- 2019年09月05日 10:59
【読書感想】幸福な監視国家・中国
2/2「中国天網」、すなわち天網工程(スカイネット)は都市部にAI化、ネットワーク化した監視カメラ網を構築するプロジェクトです。2015年からは県や鎮、村など田舎にも同様の監視カメラ網を構築する雪亮工程もスタートしています。天網工程の2000万台に加え、雪亮工程や民間企業が独自に設置したカメラを加えると、2000万台をはるかに上回る監視カメラが、顔認識、画像認識など動画を判断する能力を持ったものに変わっているわけです。
その成功例とされているのが2017年に深セン市龍崗区で起きた誘拐事件です。同区の監視カメラ網はファーウェイ社によって構築されたものです。事件が起きたあと、警察は誘拐された子どもの特徴を入力して、すぐに子どもと誘拐犯の居場所を特定しました。その結果、子どもは誘拐されてから24時間もたたないうちに親元に帰ることができました。
日本にも監視カメラはありますが、その運用状況は中国とはまったく違います。例えば2019年6月、大阪府吹田市の交番で警官が襲撃される事件がありました。警察は容疑者の行方を、監視カメラ映像を頼りに追いましたが、ネットワーク化・AI化されていないため、映像の入手・分析のために各所を駆けずり回る必要がありました。事件から約24時間で容疑者が逮捕されるというスピード解決ではありましたが、警官襲撃という大事件ならば多くの人員が投入されるでしょうが、すべての事件でこれだけの捜査を行うことは難しそうです。
深センの誘拐事件は、中国人がなぜ監視カメラを容認しているかを示す象徴的な事件です。中国では誘拐は極めて身近な脅威です。2011年には608人が関与した人身売買組織が摘発され、178人もの子どもが救出される事件がありました。インターネットでページが削除されたことを示す、いわゆる「404 Not Found」ページがありますが、中国は大半の企業が誘拐された子どもの捜索情報をここに表示しています。いわば社会全体が誘拐された子ども探しに協力しているわけです。子どもの登下校に大人がついていくのは常識で、「子どもを一人で登校させるなんて日本は大丈夫なのか?」と驚かれるほどです。
大都市部では、交通違反を取り締まるカメラの設置によって、交通マナーが向上し、交通違反が減ってきてもいるそうです。
日常的に誘拐される不安が大きい社会では、監視カメラへの抵抗感よりも、それによって犯罪が抑止されたり、安全に暮らせる可能性が高くなるほうを選ぶ、というのは、自然なことのように思われます。
少なくとも、現時点での多くの中国人は、「監視社会」のデメリットよりも、メリットのほうを評価しているのです。
「監視カメラに見張られているとしても、自分たちが悪いことをしなければ大丈夫なのだから」と。
この本の後半は、「監視国家というのは、本当に不幸なのか?」ということについて、経済学、社会学、哲学的な歴史も含めて考察されています(正直、読んでいてけっこう難解でもありました)。
言い換えれば、人々の私的利益の基盤の上に公共性を築くことが、近代西洋から受け継がれてきた「市民社会」、あるいはより適切な用語を遣えば「市民的公共性」の根本的な課題であるとしたら、その課題の実現が(西洋社会に比べて)著しく困難である、というところに、中国を含む「アジア的社会」がこれまで、そして現在にいたるまで抱えている問題は集約されるのではないか、ということです。
例えば、典型的な事例として、習近平政権になってから大々的に繰り広げられた「反腐敗キャンペーン」が挙げられると思います。これは、第4章でも紹介したように私的利益を貪っている役人や政治家を、習近平主席が共産党の規律委員会を通じて厳しく取り締まり、それを通じて「公共性」を実現する、という政治的キャンペーンです。この一連の動きが非常に特徴的なのは、そこで実現される「公共性」が、あくまで私的利益の外部にあり、さらにそれを否定するものであるということです。ここには、「共産党こそが民意という『天意』を体現した存在である」という儒教的道徳に通じる統治観が見られます。
それに対し、市民社会派マルクス主義が依拠しているヘーゲルあるいはマルクスの「市民社会」に関する議論には、個々の市民が私的利益をお互いに追求していく中で生じる対立を止揚して、国家や「アソシエーション(自由な市民たちが共通の関心や目的に応じて設立した集団)」といったものをつくり上げなければならない、という問題意識があります。つまり、中国のようなアジア社会とは鮮やかな対照をなす西洋社会の特徴は、私的利益を単に否定的な対象として見るのではなく、その基盤の上に公共的なものを立ち上げるあり方にこそあるのです。
こういう成り立ちの違いがある以上、西洋の市民社会と同じものを中国に求めるのは難しいというのは、わかるような気がします。
ただし、「中国は特別」という見方に対しても、著者は異議をとなえているのです。
もちろん、中国における「監視社会」化の進行を、欧米や日本におけるそれとはまったく異質な、おぞましいディストピアの到来として「他者化」してしまう短絡的な姿勢は厳に慎むべきでしょう。「監視社会」が現代社会において受け入れられてきた背景が利便性・安全性と個人のプライバシーとのトレードオフにおいて、前者をより優先させる、功利主義的な姿勢にあるとしたら、中国におけるその受容と「西側先進諸国」におけるそれとの間に、明確に線を引くことはどう考えても困難だからです。
中国でうまくいけば、西欧諸国や日本でも「監視社会化」が、人々の意思で進められる可能性は十分あるのです。
「監視社会化」というのは、人類にとって共通の「望ましい未来」なのかもしれません。
アフリカ諸国で電話線が発達していなかったため、固定電話を飛び越えて、いきなり携帯電話が普及していったように、「民主的」ではなかった中国で、いちはやくそれが起こっているだけで。
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