- 2019年09月06日 17:15
天職をみつけた「紛争地の看護師」が挑む究極の「対症療法」 - 高井浩章
2/2「世間に見放されている国」
多くの日本人にとって、紛争地の人道危機はどこか縁遠い世界の出来事のように感じられる。それでも、シリアやイラクの情勢は、地政学的な重要性や認知度の高さから、ニュースを目にする機会は少なくない。
そうした中東地域の主要国と対照的に、見捨てられたような状態にあるのが、イエメンだ。サウジアラビアなどスンニ派勢力が後押しする暫定政府とシーア派の盟主イランを後ろ盾とするフーシ派のほか、過激な武装勢力が入り乱れ、解決の糸口すら見えない泥沼の内戦がもう4年も続いている。

(C)MSF
「イエメンがシリアより不幸なのは、同じくらいの人道危機が起きているのに、注目が集まっていない、つまりは援助も集まっていないということです。『国境なき医師団』の活動資金の順位はここ何年かで急上昇していて、シリアよりずっと上になっているのに。医師団からは何チームも派遣され、日本人も何人も送られています。
多くのイエメンの人々は貧しく、隣国に逃げる手段もありません。負傷した患者たちは、栄養失調を伴って運ばれてきます。まずは栄養失調をどうにかしないと傷も治らない。感染症も伴っている。今は収まっているが、一時はコレラも蔓延してしまいました」
白川氏は過去に4度、2015年の内戦勃発後だけで3度もイエメン入りしている。
2015年10月の派遣時には、他のチームが活動する最も前線に近い病院が空爆を受けた。幸い、死傷者は出なかったものの、わずか3週間前にもアフガニスタンでMSFの拠点が空爆されたばかりでもあり、白川氏にも日本のテレビ局から生中継の取材依頼が入った。
中継の前、チームリーダーのリカルド氏から「イエメンの惨状のすべてを日本中に伝えろ」「イエメンほど世間に見放されている国はない」と鼓舞された白川氏は、著書でこう振り返っている。
〈リカルドの言う通り、イエメンでは医療だけでなく、市民の生活を支える援助も絶対的に足りない。多くの援助機関が入ってくれなくては、せっかく医療支援をしていても、避難民たちに行き届かない。
私はリカルドのアドバイス通りのコメントをはっきりと伝えたが、どこまで海の向こうの視聴者に伝わっただろうか。
多くの人々が医療を求めているのに、一つの空爆が希望の灯を簡単に消してしまう。病院や医療者に攻撃を加えることはどんな理由であろうと、許してはならない。それでも世界はそれを繰り返している〉(『紛争地の看護師』第六章 現場復帰と失恋とp208~209)
イエメンに限らず、中東・アフリカの内戦には、当事者だけでなく、影響力拡大を狙う大国や周辺国の思惑と公式・非公式の介入が絡み合う。冷戦終結後に進んだ国際協調主義による紛争解決のメカニズムは、「米国第一」を掲げるトランプ政権の誕生がダメ押しとなり、今や機能不全に陥っている。
抑止力が失われる一方、欧米先進国やロシアの兵器産業が独裁者や強権的政府、武装勢力を「得意先」として紛争の火種を大きくするという、古くて新しい問題は深刻さを増している。
「患者さんの傷口からは色んなものが発見されます。ミサイルの破片には外国の文字とロットナンバーが入っていました。この国で作っているわけがない。戦争によるビジネスがある。銃を、武器を売りたい人がいる。使わせたい人がいる。戦争を起こさなければ、と思う人がいる。単純に『戦争は止めなくちゃいけない』と平和を訴えるだけでは太刀打ちできないようなシステムがあることがわかります。
それは強固なシステムかもしれないけれど、我々は戦争があって当たり前だという世界にはしたくありません。普通に生活をして、紛争に加担もしていなければ、領土的な野心もない人たちが血を流しているのを見ている以上、私は紛争地について多くの人に伝えなくてはいけないと決意しました」
「銃は絶対にとっちゃいけない」
現在、白川氏はMSFでリクルートを担当しつつ、講演やメディア出演などで情報発信を続けている。特に若い世代に向けた「戦争という道は絶対に選んではいけない」とのメッセージは、多くの子どもや若者の悲劇や、紛争地ですら希望を失わない人々の姿を実際に見てきた者にしか語れない力がある。
「紛争地では、子どもたちが学校に行けなくなるところから危機が始まっていました。学校が避難民のたまり場になり、多くの人が集まれば攻撃対象にもなる。そうすると、子どもたちは、学校に行きたいと泣くんです。『国境なき医師団』の活動を手伝ってくれる若者たちも、学校に行きたい、大学に戻りたい、と話してくれます。ですが、そうした若者たちが一瞬にして銃をもってしまう姿も見てきました。
戦争というのは本当に良くない、銃というものは絶対にとっちゃいけないものなんだよ、ということを伝えていきたいのです。もし世の中がそんな流れになったときには、洗脳されてしまうのではなく、この流れはおかしいと判断ができる人になってほしい。私はそこにアプローチできるのかな、と思っています。平和の価値を知ってほしい。私も紛争地に行ってみて、勉強ができるってそんなに奇跡的なことなんだと気づきました。それを伝えたい。空爆や戦争の心配がなく勉強ができるという環境の価値をとにかく味わって、たのしんで、謳歌してほしいと思っています」
「聖女」ではない等身大の人間

「今日はこのまま直帰なんですよ! どこに遊びに行こうかな」
猛暑日だった8月某日、取材後にランチをご一緒した白川さんは、料理に舌鼓を打ちつつ、嬉しそうな笑顔を浮かべた。歴戦の勇士とも言えるキャリアと、ふわりとした人柄とのギャップは、実際に会った人に意外な印象を与えるだろう。「紛争地の看護師」として修羅場をくぐった後でも、「制服が地元で1番かわいかった」という理由で高校を選んだような、「どこにでもいる普通の女性」の一面を持ち続けているのが分かる。
キャリアと「普通の人」という印象のギャップは、私にある人物を思い起こさせた。
5年ほど前にインタビューした、アウシュビッツの日本人ガイド、中谷剛さんだ。
「アウシュビッツのガイドだけで食べていける」という中谷さんは、「ビジネス通訳の仕事を意識的に続けている」と話してくれた。知人に、「現実の世界との接点を持ち続けないと、正義の騎士みたいな言葉だけ吐くようになる。それでは聴衆に言葉が届かなくなってしまう」と助言されたのを守っているのだという。
人道支援や国際貢献で活躍すると、聖人君子に祭り上げられるのが世の常だ。中谷さんは、世間から遊離してしまわないよう用心している、バランス感覚に優れた方だった。
そんなことを考えていたら、インタビューの数日後、白川さんのツイッターにこんな言葉が流れてきた。
〈「(略)白川さんはこうあるべきです、こういう人でなくてはいけません、こういう発言は避けてく下さい」と指示をする人が出現してきました。勝手な当て嵌め、押し付けをされてる訳ですが私は世間の操り人形ではない一人の人間ですのでよろしくお願いします〉
確かに白川さんの人道支援のプロとしてのキャリアは、稀有なものであり、その自己犠牲の貴さは人を感動させ、圧倒する。
だが、だからといって本人を聖母マリアやマザー・テレサのように神格化するのは、大きな間違いだろう。むしろ、「聖女」ではない我々と同じような等身大の人間が、天職に出会い、子どものころからの夢をかなえ、これだけのことをやってみせたことの方が壮挙だろうと私は思う。
白川優子『紛争地の看護師』 小学館/1512円
私はインタビューで繰り返し、出口が見えない「究極の対症療法」を宿命づけられている「国境なき医師団」の重要性とそれに携わる者の覚悟について尋ねた。白川さんの答えは「2つの軸」に要約できる。1つは看護師として「私はまず看護師なんです。だからどこへでも行ける」という職業観。もう1つは「『国境なき』というところが軸。自分の理念、個人としての白川優子と合っている。だからどこに送られても私は対応できる」という信念だ。
同時に白川さんは「私は心の声に従って生きてきた。やりたくないものはやりたくない」という芯の強さも保ち続けている。
世が「令和」に変わり、「昭和」の戦争を実感をもって語れる日本人は年々、減っている。そうしたなかで、白川さんという、自分の言葉で戦争の現実を伝えられる語り部を得たことは日本にとって幸運なことだろう。
最後に『紛争地の看護師』について触れておきたい。
書評執筆時に2度、インタビューの前と本稿執筆の準備で、私は本書に4回目を通した。毎回、もっとも腹に響き、胸に迫るのは「戦争に生きる子供たち」だった。「はじめに」から読み起こして、この絶望と希望のないまぜになった最終章にたどり着く読書体験を、多くの方に共有していただきたい。
白川優子(しらかわ・ゆうこ)
1973年、埼玉県生まれ。坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校卒。Australian Catholic University(看護科)卒。日本とオーストラリアで看護師の経験を積み、2010年に「国境なき医師団」に初参加。シリア、イエメン、イラク、南スーダン、パレスチナなど、紛争地を中心とした派遣に応じてきた。現在は「国境なき医師団日本」で海外派遣スタッフ採用の担当を務めている。2018年に初の著書『紛争地の看護師』(小学館)を出版した。



