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香港デモ「中国」武力鎮圧「これだけの可能性」 - 野口東秀

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「思想」を受け継ぐ習近平

 香港の林鄭月娥行政長官が「逃亡犯条例」改正案の撤回を表明したのが9月4日。その前日、習近平総書記(中国国家主席)は幹部教育機関の中央党学校で演説し、香港問題などを指摘した上で、中国共産党の指導を守るため闘争能力を高めて全力で闘わなくてはならないと強調している。

 中国共産党は香港問題で、背後には「黒手」(米国による陰謀)がいると表明してきた。8月15日の共産党機関紙『人民日報」の1面論評は、その思想の代表作だろう。香港問題には「内外の敵」が存在しており、弱腰の対処でこれを放置すれば党の内部分裂を誘発し、社会が不安定化する、というのである。

 習近平政権はこれまで、全国で「反腐敗闘争」を展開することで反対派をパージし、軍を含めた党内を恐怖で押さえ込んできた。忠誠心のある友人や同窓、赴任した出身地での人脈で政権を固め、自らを「核心」と位置づけることに成功した。「習近平の新時代思想」を党規約に盛り込み、憲法改正で国家主席の任期制限も撤廃した。

 最近は「人民の領袖は人民を愛す」(『人民日報』8月25日付1面トップ)で示されたように、再び自らを「人民の領袖」と位置づけるキャンペーンが行われている。過去、「人民の領袖」と呼ばれたのは、建国の父・毛沢東(「偉大な領袖」とも呼ばれた)だけだ。『人民日報』の報道は、元老や指導者層が集まる夏の「北戴河」会議の後であり、会議で一定レベルの「同意」を経たのであろう。

 習近平政権に対し、「新しい形態の個人崇拝だ」(米国の華字メディアでの評論)と批判する勢力は、党内外に存在する。彼らは習近平政権による監視・摘発、画一的な言論統制を批判し、面従腹背で抵抗したりしている。政権は米中対立で「愛国心」に訴え、「団結」「持久戦」を訴えているが、「人工知能の時代にそぐわないスローガンと忠誠を求められることにはうんざり」(北京市の一般人)といった不満が、経済的要因でいつ何時爆発するかわからないのが現状ともいえる。

 簡単にいえば、天安門事件当時の指導者層は、事件後もブルジョア的自由化の思想を根絶できず思想の闘いが続くと考えていたわけだが、それが今の習近平政権の思想・方針につながり、受け継がれているということなのだ。

「リスク」より「教訓」

 今後、武装警察部隊にせよ、軍部隊にせよ、「武装力量」を香港に展開するかどうかは、香港の状況が収拾できない事態がどこまで続くのかによる。

 指導者が明確でない香港のデモの規模がどの程度となるのか、それが持続されるのか、デモ隊の中の過激分子が再び破壊行動を行うのか、それは散発的な動きか否か、死者は出るのか、爆破事件(誰が起こしたかは問わない)は発生するのか、公共機関に対する破壊行為の動向はどうなのか、といった点がポイントとなる。

 習近平総書記にとって、「逃亡犯条例」改正案の撤回という「(党中央にとって)最大の誠意」(党中央政法委員会)をみせたにもかかわらず、香港情勢の悪化や反政府行動の長期化は、武装力量の介入の正当な理由、口実となる。

 ただそこには当然、天安門事件での弾圧後に起きたような、中国を取り巻く国際関係の悪化、外資の脱出、制裁、香港の金融市場としての地位低下など、さまざまな政治・経済的リスクがある。

『人民日報』傘下の国際情報紙『環球時報』でさえ、こうしたリスクや、部隊展開によるデモ隊らとの物理的衝突がかえって政治的統制を取り戻すことを困難にする、との懸念を踏まえて反対の立場をみせている。

 しかし、複数の中国筋は、「香港か経済か? どちらかの選択ならば当然、香港だ」「武装警察部隊の大量配備で火器を使用しない形で、デモやテロ分子を死者を出さずに抑え込むことは能力的に可能だ」と指摘する。

 彼らの指摘を抜粋するとこうだ。

「テロ事件が起こるかもしれない。爆破事件や中国共産党中央に対する攻撃とみなす事件などだ。政権の統治能力が内外で疑われる事態と判断され、武警を投入するだろう」

「(天安門事件当時と異なるのは)1つは中国市場を世界は捨てられないということ。(武装力量が介入しても)火器による制圧でなければ、外国はどこまでの対中制裁ができるのか? 米国の秩序が揺らぐ中で中国は台頭していく。この流れは変わらない。日本や欧州の企業マインドは一時的に揺らいでも、中国市場に帰ってくる。米国企業も同じだ」

「武装警察部隊を香港に展開したとして、日本はどこまで実質的な対中制裁ができるのか、逆に問いたい。中国は米国からの圧力を動力に変える能力がある。経済的な中国の力量、技術レベルの向上、軍事的力量をあなたはよくわかっているはずだ。改めて指摘する必要はないだろう。世界の国々が、米国がどこまで頼れる存在なのか皆、わかってきただろう。香港経済界も世界各国もどこまで中国経済と離れることができるというのか」

「米国との対立も、大統領選を前に早期に成果を示したいのは選挙を抱えるトランプ(米大統領)の方だ。中国も大きな影響を受け、米経済もダメージを受けている。しかし長期戦となればこちらに有利。香港に(部隊が)介入してもこれは完全な『内政問題』である」

 こうした指摘からうかがえるのは、香港の不安定をコントロールできないという、習近平政権に対する批判の高まりや権威低下の事態を避けることの方が、国際関係の政治的、経済的リスク、損失よりも重視されているということである。習近平総書記自身、かつてのソ連崩壊、ミハイル・ゴルバチョフ書記長(当時)のように政治的締め付けを緩めたことで結果がどうなったかという“教訓”を、胸に刻んでいるはずだ。

デモ隊は「水の如く」で再発も

 習近平政権は、香港のデモ隊が要求する「5大要求」の残り4点――「デモを『暴動』とする見解の撤回」「警察の暴力的制圧に関する責任追及と独立調査委員会の設置」「デモ参加者の逮捕・起訴の終止」「民主的選挙の実現」について、一部それなりの譲歩(アメ)をするかもしれない。香港に指示を与えるかのような動きをみせる国家副主席の王岐山、副首相の韓正の動向が注目される。

“アメ”を与える一方で習近平政権は、部隊介入の前にコストをかけない手法を強化したり、新たな手法を模索することで沈静化を試みるようだ。

 まず、香港市民の「厭戦感情」を広げる情報工作を行うことが考えられよう。具体的には、香港警察による「力による抑え込み」と「過激分子への処罰」の継続、「デモの非合法化の継続」、香港経済界、行政・司法機関、大学など教育機関などに対する「警告、締め付け」を強化することなどが挙げられる。

 また、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の「監視・統制」、「情報操作」、香港に配置している数万人とも推定される情報・治安工作要員による「反政府分子、過激分子の拘束」だ。

 一般のデモ参加者と過激分子を区別し、過激分子に「厳罰」を与える一方で、一般参加者には所属する機関・団体に対しデモ参加を容認した場合の「ペナルティ」を明確にするなどの動きも強化するだろう。

 北京が考えているのは、こうした「政治的努力」(中国筋の表現)を経てもデモや過激行為が長引いた場合の、部隊投入のタイミングとその装備の見極め、展開の手法である。

 しかし中国筋が指摘するように、コストをかけて武装警察を大量展開させ、力で抑え込んでデモや過激行為が静まっても、部隊展開はいつまで続けることになるのだろうか。部隊が撤退した時点で、恐らく再び反政府行動が起きるだろう。

 それは、デモ隊が「水の如くとなれ」という表現で運動の方針を示していることからも考えられる。SNSではその意味を、「雫」のように集まり、「水」のように散らばり、「氷」のように強く対処し、「霧」のように散れ――と説明しており、明確なリーダーのいない形態での運動は、いつでも拡散する。香港警察の力だけでは抑え込めないことは明白である。SNSの閉鎖、妨害なくして警察力だけでは難しいだろう。

「国際金融都市」としての地位が下がった上、再び反政府運動が起こり、仮にそれが本土に波及(いわゆる「カラー革命の中国版」)すれば、それは習近平政権の香港政策の失敗が別の形で露呈し、その権威が失墜することになる。大失敗との烙印を内外から押されることにもなりかねない。

 部隊投入という強硬策のハードルは低いと考えている中国筋だが、その点についての答えだけはさほど明確に見通せていない。(敬称略)

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