記事

聖域を妄想する現象の結末

1.
生活保護に関して、保護されるべき人に受給されない漏給がかなり以前から問題とされてきましたが、昨今は、暴力団員や単なる労働しようとしない遊び人の不正受給が多く、このため「本当に必要な人」に金が行き渡らないという論調が強まっています。

元はといえば私たちの税金である生活保護費を暴力団員が不正にせしめ、働けるはずの遊び人が同様に受給を受けている点は正して行くべきでしょう。ただし、生活保護の貧困補足率が20%程度で、不正受給がこのうち0.5%に満たないほど(0.3%程度)である実態を知ってか知らずか、不正受給のせいで漏給が発生し死んでいる人がいると訴えるのは、本来の問題を解決する道筋を誤らせかねません。
なぜ問題を解決する道筋を誤らせかねないのかと言えば、不正受給のせいで漏給が発生しているわけではないからです。

しかし実情は前述の通り不正受給叩きに明け暮れ、なぜ生活保護が必要で、なぜ漏給問題があるのか考える者は主流と言えない状況です。
さらに話をやっかいにしているのは、「本当に必要な人」に金が行き渡らないと生活保護の重要性を口にする者が、生活保護について不正受給者や不正受給に近い者ばかりのような印象を振りまき、結果的に多くのまっとうな生活保護受給者を叩く言説に傾いていることです。
そのつもりはない、と反論しようとも不正受給の割合と生活保護の正確な情報を伝える発言は皆無に近く、「本当に必要な人」に金が行き渡らない理由を考察しないのであれば、生活保護を受ける者への悪しきレッテル貼りになるのは必然です。

メディアでの一例を挙げてみましょう。
フジテレビはワイドショー「めざましテレビ」で、生活保護受給者が家でカラオケをしている、親族が派手なかっこうをしている、などとする発言を検証することなく放送し、あたかも多くの生活保護費が不正に使われていると印象づけていました。
これらはよく聞く「生活保護受給者がパチンコばかりしている」と同種のものです。
さらに醜悪なのは、マスメディアが密告を推奨し重宝に活用している点です。
マスコミとしての責務を放棄していると言うべきか、ワイドショーなら当然と言うべきか、この局ならしかたないのか、「めざましテレビ」では密告の内容の真偽だけでなく、密告された側の事情は調査されていませんし、不正受給の割合をはじめとする生活保護と生活保護受給者の実態は十分に説明されませんでした。

こうしてタイミングを見計らって出てきたのが、小宮山厚労相による、国民に痛みを強いる改革を進める必要があるとする「生活保護支給引き下げ検討発言」です。共同通信が配信した記事では、「生活保護も聖域視せず、削減する必要があると判断したとみられる。」とあります。

小宮山厚労相が生活保護を「聖域」と発言したわけではありませんが、政治家や官庁が生活保護が聖域化していると見ていると共同通信が解釈したわけで、さらに同趣旨の世論があって記事の「聖域」の二文字に説得力が付加されるのでしょう。
この記事における「聖域」は、国家予算の使い道を論ずる際の聖域ですが、世の中には生活保護そのものに聖域があると見る向きがすくなくないように感じられ、不正受給と生活保護費の無駄遣いがまかり通る理由や、生活保護受給者が「得をしている」とする理由は、ここに論拠が置かれがちです。
つまり、生活保護制度とその運用、さらに生活保護受給者は、誰も手を付けられないブラックボックス化した「聖域」だったという見かたです。

しかし、考えてみてください。
以前は生活保護を受けるにあたって、贅沢であり、人目があるから、という理由で(エアコンがどの家庭にもある時代に関わらず)病人であってもエアコンを取り外させていました。
インターネットの普及期には、インターネットは贅沢品だからとプロバイダー契約を解約させる事例があったのを聞いています。
最近では、病気をして経済的に困窮しきったフリーライターが生活保護を受けようとすると、「今日のところは話を聞くだけにする」と何度行っても申請用紙がもらえないまま追い返され、すこし話が進展していると感じた日は「ここにやってきて話ができるなら、働けるだろう」と申請を断られ、申請が通るまでに二ヶ月以上要し、この間にますます困窮の度合いは高まり、無理を重ねて何回か仕事をして微々たる入金が確定したら生活保護を打ちきれら困窮状態に戻ったという話を、本人から聞きました。
それだけではありません、未だに地方では生活保護を受ける者は最低最悪の人間であるかのような視線があり、村八分的な仕打ちを受けることがあります。都市部においても、生活保護受給の個人情報が漏らされ、学校で何か事件が起こると「あの家の子のしわざ」と親子がいっしょになったイジメが発生しています。
これらのどこに「聖域」があるのでしょうか。

不正受給は0.5%に満たない(0.3%程度)にも関わらず蔓延しているようにとらえ、受給者の大多数を外国籍の者が占めているような嘘も加わり、これらが漏給の原因になっているという意図的とも思える誤認があり、国会議員二名が(不正受給でさえない)民間人を吊るし上げる必要があるほどブラックボックス化した「聖域」があるとするのは、妄想以外の何ものでもないでしょう。


2.
てんかんという病気について、患者について、語られるとき一定数の者が日本てんかん協会の名を挙げます。そのうちのほとんどで、言葉狩りをし言論の自由を侵害する団体、差別利権を振りかざす団体として協会は批難されます。
また個人がてんかんの実態について説明し、すこしでも自らや他の患者の権利について触れることがあれば、協会同様にてんかん患者を擁護する過剰な圧力とする人々が登場します。

まず「言葉狩り」については、「圧力と言葉狩り」、「声を出す難しさ」、にて協会が「てんかん」という言葉を言葉狩りの対象として取り上げたことがない事実について説明しました。そもそも「てんかん」という言葉を使えなくしたら、日本 “てんかん” 協会は自らの名称を名乗れなくなります。
また「言論や表現の自由」にまつわるものとして、「無人警察論争」が取り上げられます。しかし筒井康隆氏が断筆に至った理由は、角川書店が「無人警察」を氏に無断で教科書から削除したことによって引き起こされたものであることも上記エントリーで説明しています。

「無人警察論争」における日本てんかん協会の対応のまずさについては上記エントリーを読んでいただきたいのですが、協会の要望は
〈生徒たちがてんかんとは何かを正確に理解せず、怖れや偏見や嘲笑の対象でないと認識が共有されていないとき、教科書に「無人警察」が掲載されることによっててんかんの患者の生徒によくないリアクションがクラスメートからあると容易に想像される。よって、掲載については配慮してほしい〉
というものでした。
「よくないリアクション」とは、クラスメートの前で発作を起こした生徒やてんかん患者であることが知られている生徒に対して実際にあった深刻なイジメを指します。
イジメは現在に至るまで解決されない難問で、最近では発作時の痙攣状態を動画で撮影され面白おかしく拡散される事例が、当ブログに相談ごととして複数寄せられました。メディアが「てんかん患者が」と発言するだけでこのありさまです。
ちなみに日本てんかん協会は、一般書籍としての「無人警察」の出版差し止めは要求していません。
なおこれら「無人警察論争」の一部始終は隠し事になったりタブーとされている訳でもないにも関わらず、日本てんかん協会を批難する人々はいつまでも事実を知ろうとはしません。

言論や表現の自由をめぐるできごとについて考えるとき、柳美里氏の小説「石に泳ぐ魚」において、モデルとなった女性が「(実在の彼女とわかるかたちで)プライバシーを暴かれ、自身の顔の腫瘍を陰惨な表現で描写された」として出版差し止めを請求し裁判となった件が、参考になるでしょう。

表現者の側には、差別的だ侮辱的だと指摘されて、指摘が納得いかないものであるなら表現を押し通す自由(権利)があります。等しく、差別的だ侮辱的だと指摘する自由(権利)、場合によっては裁判に訴える自由(権利)もあります。
これは双方の立場に自分自身を置き換えてみればよくわかるでしょう。
たとえば、あなたが「石に泳ぐ魚」のモデルだったとして、あなた自身のプライバシーをもとに誹謗中傷する表現があるなら、いくらつらくても我慢しなければならないという理由はありません。また我慢せずに差別的だ侮辱的だと指摘することが、必要以上に権利を主張する行為だなどとは誰も思わないでしょう。事実、「石に泳ぐ魚」のモデルの女性は、必要以上に権利を主張したとは言われていません。

次に、差別利権を振りかざす団体とする批難における「利権」とは何か考えます。
「利権」とは「利益を得る権利。特に、政治家や役人と結託して獲得する権益」を意味します。
果たして、てんかん権益なるものがあるのでしょうか。
もしそのようなものがあるなら、今頃、てんかん患者であることを理由に就職を拒否されたり、問答無用に仕事を解雇されるといった最大の問題は、協会のごり押しによって解決されているように思います。あるいはてんかん患者だけ、社会保障や福祉の面で優遇されているかもしれません。
てんかん患者の代弁者としての不都合への異議申し立てを「利権・権益」とすることは言葉の意味からして変ですが、もしこれらを指して「利権・権益」とするなら、誰であっても自分自身の権利を主張するだけで批難されることになります。

私は日本てんかん協会に対して思うところがあり会員ではありませんが、すくなくとも前述したような決めつけが誤りである点ははっきりさせておくべきだと考えています。
そして、言葉狩り、差別利権、「差別がある」という主張で永続的に差別をつくりあげること、などでてんかんという病気があたかも「聖域」となっているとするなら事実誤認以前に、妄想でしかありません。

もしこれでも、てんかん患者が「得をしている」と信じているなら、発作を起こしたと偽って二回以上病院に行けば、てんかんに疎い医師に誤診が多々あることを考えると、詐病ながらてんかんの患者になれる可能性があります。
こうして、てんかん患者として生きてみるのがよいのではないでしょうか。


3.
悪しき「聖域」への妄想は上記した二例に限りません。
本当に存在するものか検証されないまま、○○利権と呼ばれるものは多々存在します。
最近、顕著だった原発事故を巡る言説では、瓦礫の広域処理には利権が関与しているとするものがあり、「エア御用(学者)」なるレッテル貼りが横行し、彼ら彼女らは一団となった「工作員」であると本気で主張する者もいました。

「圧力と言葉狩り」に書き、何度かブログ内で引用した考察があります。

この世の中には、自分の権利を代表するものがないと感じ、自分の権利は誰かの食い物にされるばかりだと思っている人々がいます。
このような人々が、自分と比べて “負” の要素があると思う相手が、権利を主張するなど生意気で目障りで、 “負” の部分を埋め合わせるための権利を得るなどもってのほか、と考えるようになるのは自然なことかもしれません。
差別的だ侮辱的だと指摘する自由(権利)を認めず、これらは過剰な権利の主張であるとし、圧力であるとし、この考えを合理化するため “過剰さ” の証拠集めに熱心になり、ときには事実と異なる “過剰さ” のイメージだけで相手を決めつけることさえあるのではないでしょうか。
柳美里氏は在日韓国人です。
裁判になり報道が多かったにも関わらず柳美里氏が筒井康隆氏と同等の「善であり表現の自由を守るヒーロー(ヒロイン)」にならなかったのは、このようなところにも理由があると思います。
(初出時の表現を一部、改めています)

「聖域」妄想の発端は、社会的に認められていないと思うフラストレーションと劣等感にあるのかもしれません。劣位にある者が「聖域」をつくって「得をしている」故に、我々は面白くない状況に甘んじなければならないと考え、自尊心を維持するためのすり替えが行われているのではないかということです。
(あるいは肩書きや能力において優位に立つ者で思い通りにならない者に対しては、「エア御用(学者)」に見られるレッテル貼りと「工作員」つまり利権がある者呼ばわりをするのではないでしょうか)

両者に共通するのは、真実が提示されても無視したり、知らなかったことにしたり、自ら情報を検証しようとしない態度で、何がなんでも「聖域」の存在を主張し続けることです。
これは、悪しき聖域がなくなることで自尊心を維持する「闘争」が不可能になるからかもしれません。

興味深い指摘があるので、kyoumoe氏のブログ「今日も得る物なし」のエントリー「ベッカムの姉が生活保護対象者になっているというニュースに関する書き込みが面白い 」を紹介します。
二年前、「ベッカム(総資産1600億円)の姉が月額8万円の生活保護暮らしなのが明らかに」と報道されたときの、掲示板での反応を取り上げたものです。
リンク先を読んでいただきたいのですが、kyoumoe氏曰く、〈「何で家族の面倒みなきゃいけねえんだよ」という意見が相当数あったというお話です〉。

いまだに進行中の「母親が生活保護を受けていた芸能人への糾弾」を念頭に置いて例示された掲示板のやりとりを見ると、劣位にあるとしたい者、嫌いな者に向かうときの変節ぶりと攻撃性がよくわかります。


4.
我々は面白くない状況に甘んじなければならない──これを生活保護の件に当てはめるなら、自分は金銭面で豊かになれない、自分が金銭面で困窮しても生活保護は受けられないだろう、という絶望的な現状認識が大きいのではないでしょうか。

このような認識に立つならば、現在、生活保護を受けている者、親族が生活保護を受け扶養の負担が軽くなっている者を、不当な受益者と思い込んで当然かもしれません。
この思い込みは、自分の権利を代表するものがないと感じ、自分の権利は誰かの食い物にされるばかりだ、とする気持ちです。ここに、社会的に認められていないと思うフラストレーションと劣等感の源泉があるように感じられます。

ではいったい、金銭面で豊かになれないことや、自分が金銭面で困窮しても生活保護は受けられないと思うことの、原因は何なのか。それは暴力団員のせいでも、0.3%程の不正受給者のせいでも、さかんに報道されている芸能人のせいでも、「聖域化」していると妄想する生活保護のせいでもありません。

これをてんかん、他の持病、障害、在日外国人、瓦礫の広域処理を推進する者、○○利権、に置き換えても同じことです。
自分の権利を代表するものがないと感じ、自分の権利は誰かの食い物にされるばかりだとし、面白くない状況に甘んじなければならないフラストレーションと劣等感を、妄想する「聖域」との闘争にぶつけても何も解決はしません。

むしろ、マスコミを巻き込んだ乱痴気騒ぎは、小宮山厚労相による「生活保護支給引き下げ検討発言」のように利用されたり、北九州での瓦礫搬入反対闘争のように中核派に利用されたり、解決しなければならない問題の中枢にある者にガス抜きとして利用されるばかりです。

そして、社会的に認められていないと思いフラストレーションと劣等感を抱く者が願望しているように、劣位にある人々が消え去ったとするなら、次にはじまるのは同じ主張をしていた者たちの中での新たな標的づくりであり、新たな「聖域」妄想なのかもしれません。
なぜなら、絶望の本質は何も解決せず、自らの状況は悪化するばかりだからです。
黙れ、死ね、日本から消えろ、の対象──暴力団員、0.3%程の不正受給者(あるいは正当な受給者)、てんかん患者、持病を抱える者、障害者、在日外国人、○○利権の恩恵にあずかっているとされる人々が、ほんとうに消え去ったとき困るのは、これから同士討ちの争いをはじめなければならず、もしかしたら自分の属性が「黙れ、死ね、日本から消えろ」と糾弾される人々かもしれません。

もちろん、社会的に認められていないと思うフラストレーションと劣等感を抱えた人による「聖域」妄想ばかりが、劣位にあるとしたい者、嫌いな者を攻撃性するわけではありません。
もしそうではない者が、生活保護を(吊るし上げられた芸能人を)、てんかん患者を、他の持病を抱えた者を、障害者を、在日外国人を叩き、彼らは分不相応の得をしすぎていると人権を認めないのなら、自分の権利は何の資格があって誰に与えられたものか考えてみることをお勧めします。
とは言っても、彼ら彼女らは考えることを拒否しそうですが。

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