセブン・アーツと合併したうえにレンタカー&駐車場チェーン(!)に買われるまでに至っていた。

 なんだって20年間でそんなふうに変わってしまったのか?

ウハウハから一転した「パラマウント・ケース」という訴訟

 すべてのはじまりはパラマウント・ケースという訴訟。1940年代までの大手映画会社は、製作、配給、上映をすべて自分たちで行っていた。製作した作品をグループで経営する劇場に配給して上映するわけだが、非傘下の劇場に作品を回さないなどの問題が起きたことから米司法省が業界の寡占だとしてパラマウント以下5社を訴えた。結果、1948年に大手各社は劇場との分離を強いられ、製作しかできなくなる。作った作品を片っ端から上映して儲けていたウハウハから一転、上映する作品を劇場に選んでいただこうとビクビクするように。そうなるとヒットを狙った大作に予算も人員も集中するので、低予算のB級映画を撮るなんて余裕なんぞナシ。しかも、コケたら大損。そこへ追い打ちをかけたのがテレビの普及だった。

 遠くの映画館よりも居間のテレビというわけで、映画館への入場者数は激減。当然のごとく映画界の人材はテレビへ流出、スターもテレビから生まれるように。いまや名優で名匠のクリント・イーストウッドやバート・レイノルズもテレビから本格的なキャリアをスタート。『ワンス~』のリックも架空の50年代テレビ西部劇『賞金稼ぎの掟』でブレイクした設定になっている。

お家芸だったハリウッド西部劇はイタリアのものに

 とはいえ、テレビで人気を掴んで映画界に躍り出たからといってもそれを維持するのは難しい。しかし、落ち目のスターの受け皿であったB級映画を大手は作らないので、テレビに出て凌ぐしかない。落ち目のリックもゲスト扱いでテレビに呼ばれるが、悪役をやらされて新進俳優にやっつけられる。そんな彼が飛びつくのが、イタリア製西部劇“マカロニ・ウエスタン”からの出演オファーだった。一緒に観に行った筆者のワイフが「えぁ?! イタリアで西部劇なんか作ってたの?」と驚いていたが、60年代~70年代初頭のハリウッドはお家芸だったはずの西部劇がイタリアに奪われていた。

 このブームを作ったのは、これまたクリント・イーストウッドの『荒野の用心棒』(64年)。服はヨレヨレで清廉潔白からは程遠い主人公、暴力性を徹底的に打ち出したアクションなど、ハリウッドで作られていた正統派西部劇を真っ向から拒否したかのようなテイストが新鮮だと受けて世界各国でヒットしてイーストウッドも大スターに。これに続けとドカドカと作られ、ユル・ブリンナー、ジャック・パランス、ヘンリー・フォンダ、ジェームズ・コバーン、チャールズ・ブロンソンといったハリウッド俳優が出演した。

 リックのモデル、バート・レイノルズはセルジオ・コルブッチ監督の『さすらいのガンマン』(66年)でマカロニ・ウエスタンに出演。リックも劇中で『ネブラスカ・ジム』という架空作の撮影でイタリアに渡るが、その監督としてセルジオ・コルブッチの名が出てくる。

ハリウッドの世代交代を迫るアメリカン・ニューシネマ

 それでもハリウッドは映画の都なだけに、新しい風が吹かないということもなかった。その最たるものが“アメリカン・ニューシネマ”。大恐慌時代に暴れ回った実在の強盗カップル“ボニー&クライド”を描いた『俺たちに明日はない』(67年)、西部開拓時代に名を馳せた無法者コンビ“ブッチ&サンダンス”を主人公にした『明日に向って撃て!』(69年)、ピーター・フォンダとデニス・ホッパーがハーレー・ダビッドソンで米南部を突っ走る『イージー・ライダー』(69年)が代表作で、主人公が悲劇的な最期を迎えるといったヒーロー不在の殺伐としたリアリズムに溢れた作品群は、マカロニ・ウエスタン同様に“清く正しく、明るく楽しい”といった従来のハリウッド映画に反旗を翻すものだった。

 この動きを『ワンス~』では大きくフィーチャーしていないが、“旧世代”のハリウッドで輝いていたリックがそうしたカウンター・カルチャーの象徴でもあったヒッピーを見かけるや「デニス・ホッパーめ!」と罵る姿、彼とブラッド・ピット演じる親友のスタントマンの息の合ったコンビぶりと佇まいに、なにかと二人組が主人公であることの多かった同ジャンルが反映されてはいる。

「僕にとって今作は自分の思い出を詰め込んだもの」

 といった具合に1969年のハリウッドを取り巻く環境はシビアだったはずだが、たしかにタランティーノはその様相を克明に描いてはいない。かといって“古き良き”も前面に押し出していない。

 インタビューでも「僕にとって今作は自分の思い出を詰め込んだもの」(「週刊文春」2019年9月5日号)と語っているが、「この映画がノスタルジックかといえば言えるかもしれないけど、その感じが僕自身のものかといえば、決してそうは思わないね。1969年には僕はまだ6歳で、あの時代の人間とは思っていないから。(中略)僕はあくまで今の自分の視点で、あの時代に戻り、世界を描いてみただけなんだよ」(「キネマ旬報」2019年9月上旬号)とも発言している。あくまで彼が再現しようとしたのは、1969年に6歳だった自分が目にしたハリウッドの風景なのだ。

 さすがにタランティーノといえどもまだ子供。眺めているハリウッドが瀕死とは、わかるはずもなかったろう。そしてハリウッドとその歴史を知り尽くし、愛している現在の彼だからこそ、せめて自分の作品からはそれらを消し去ろうとしたのかもしれない。

 劇中のハリウッドは多くの人と車が行き交い、新作の巨大看板が掲げられ、なんとか落ち目から抜け出そうと奮闘するリックという俳優の姿がある。そして、劇場には少なくなったといえども映画を観ようとする観客が集まる。これは実際に彼が目にした現実であり、こうあってほしいという虚構でもあるのだろう。

映画の不変のパワーに泣かされた

 LAのウエストウッドにある劇場で、シャロン・テートが1968年に出演した『サイレンサー第4弾/破壊部隊』を観るシーン。場内は客が多いとは言えないが、スクリーンのシャロンがおどけるさまに笑い、戦うさまに歓喜の声を挙げ、その様子に彼女は満面の笑みを浮かべる。そんな観客が一体となって映画を楽しむ姿にこちらも目頭が熱くなる。

 この時期はベトナム戦争の泥沼化もあってハリウッドのみならずアメリカ全土が混沌としていたはずだが、劇場は映画という夢を見せてくれていた。どの時代、どの場所でも、それは変わらないと思えるし、劇場で映画を観たことがある者ならば、同じような一瞬を体験した覚えがあるはずだ。この映画の不変のパワーみたいなものは、現実というか真実というか真理。

 少なくとも自分はそこに射抜かれたし、大いに泣かされた。というわけで、タランティーノの最高傑作であることに異存ありません!

(平田 裕介)

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