- 2012年01月27日 17:37
鼎談 日本ファッションを斬る! ネット時代におけるファッション界の未来とは
1/2中島敏子(なかしまとしこ)
マガジンハウス社のカルチャー/ライフスタイル誌「BRUTUS」の編集者、「relax」の副編集長を経て、2011年4月よりリニューアルした「GINZA」の編集長。アート、サブカルチャーを盛り込むファッション情報誌づくりで辣腕を振るう。
http://magazineworld.jp/ginza/
中島敏子 私はこれまでカルチャー色の強い雑誌の仕事が多く、日本の女性ファッションと真正面から向き合ったのは、2011年4月にリニューアルした「GINZA」が初めてです。日本のモード誌はファッション業界内だけで完結している感が否めなかったのですが、「GINZA」では、音楽、アート、映画、デザインなどに興味があり、世の中の最先端の動きについていこうという感度の高い女性に向けて、むしろファッションを世の中の動きの一部として届けたいと思っています。
湯山玲子 確かに、ファッションってかつてはアートの先端を行く人は必ず触れていなければならないものでしたよね。80年代のニューウェーブの時代は、ファッションと音楽、カルチャーがすべて深く関係し合っていたのに、90年代以降ファッションが乖離してしまいました。今、服好きを支える思想みたいなものが希薄になって、単なる身だしなみとしてか、人並みであろうとする考えしかない。もしくはコスプレですね。私が大学で6年間教えていて思うのは、今の若い子たちは個性の表現、差異の表現を全然したがらない。横並びでいようとする風潮がありますね。競争心を持つことを自ら禁じている。隣の子よりも自分のほうが格好よくありたい、という気がないんです。
青野賢一 ないですね。サイレントマジョリティでいようとしている。
安定を求めるファッションルミネ有楽町店 有楽町マリオン内に2011年10月28日にオープン。20代後半から30代の大人層をターゲットに、ファッション、コスメ、雑貨、食品などの107軒のショップを集積、有楽町の新スポットとして話題を集め、オープン3日間で、売上額が4億5000万円、入店客数は約20万人に上った。
中島 みんないじめが怖くてね。突出しないほうがいい。いじめられないようにいじめられないように生きている。
青野 売る側の立場で言うと、そういう静かな受け手に対して、慎重にならざるを得ない。個性的であることを発信するのが難しい時代ですね。セレクトショップの場合、いろいろなブランドを集めても、どこか似通っていて、全体的に平坦になってしまうんです。そこが今セレクトショップの難しいところだと思います。
中島 そういう面で、10月末にオープンしたルミネ有楽町店は徹底していますよ。ボリュームゾーンの品ぞろえがものすごく分厚い。ルミネ側も、各ショップ側も、今の日本のマジョリティはどこかということをしっかりリサーチをしたのでしょう。消費者の気持ちにダイレクトに応える店になっていて、あれだけ客が集まったのも納得できます。ただ、ああいう大きなファッションビルからは、どんどんメジャーではない部分がはじかれていく。それはそれでつまらないなあと思います。
青野賢一(あおのけんいち)
1968年、東京生まれ。国内外で100店舗を展開するセレクトショップ「BEAMS」のクリエイティブディレクター。「BEAMS RECORDS」のディレクターを務めるほか、DJ活動や雑誌のコラムでも活躍。2010年に著作集『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)を刊行。
http://www.beams.co.jp/
青野 商売を着地点として考えると、どうしてもそうならざるをえない。今は大半の人にとって、産業としてのファッションこそがファッション。そこから外れた作り手や売り手は別の活路を見いだすしかない。アートや音楽にファッションの本質を結びつけるような、個性的で面白いことを懸命にやっている小さいブランドもありますよ。一方で、東京コレクションに出ているブランドは、どちらとも重なりつつ、商売でもないし、アーティスティックでもないというか。そういうふうに、服を作る人たちのグループがちょっとずつ離れて存在している。
中島 ファッションを作る業界というのが、ひとつに結びついていないんですね。東京コレクションは、パリコレのディフュージョン(普及)というシステムとして、どうしても現実と食い違いやすいですね。今の東京と離れている感じはある。
青野 昔みたいに最先端の人がいて、その下にトレンドを追う人がいて、その下にマスがあって、というファッションのヒエラルキーというのがもうないんですよ。それはもう全然存在しない。その理論で店をやろうっていうのは無理なんです。
中島 いまやSNS中心でコミュニケーションをとるわけで、昔のようなインフルエンサーが発信するファッションの伝達の仕方はないんですね。この間「GINZA」で、現場では何が売れているかというショップアンケートをしたら、理由はわからないけれど売れている商品がたくさん出てきた。無名のブランドで10万円もするブーツが1日で完売してしまうとか。雑誌が紹介したわけでもないのに。こういうことをインフルエンサーは知らないんですよね。
湯山玲子(ゆやまれいこ)
編集者を経て作家。著書に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『女装する女』(新潮新書)。近著に『四十路越え! 戦術篇』(ワニブックス)等。日大芸術学部非常勤講師。クラブカルチャーに通じ、自らもイベントをプロデュース。映画、音楽、食、ファッションなど幅広い分野で精力的に発言する。
http://yuyamareiko.typepad.jp/
湯山 なぜ売れるのか、理由を知りたいですね。誰かタレントが着てるという理由で服を選ぶことが多いですよね。だけど、みんながタレントみたいな容姿じゃないわけで、昔なら自分自身がどうかっこよくなるかを考えたと思う。私はちょっと胴が長いから、とか考えて、自分なりの着こなしや知恵が生まれる。でも最近は借りてきた衣装という印象が強いんですよね。自己表現としてのファッションというものが成り立たなくなっている。これはもう、若者が生きる世間からそれが必要なくなったということです。
青野 同一化したいんですね。そういう人たちが集まるから、みんな同じに見えてしまう。
湯山 個性を出して周囲から浮くよりも、安心と協調を選ぶ。ドレスコードは、所属する仲間に従うから、一見、個性的! と思われるけれど、サークル内ではみんなと一緒。
青野 そういうところから意識的に離れるとか、最初から関わりをもたない人ももちろんいるけど、おそらく世の中の大多数が、「なんとなくこんな感じ?」という気持ちで服を着ている。
中島 おしゃれが好きなんじゃなくて、「おしゃれっぽい」のが好きなんですよね。
青野 「ださく思われたくない」なんですよ。「かっこよくなりたい」ではなくて、かっこ悪いと言われたくない。たとえば「2ちゃんねる(※1)」で、「明日、合コンなんだけど何着て行ったらいい?」というスレッドが立ったりする。「あの店なら1万円で全部そろうぞ」とかいろんな情報が書き込まれる。かっこよくしたいというのではなく、家から一歩も出てない俺を何とかして、という話なんです。服を買うモチベーションがファッションの次元ではなくなっているというのがあるかもしれませんね。
湯山 めざすところが低いねえ(笑)。
中島 本来はファッションってとても個人的なもので内面が出たりするようなものですが、今は「集合知」になってしまっている。今のオタクの子たちの話だけでなく、ファッション好きの子たちも「2ちゃんねる」で、「どこどこの何を買いました。皆さんならこれをどう着ますか?」と訊くわけです。で、「私はこれを合わせている」という答えがいろいろ出て、「参考になりました。ありがとうございました」と。しかも男子が多いですね。
湯山 「正しいこと」に関する強迫観念は今、世間でもの凄く強いですよ。
中島 そうやって集合知を求めることによって、「間違っている」もの、「恥ずかしい」ものがはじかれて、無難なものが選ばれるようになっていくんです。
青野 今の若者は集合知をまとっていることになるわけですね。
湯山 これは日本に限らず高度資本主義社会がたどる道でしょうね。安全安心を求める。管理を強化してリスクヘッジをし、なるべく事故がないようにする。どうにもしようがない流れなんです。ファッションもこの流れに乗るしかない。もう刺激に満ちた昔には戻りようがないですね。
逃げる男、ギラギラした女nippon.com :では、ファッションの未来は?
湯山 肉体を安全保管して、脳は寝ていて、現実の生活はロボットにさせる、みたいなSF小説がよくあるでしょう?映画では『サロゲート』(※2)あの世界に近くなっていくのかな。コスプレもそれに近い感覚。自分の肉体ではなくて、全身すっぽりかぶって「ラムちゃん」になって生きる。ラムちゃんて古いか(笑)。自分の身体で服を着てファッションをリアルに楽しむ、ではなく、物語の中のファンタジーの世界に生きて、イメージで遊ぶ。自分の印象をよくして実人生を持ち上げるためのツールであったファッションというものがいらなくなりつつあるのね。
中島 ファッションはリア充(※3)の世界。旧態依然とした世界だから、インターネットと乖離しているし、ネットのいちばん面白い部分は取り込めていないんですね。
湯山 日本のファッション界の未来に打つ手があるとすれば、ネット社会のコスプレ感を逆にうまくとりこむのはどうかな? 年2回のオタクの祝祭「コミケ」に、コスプレもあるじゃない? あれのファッション版みたいな仕掛けを作って、みんながそこに出かけて行くようにすればいいんですよ。東コレもそうすればいい!
中島 「ハレとケ」は必要だし、みんな好きなはず。昔はなかったハロウィーンがこれだけ日本に根付いているわけですから。
青野 コスプレやハロウィーンに距離を置いている人たちにとっては、生活の中の「ハレとケ」っていう感覚がなくなっているんじゃないかな。
湯山 晴れの舞台でもジャケットなしでOKとか、カジュアル化が進んでいるものね。
青野 そもそも人生で晴れの舞台というのがない人もいるわけです。だから「ハレ」の服がなくなっていっている。
中島 とはいえ、みんな毎日服を選んでいるわけで。「今日は勝負だ!」なんて日に選ぶ服ってあるじゃないですか?
湯山 そう、そのモテたい願望って、ファッションを大きく支えてきたものだと思うんです。だけど、これだけ男が女から逃げ出して2次元のラムちゃん(笑)や『けいおん!』に向かっている時代に、どうしたらいいんでしょうねえ。おしゃれしても男に見向きもされなくなってしまうとしたら...。
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