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殺害予告、ガラス破壊…売春街浄化後の「アートでまちおこし」はいかにして進んだか 横浜・黄金町の青線跡を歩く【止まり木の盛り場学 第3回】

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路地徘徊家として昭和の裏路地や横丁を飲み歩く文筆家、フリート横田と、遊廓の歴史を調べる遊廓家にして、カストリ書房店主の渡辺豪。

惑わぬはずが惑いまくる「40男」の二人は、なつかしい昭和な町並みを歩き、出会った人々と語り合い、横丁の酒場で一杯・・・というのがいつものコース。

そんな彼らが、昭和のころには確かにあった「止まり木」を探し、過去と現在を見つめる小さな旅をはじめるという。

第1回の吉原を終えて、次に止まり木を探した先は「ハマ」こと文明開化の港町・横浜。東京と横浜はことあるごとに比較されるが、男の止まり木にも違いが現れるのだろうか・・・。(テープ起こし/藤村恭子)

昼の「色街」を歩く 日本最大のソープランド街・吉原の現在【止まり木の盛り場学 第1回】

暑いことを理由に、街歩き前にお茶割りを補給する不届きな40男二人

渡辺 前回は江戸から歴史を持つ吉原遊廓跡を取材しましたけど、面白かったですね。時代とともに街のあり方、人の生き方は変わっても、どこか芯は変わらない。それにしたって暑いですね。ガソリン補給しないととても歩けないですね。

横田 どうしてもって渡辺さんが言うなら、分かりました。ここはお茶割りで体を冷やすってことで手を打ちます。飲んでから、京急の黄金町から日ノ出町方面に歩きましょう。ここは日本で最大規模の「ちょんの間」が近年まであった場所です。

渡辺 急に眼に光が宿りましたね。そうですよね、吉原は近世から続く色街でしたが、逆に現代を代表する色街といえば、横浜の黄金町は外せないと思います。いわゆる浄化作戦によって売春街が消滅して、はや15年経つわけで、街が今どうなっているのか、とても興味があります。

横田 野毛方面からここまで足を伸ばすのは私も数年ぶりなので楽しみです。日本でも最大と言われる規模までふくれあがった違法売春街。それを潰して、街はどうなったのか。近世と現代の色街、現存する色街と消滅した色街の違い、そのあたりも歩きながら聞けたらいいですね。

黄金町「ちょんの間」跡はいま

京急線の高架橋前には、小さな元娼家が立ち並ぶ

京急線・黄金町駅から日ノ出町駅にかけて存在した違法風俗店、いわゆる「ちょんの間」は、大岡川に沿った京急線ガード下を中心に存在した。安普請のアパートを2坪3坪の小部屋にコマ割りし、各戸に娼婦たちがいた。ガラス戸ごしに「顔見世」(娼婦がじかに顔を見せて買売春取引する行為)をして、行き来する男性たちを誘った。かつては日本人娼婦が主だったが、徐々にアジアや南米出身の娼婦たちが増え、オーバーステイの問題が発生。HIVの蔓延も危惧された。また1995年に発生した阪神大震災を受けて、耐震補強工事のためガード下が使えなくなり、大岡川沿いや高架線の周辺に娼家が拡散、広いエリアに渡って200店以上がひしめく状態となり、風紀悪化を懸念する声が高まった。暴力団の資金源にもなっていたことから当局が大規模摘発をおこない、2005年に壊滅した。

渡辺 私の世代からすると、2000年くらいに『警視庁24時』といった番組で取り締まり風景が放映されていたのを思い出しますね。櫛の歯のように並んだ狭い間口の店に、煌々とピンクのライトが点いて…。

横田 それと古くは黒澤明の映画『天国と地獄』にも出てきます。地獄に喩えられた場面ですが。売春よりも当時は覚醒剤、ヒロポンのメッカで、中毒者が多くいました。あれは映画のセットもあるんでしょうけど、たしか黄金町駅からちょんの間に入るところにあった「初音飲食街」とのアーチが映ってましたよね。まあなんにせよ、戦後以来、「悪所」として認識され続けてきた一角です。ところで「ちょんの間」って古老たちのなかには、「ちょいの間」と言う人もいますよね。


渡辺 はい。その言葉の起源は分からないんですよ。それくらい古い言葉で、吉原遊廓でも使われてました。「ちょっとの間」、つまり1回射精する程度の、10〜15分くらいの短い交接時間を指すので、最低ランクの料金体系という意味ですね。

横田 青線(戦後にあった非公認売春街)での短い時間での行為を「ショート」なんて言ったり、それと同義で「まあちょいの間やったもんだよ」みたいな言い回しする古老もよくいましたね。

渡辺 2005年の浄化作戦以降、アートの街を標榜している黄金町ですけど、多くの地方自治体で「アートで街興し」という手法が用いられている今、全国に先駆けて2008年からアートイベント「黄金町バザール」を催している黄金町は、アートと街との関わりを占う意味でも、注目を浴び続ける存在だと思います。アートが生活の場に根付くことがカギになってくるかと思いますが、元ちょんの間の空き店舗を横浜市が家賃をずっと払い続けているかたちになるわけですか?

横田 潰したあと、空き店舗を横浜市が借り上げて貸しているんです。アートに携わる人々をバックアップするNPOが管理者として入って、若いアーティストに貸したり、アートイベントなどをやっていますね。横浜市が高架橋の持ち主である京急と協力してやっているようですね。ただ200数十軒全部を借り上げたわけじゃないんですね。地権者がたくさんいるので。その人たちを追いかけて見つけては市が借りていっている、ということですね。あそこに交番あるじゃないですか?あれも昔はなくて、壊滅後にできました。今は風俗店をやれる状態じゃないですね。

渡辺 前回の吉原でもそうでしたが、現代の売春は個人取引やデリヘルの時代なので、店舗の形態をとる必要がそもそもなくなっていますからね。噂の域は出ませんが、浄化後の売春は近隣マンション内でのデリヘルにシフトしたとの話を聞いたこともあります。ところで、以前はここに居酒屋がありましたよね。

こうした昔ながらの居酒屋も見られたが、現在はコインパーキングに。2011年撮影

横田 ちょんの間だけじゃなく、古い商店がだいぶなくなりましたよね。駐車場になったり。やっぱり、女の人たちがいて、買う客たちが集まってくれば、その人たちが飲み食いする場所が必要ですから。

渡辺 黄金町に限らず、合法・違法は別として、性風俗街を取り巻く街の意識は、必ずしも「浄化」を目指す一枚岩と限らないのは、そうした背景がありそうですね。性風俗が街の賑わいを牽引している側面もあって。ちょんの間は京浜急行のガード脇から県道の間にもあって、廃業した連れ込み旅館の建物もあったはずですが、これも無くなりましたね。

廃業した連れ込み旅館。2011年撮影

横田 通りにもところどころ舗装がないですもんね。川沿いだけじゃなくて、一本陸地側の路地も。意外にこっちに店がわーっと店ができたのは、戦後じゃなくて、1995年の阪神大震災の後。一番流行ったのが、2000年前後くらい。意外と最近なんです。

渡辺 吉原と黄金町は、同じ売春街としてもそれぞれ合法と非合法という大きな違いがありますけど、吉原は合法的に営業するための一つの要件として、営業エリアを囲い込んで限定したので、江戸時代以来、売春の営業エリアに大きな違いが現れてこないんですよね。おおざっぱに言って、昔の遊廓があった場所が、今のソープランド街です。一方、黄金町はそもそも明確な境界線を持たないので、時代によってアメーバのごとく営業エリアが流動的に変わっている。その違いも面白いですね。

横田 そもそも戦後は、この大岡川も、はしけ(運河や港湾内で航行する平底の船舶のこと)がたくさん並んでて、それが簡易宿泊所になってました。ボロボロのイカダにバラックを載せたようなものですね。そこに日雇いの労働者たちが寝泊まりしていました。鮎川信夫に「係船ホテルの朝の歌」という有名な詩がありますけど、陰惨な戦後の朝焼けのはしけのホテルの詩です。伊勢佐木町が戦後進駐軍に接収されたので、川を渡った野毛とかこの一帯は焼け出された人、食いつめて家のない労働者が大量に流入したんです。労働者がおおければ売春街も需要があります。

渡辺 吉原の近くにも、ご存知のとおり山谷という日雇い労働者の街があって、その中にも売春は存在しましたが、個人営業レベルで、売春街を形成するまでには至りませんでした。横浜の戦後には、市内の真金町や曙町に売春街があったにも関わらず、大岡川を挟んで別個の売春街が形成されるというのは面白いですね。横浜のどこか混沌としたところが現れているようで。さて、ギャラリーやアトリエ風に改装された店が見えてきましたね。

横田 あそこが管理しているNPO法人「黄金町エリアマネジメントセンター」の事務所ですね。アポはないですが、ちょっと話を聞いてみませんか?

殺害予告もあった「アートでまちおこし」の10年

横田・渡辺 ごめんください・・・

突如のメガネ40男二人の来訪にも関わらず、快く対応してくださったのは、事務局長の山野真悟さん。

横田・渡辺 お約束もないのに、お時間取らせてしまいまして、申し訳ありません。我々は盛り場の止まり木を探す40男でして・・・(以下略)。

山野 そうですか(笑)。私でお話できることでしたらお話します。

突然の来訪にも関わらずにこやかに対応してくださった山野氏。オフィスは京急の高架下を改築してギャラリーのような雰囲気に。美術大学を卒業した若い人たちがスタッフとして働いていた。

横田 活動を始められてから、確か10年ぐらいですよね。

山野 2005年に浄化作戦があって、アートイベント「黄金町バザール」のオフィスが2007年に開所して、2009年にNPO発足、そして今が10年目です。

横田 私もこのあたりで飲み歩くのが好きですが、正直に申しましてみなさんの活動が「なにやっているか分からない」という声をよく耳にします。

山野 そういう声はね、ときどき聞きますね。もっと言うと、よく思っていないという方と両方。

横田 あの、どちらかというと私なんかは古い盛り場に行く方なので、そちら側からの視点で考えてしまうところもあります。街から「悪所」を完全に消すと周辺の賑わいや人の流れも断ち切れる。それをどう考えればいいかと。

山野 その話は、市長さんにも同じことを言われました。ただ、我々としては、特に私の時代ですけど、命がけでやってましたので、簡単に「暗いところがあってもいいじゃないか」と言われると、すんなり「はい」とは言えないわけですよ。殺されそうになったりしていますので。殺害予告は2回。

横田 いわゆる資金源にしていた人たちからの脅しですか?

山野 まあそうでしょうね。それまでいろんな形でお金を取っていた人たちからすれば、やっぱり迷惑な存在でしょうから。

横田 関東には同じような形態の売春街が今もわずかにありますけど、そこも歴史的に資金源にしている人たちがいて、地元ともある程度話が通っていて残っている。

山野 まあそうですね。そういう意味ではここもほとんど一緒でしょう。すべてを今も浄化できたわけではありません。もともと260軒くらいあって、74,5軒は市が借りうけることができています。市の予算的にはこれが限界。どんどん増やそうというわけには、なかなかいかない。


横田 たしか1億2、3千万円くらいをかけてやっていらっしゃるんですよね。

山野 うちの年間予算がそれくらいかな。オーナーはいろんな人がいて、たとえば高架下は鉄道会社のものです。その家賃を横浜市が払って、というのがこの活動のベースになっている。

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