徴用工問題を訴える団体の間では当時から、徴用工裁判が日韓関係を悪化させることへの危惧があった。改めてシンポジウム当日に崔氏に話を聞くと、「このままでは被害者団体が民族問題研究所に乗っ取られてしまうと思い、抗議している」と話した。
騒然としていた会場内だったが、日本人の矢野氏がマイクを握ったことで一旦静寂を取り戻した。矢野氏は次のような演説をした。
「1965年からの長いトンネル、民主化の闘いを超えて2018年に(徴用工裁判の)判決が出ました。あきらめず闘ったことが局面を拓いた。いまが最後の局面なのです。被害者の人権を回復する道は必ずあります。日韓関係は厳しい局面ですが、必ず理解は広がります」 しかし、続いて民族問題研究所研究員の金敏喆(キム・ミンチョル)氏がマイクを握ると、再び怒声が飛び交い始めた。
「被害者団体を分裂させたのは誰のせいだ!」
「なぜ被害者を無視する!」
この光景が示すのは、強い不満を抱く相手が「民族問題研究所」であるということだ。民族問題研究所傘下にある太平洋戦争被害者補償推進協議会などの被害者団体は、数十人程度のメンバーしかいない少数団体だ。一方で日帝被害者報償連合会やアジア太平洋戦争犠牲者韓国被害者団体は数万人規模の被害者・遺族で構成される。少数派が徴用工補償運動をリードする歪な構造が、この対立を深刻にしているようだ。
金仁成氏らの激しい抗議に対して、会場内にいた民族問題研究所のスタッフや、関係者が猛烈に反論を始めた。
「ここは被害者団体が話をする場所ではない!」
「必要であればみなさんで別の団体を作ってください。私達は私達でやります」
徴用工のシンポジウムから排除しようとするかのような言葉を並べ始めたのだ。私はこうした言葉に徴用工問題の本質がよく表われているように思えた。つまり徴用工問題は、市民団体(ここでは民族問題研究所)が反日活動をしたいが為の“道具”でしかないということなのだ。
しかも彼らが元徴用工の救済を第一に考えているのかといえばそれも違う。前述のように他の団体の声を無視し続けていることに、それは象徴されているだろう。常に市民団体が掲げる反日イデオロギーが優先され、当事者の声が無視され続ける、という日韓・歴史問題における不条理がここでも見て取ることができた。
結局、シンポジウムでは対立は解消されないまま終了した。こうした背景を知っているはずの韓国メディアも、反日を標榜している民族問題研究所への批判を行なわないため、徴用工問題はますます歪な形へと発展していってしまう。なぜシンポジウムで抗議活動をしたのか、金仁成氏に話を聞いた。
「14日のシンポジウムでは、民族問題研究所が北朝鮮労務者も入れて徴用工問題を提起しようと考えていると聞いて、これは大きな問題だと思い抗議に行くことにしたのです。なぜ私たち被害者団体が置き去りにされたまま、そんな重要で危険なことまで勝手に始めるのか。これは打破しなくてはいけない、という危機感を持ちました。市民活動家が被害者団体を無視して日韓関係を悪くしている現状は、間違っていると思います」
反日政策を掲げる文在寅大統領のもと、民族問題研究所などの市民団体・活動家はその発言権を大きくしていった。そして、彼らの背後には常に北朝鮮の姿が見え隠れしているのだ──。
“反日イデオロギー”に苦しめられているのは、決して日本サイドだけではない。韓国の徴用工関連団体もまた同様に苦しめられているのだ。
【プロフィール】赤石晋一郎(あかいし・しんいちろう)/『FRIDAY』『週刊文春』記者を経て今年1月よりフリーに。南アフリカ・ヨハネスブルグ出身。