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今日、全国のコンビニからエロ本が消える…撤去される“成人向け雑誌”はこれからどうなる? 『日本エロ本全史』著者・安田理央×93年生まれのエロ本ライター・姫乃たまが緊急対談!

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そもそもエロ本の歴史とは?


——安田さんは先日、膨大な数に及ぶエロ本蔵書をもとに、エロ本の歴史をまとめた『日本エロ本全史』を出されました。エロ本の歴史について教えてください。

安「“どこからエロ本か?”っていう定義が難しくて、それこそ江戸時代にも春画本なんかもあったわけですけど、まあ、終戦直後のカストリ雑誌から始めましょう。まず最初の頃は、写真があまり使えないから文字中心でした。それが印刷技術の向上で徐々に写真が増えてくる。60年代くらいから裸の写真も増えてきて、70年代になると日本人の裸が増えた印象ですね。昔々はグラビアといえば外国人だったんですよ」

姫「はえー。70年代以前の日本は、まだヌードモデルが職業として根付いてなかったのかなあ」

安「多分、『日活ロマンポルノ』といった成人映画の影響が大きいと思うんだよね。ロマンポルノの女優さんたちがグラビアに登場するようになって、ルックスのレベルが上がっていった」

姫「なるほど〜」

安「それで80年代になると、ビデオが普及してAVとかが出てきます。それで日本人モデルのレベルがすごく上がったんですよ。若くて可愛い子がどんどん脱ぎ始めた。あとはコンビニができたことが大きいですね。それによってそれまでエロ本の販売部数が数万部単位だったのが、一気に10万部20万部に広がった。一桁の世界が二桁の世界になったんです」

姫「うわあ、エロ本作ってて、一番楽しかった時代だ」

安「まあ、よく黄金時代とは言われるね。80年代に一気にエロ本業界は広がったんですよ。その時期に『ザ・ベストマガジン』が100万部、まあ公称だから本当の部数はわからないけど。『デラべっぴん』なんかも40万部くらい売れたといいます。それはコンビニがあったから成り立った話であって、コンビニがエロ本業界を広げてくれたんですね

——コンビニこそがエロ本を作ってくれたんですね。

安「そして80年代のエロ本として語るに欠かせないのは、素人モノの登場です。例えば、篠山紀信さんが素人ヌードを撮りまくった『激写』が大ヒットしたり、素人が撮った写真を投稿する“投稿写真誌”というジャンルが生まれたりしたんです。まず1981年に『アクション・カメラ術』という本が出て、“自分たちでエロ写真を撮ろう!”と提言したんですよ。その辺りから、プロだけのものだったエロ写真が、素人のものにもなってきたんです」

——カメラが安くなったのも大きそうですね。

安「そうですね。使い捨てカメラの『写ルンです』の影響が大きいという話も聞いたことがあります」

姫「あれ? その頃のエロ写真ってどうやって現像してたの? 街で? 自分で?」

安「どっちでもできないよ。街の現像屋さんに持って行ってもやってくれないし、素人でカラーの現像するのは難しい。はい、ここでクエスチョンです!」

——エロふしぎ発見!

【安田理央からのクエスチョン】
80年代当時、エッチな写真を撮ったらみんなはどこで現像してたでしょうか?










姫「はい!! エロ本編集部だと現像できるから、みんな印刷してほしくて編集部にネガを送っていた!」

——スーパーエロしくんでお願いします!

安「正解です! エロ本編集部にフィルムを送って、編集部は現像して送り返してたんですね〜。プロのラボ(現像所)だと、もろヌードでもやってくれるから、エロ本編集部からプロのラボに出せる。みんなそれが欲しくて投稿してたというわけなんです」

姫「素材が無料で集まってくる天才システムだ」

安「それに掲載した写真には賞金も出すからね。お互いがWin-Winの関係で、こうして素人投稿写真が増えていったんです。ちなみに昔、あまりに過激になりすぎて警察に呼び出され…

警察『素人がこんなの送ってくるわけないだろ』
編集部『これ全部モデルだったら予算かかりすぎて雑誌作れませんよ!』


って返したらしい(笑)」

姫「みんなにとって幸せなシステム。エロって円満でいいですねえ

安「昔、某投稿雑誌の編集長が言ってたんだけど、写ルンですを現像するとね、前半はデートでディズニーランドとかに行った写真で、後半はラブホテルというパターンが多かったんだって」

姫「はー、リアリティがあっていいですね。ちょっと前までのエロ本もまず誌面でデート写真とかグラビアを見て恋に落ちてから、付録のDVDでハメ撮りを見るのが楽しかったわけじゃないですか。あの余裕のある誌面作りはどこへ行ってしまったのだろう。もう恋に落ちる隙がねえのよ…」

細分化していった90年代のエロ本


安「ここからは90年代に入ります。まず、ヘアヌードブームってのがあったんですね」

姫「ヘア解禁だ」

安「1991年に出された篠山紀信さん撮影の樋口可南子ヘアヌード写真集『water fruit』をきっかけに、ヘアが『ま、いいんじゃね?』ってことになったんです。最初の頃は“芸術だからOK”という感じだった。つまり、芸能人の毛はいいけど、AV女優や風俗嬢はダメっていう逆転した時期だったんですね。一般誌は毛を出してたけど、エロ本では出せませんでした」

姫「差別だ!?」

安「そう、すごい差別があったんですよ。だからエロ本は意外と最初の頃はヘア解禁の恩恵を受けてなかったんですよね。で、その頃のエロ本は何をやっていたかというと、マニア雑誌を作ってたんだよね」

姫「シリクラですか?」

安「そう、『お尻倶楽部』。その名の通り、お尻とか、お尻から出るものを中心にしたわりとハードスカ雑誌なんですけど、そんな雑誌でも一時期7万部も売れてました

姫「え〜! 『お尻倶楽部』ってそんなに売れてたんだ!」

——『お尻倶楽部』はコンビニにもあったんですか?

安「コンビニはアナルダメッ(早口で)」

姫「もしコンビニにあったら、さすがに売り上げに影響しそう」

安「熟女雑誌もその頃に生まれたし、医療マニア系の『カルテ通信』が生まれたのもその頃。こうしてマニア雑誌がすごく生まれていって、エロ本が細分化したのが90年代だったんです」

——方や一般誌ではヘアを出しまくっていたと。

安「そうです。コンビニはヘアヌードだらけでした。加納典明さんの『THE tenmei』とか、あれ一般誌っていう扱いですから。それまでサブカルっぽかった『宝島』も毛出しまくり雑誌になったんです」

姫「『宝島』にそんな時代が!」

安「そして90年代に入って『クイック・ジャパン』とか『GON!』とか、サブカル雑誌が生まれたこともエロ本にとっては結構大きいんです。高尚ではない、頭悪い感じのサブカルって、それまではエロ本の中の一色ページにあったんですよ。その部分が90年代に独立してサブカル雑誌に行って、エロ本のほうはどんどんエロに純化していきました」

——なるほど〜。

安「だから80年代にデビューしたギャグ漫画家さんとか、だいたいエロ本に描いているんですよ。エロ本はなんでもOKみたいな感じだったんで、なんでも載せてくれる。一般誌が載せないものをエロ本が拾ってくれたんですよ。『週刊少年マガジン』じゃなかなか載せてくれないからね」

——エロの母性が、行き場のない作品を抱きしめてくれたんですね。

安「そういえば00年代の話になっちゃうんだけど、『GON!』っていう雑誌でさ、アナルの拡大写真をたくさん並べて載せたページがあったんだけど、実はそれ、うちの事務所にいたやつが作ったページでね。俺のエロ本蔵書からアナルのところだけ切り抜いて、集めて作ってたんだよ。あとで雑誌見たらアナルだけなくなって、穴になってた(笑)

——それはひどい(笑)。

安「で、そのページのせいで『GON!』はコンビニに置けなくなっちゃったんだよね」

——次のページではいよいよ21世紀に入ります。ネットでエロを見る習慣が広まり、刀折れ矢尽きたエロ本の壮絶な最期、ぜひ見届けてください! そして再び、安田理央からのクエスチョンもあります!

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