- 2019年09月01日 15:01
東京の新名所「チームラボ ボーダレス」の仕掛け人・杉山央の表現の軌跡
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8月下旬に公表された、米TIME誌の"The World's 100 Greatest Places of 2019"。メキシコやセネガル、アイスランドなど各地の観光地とともに、日本のある美術館が選ばれた。
東京・お台場の「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」。
アートコレクティブ・チームラボと、ディベロッパー・森ビルが手を組み生まれたミュージアムは、開設から1年で日本のインバウンドを象徴する名所になった。230万人が訪れ、その半数が海外からの観光客だ。
その仕掛け人が、杉山央さん。
表現することをためらった子ども時代を経て、街を使って遊ぶようなアートを仲間と仕掛けていくワクワクを知った。
変わらない志で、東京の新名所を生み出すまでの歩みとは。
ゲームの世界なら、自由になれた
杉山)家族やその周りに芸術家がたくさんいる環境で育ちました。父方の祖父が日本画家の杉山寧、母方の祖父は建築家の谷口吉郎。作家の三島由紀夫は伯父でした。
子供の頃の遊び場は、祖父が日本画を描くための画室でした。体育館並みの広さがあって、大きな絵を上げ下げするエレベーターから写真を現像する暗室や動物のはく製まで、何でもありました。巨大な絵を描く時に使う、座ったまま移動する機械制御の椅子が面白くてずっと遊んでいたのを覚えています。
祖父とは一緒に絵も描いたこともあります。僕のカブトムシの絵の横に、祖父が下書きなしでカマキリとアゲハチョウをサラサラと描く。それが、びっくりするほど美しかった。構図から何から迷いなく、ピタリと答えに行き着いていた。この絵は宝物として今も持っています。
絵の上手さって実物を忠実に表現するだけじゃない。実物よりも美しく表現することなんだ。それが芸術というものなんだ、と子供のころから思っていました。

杉山)そんな圧倒的な才能が近くにいたことで、僕自身、萎縮していたところがあります。何かを作ったり表現したりするのは恥ずかしいとすら思っていました。
図画工作の授業でも「杉山くんのおじいさんは有名な画家でね」となって「どれどれ杉山くんの絵を見てみようか」となる。
恵まれすぎた家庭環境といえばいいのか、何でも決めてくれる親と、面倒見のいい姉もいて。自分で何か意思決定できる機会はほぼなかった。
格好悪い話なんですが、のびのびと自由に過ごせたのはゲームの世界だけでした。朝から晩までファミコンやパソコンゲームばかりしていた。作文にも「将来はドラゴンクエストを作る人になりたい」と書いてましたし。
本当に自分がやりたいことってなんだろうと、ずっと探し求めていました。身体が小さかったし運動が得意だったわけでもない。ただ、他人がやってないような新しいアイデアはよく思いついてほめてもらえた。そんな体験は、徐々に積みあがってはいました。
けれど、一人だと自信もないし、決心もつかない。どうすればいいかも分からなかった。

仲間とアートでイタズラを仕掛ける
杉山)自分なりの表現をためらいなく出せるようになったのは、大学に入ってからです。やりたいことを一緒にできる仲間に出会えたことが大きかった。友達と「TEX MEX」というアートユニットを作り、街のあちこちに、ちょっとしたイタズラを仕掛けていきました。
街中の銅像や仏像、果ては渋谷駅前のハチ公とかにプロレスマスクをかぶせて回ったり。不要になったアダルトビデオ自販機を払い下げてもらい、カッコよく改造してアーティストの作品を入れて、表参道や青山あたりの店に置かせてもらったりもしました。コンピューターでプログラムをつくり、通行人の頭の上に「おなか減った…」なんていう漫画風のふきだし映像が出てくるメディアアート作品「フキダシステム」も制作しました。
誰もやってないようなアイデアを仲間と仕込んで街に仕掛け、通りがかりの人がクスッと笑ったり驚いたりする様子を隅っこから見るのが、楽しくて嬉しくて気持ちよかった。
活動が広まると、新しい流れにつながりました。『STUDIO VOICE』や『ホットドッグ・プレス』『POPEYE』などで僕たちの活動の特集記事が組まれました。そうなると企業やファッションブランドから、新商品を宣伝するためのクリエイティブディレクターの話が舞い込んできたり、各地のアートイベントに招かれたりもしました。
街を使って遊ぶようなアート活動を続けるうちに、自分のやりたいことが明確になってきました。「街」と「アート」と「テクノロジー」この3つを掛け合わせたことを手がけていきたい、と。
いま、ともに仕事をしている「ライゾマティクス」の齋藤精一さんや「チームラボ」の猪子寿之さんたちと知り合ったのも、このころです。

周りの同期の友人たちはとっくに就職していきました。それを横目に、平凡なサラリーマンになったらダメだ、働いたら負け、みたいな気持ちもあった。
一方で、チームだから実現できたアート活動も、個人で続けるのは限界があると感じるようになっていました。
マスクを仏像にかぶせたら当然怒られますし、自動販売機を置くのも「置かせてください、やらせてください」と頭を下げて説得しなければいけない。そういったことを一人でも続けられるのか。
だったら代わりに自分が「街」の側に入って街を楽しくする仕事をしようーーそう気持ちを切り替えたころ、森ビルが手がける六本木ヒルズが着工されました。建設予定地も見に行って、こんな大きな街をつくる会社なんだ、と知りました。
- Torus(トーラス)by ABEJA
- テクノロジー化する時代に、あえて人をみるメディア。



