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「体を売って稼いでこい」兄の暴力に絶望した私は、復讐のために自殺を決意した いま辛い環境に置かれているあなたに伝えたいこと - 吉川 ばんび

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「殺すか、死ぬか。それとも、殺して、そのあと自分も死ぬか」

 すさまじい憎悪は、人間をいとも簡単に狂わせることができます。かつて狂人と化しつつあった自分は、10代から20代前半にかけて、殺意と自殺願望にとり憑かれたような心持ちで日々を送っていました。

怒鳴りながら私や母を殴る

 物心つく頃にはすでに、私が生まれ育った家庭は正常に機能していなかったように思います。兄が毎日のように暴れまわるせいで壁は穴だらけ、部屋のドアは蹴破られ、床にはありえないほど物が散乱していて、我が家はとても人を呼べるような環境ではありませんでした。

©iStock.com

 ドアが破壊されたのは私と母が共用で使っていた6畳ほどの部屋で、廊下との仕切りがないために、常に兄から行動を監視されていて、思春期以降は、着替えすら落ち着いてできないのが苦痛でした。

 兄は気に入らないことや不安なことがあると、怒鳴りながら私や母を殴ったり、物を投げたりしました。身体中にあざが残るのはよくあることで、ときには顔が血まみれになったこともあります。女である私が兄に力で敵うわけもなく、私たちはほとんど抵抗せず、兄の怒りが収まるのを待つことしかできませんでした。

金が底をつくと私に「学校で誰かの財布を盗んでこい」

 私は自分が殴られるより、母が殴られるのを見る方が嫌でした。母も同じく、私が殴られるのを一番嫌がりましたが、兄はそれを知っていたので、私に言うことを聞かせたいときは母を、母に言うことを聞かせたいときは私を殴りました。互いを人質に取ることで、兄は自分の要求をスムーズに通していたのです。

 中学2年生くらいから不良たちとつるむようになった兄は、学校へもろくに行かず、夜な夜な遊びに出かけるようになりました。遊ぶ金ほしさに母から金を巻き上げ、金が底をつくと私に「学校で誰かの財布を盗んでくるか、体を売って稼いでこい」と罵声を浴びせて、暴れたり殴ったりするのを繰り返すのでした。

 当時、私たちを助けてくれる人はいませんでした。そもそも、母から家庭内暴力を「恥ずかしいことだから誰にも言っちゃいけないよ」と言われていたため、SOSを出すことさえできなかったのです。もしもこのとき、誰かに助けを求められていれば、私の未来は少しでも変わったのかもしれません。しかし、子どもにとって「家庭」や「学校」は日常のほとんどを占める場所である以上、まるで「そこからは絶対に逃げられない」かのように錯覚してしまうのです。実はそんなはずもないのに、今自分が置かれている環境が世界のすべてだと感じて、居場所を守るために激しく執着したり、とてつもない絶望感を持ってしまうのです。

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