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日韓併合を憲法学者どう説明しているのか

拙著『憲法学の病』では、今まで誰も論じたことがない地点で、憲法9条2項「戦力」不保持と「交戦権」否認について論じた、という自負がある。ただし今のところ、真面目な法律論の観点からのコメントをいただく機会には恵まれていない。

「『東大法学部の石川健治教授は著作が少ない』とか、よく書けましたね」、といったことは、よく言われる。ただし、その記述は、特に批判でも何でもない。石川教授には憲法解釈論の著作がほとんどないので、学術的な立場の検証が難しい、と書いただけだ。

石川教授に優れた論文がある。ソウル(京城府)にあった「京城帝国大学」に集っていた法学者たちに関する研究である(石川健治「コスモス―京城学派公法学の光芒」、酒井哲哉(編)岩波講座「帝国」日本の学知第1巻『「帝国」編成の系譜』[岩波書店、2006年]所収)。今日でも続く国公立大学法学部教員の人事慣行と同じように、かつて京城帝国大学には、東大法学部卒の学者陣が赴任していた。

帝国大学システムにおける京城帝国大学の地位は高かったため、優秀な教員が多数いた。代表格は、憲法学者の清宮四郎だ。東京帝大で美濃部達吉の下で学んだ。東京帝大の宮沢俊義らと同じで、ケルゼンに造詣が深く、ドイツ法学を基盤にした憲法学をソウルで講義していた。ちなみに清宮は、戦中に東北帝国大学に転任したが、清宮の弟子の一人が樋口陽一である。樋口は、東北大学教授から東京大学法学部教授に異例の転任をした。石川教授は樋口教授の弟子である。つまり石川教授は、清宮・元京城帝国大学教授の孫弟子である。

非常に興味深い憲法学者の系譜である。

今日の日韓関係の対立の根源的な要因の一つは、1910年の日韓併合を「植民地主義」だとする「歴史認識」である。韓国では「植民地支配」の法的効果も否定する立場から、日韓請求権協定に反する元徴用工に関する大法院判決が出た。日本でも、日韓対立の原因をネトウヨとアベ首相に見出す「知識人」たちなどが、https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190827-00000057-yonh-kr  1910年日韓併合の法的効果を否定する立場をとっている。http://www.wadaharuki.com/heigou.html 

この見解は、日本の憲法学の伝統に反している。大日本帝国憲法において、民族の差を理由に、「日本臣民」を差別する条項はなかった。民族的差異と大日本帝国の構成員としての地位は、別の問題であった。大日本帝国は、他民族帝国であった。美談でも、隠蔽でも、何でもない。民族国家が世界標準の原則となる前の時代だった。多民族国家の帝国主義が、まだ国際社会の支配原理だった。つまり「植民地主義」の産物として日韓併合の法的効果をするのは、当時の憲法学の議論には存在していなかった。

それでは戦後の日本の憲法学において、日韓併合の歴史は、どう扱われているのか?

美濃部達吉も、清宮四郎も、宮沢俊義も、日韓併合の効果を疑ったり、「植民地主義」として糾弾したりすることはしなかった。現在の日本の憲法学者たちは、「知識人」たちに抗して、大日本帝国憲法の原理を説いているのだろうか?あるいは全く逆に、「知識人」たちとともに、戦前の日本の憲法学者たちの「植民地主義」を糾弾しているのだろうか。

不明である。

戦後に「護憲派」の旗手の一人となった清宮四郎は、実は戦前の「植民地主義」者だったとして、「知識人」たちから非難されているのか。それとも清宮は、戦後憲法学の「護憲派」の重要人物になったという功績から、「知識人」たちから免責されているのか。

不明である。

別の京城学派の学者の祖川武夫がいる。戦後は東京大学に戻り、国際法を講義していた。寡作だが、日米同盟批判で名高い著作がある。集団的自衛権は違憲=安保法制は違憲だ、という「知識人」たちの運動が巻き起こっていた数年前、日米同盟批判の文脈で頻繁に「(自衛権の)きわどい弛緩」という表現が使われた。祖川の著作において日米同盟批判=集団的自衛権批判のために使われた特殊用語だ。この表現を用いていた「知識人」たちは、祖川・元京城帝国大学教授への忠誠を表明して、「アベ政治を許さない」と叫んでいたわけだ。

独立後に集団的自衛権に基づいた安全保障上を結ぶと「違憲」だが、「植民地主義」にもとづいた「併合」をした防衛体制なら合憲だ、ということなのか。

不明である。

憲法学者の宮澤俊義は、「八月革命」説を唱え、ポツダム宣言受諾時に「日本国民」が革命を起こしていた、と主張した。

ふつうは、日本が、朝鮮半島を放棄したのは、「日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られる」と規定したポツダム宣言を受諾した結果である、と歴史を理解する。

しかし「八月革命」説によれば、そうではない。「日本国民」が「革命」を起こして、朝鮮半島を放棄した。

宮澤は、大日本帝国憲法の原理を講義しており、GHQ憲法草案を目にするまで、大日本帝国憲法のままでも問題はないというような立場をとっていた。大日本帝国憲法第10条「日本臣民タル要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」を受け入れていたということである。ちなみに日本国憲法は、国民(people)に主権が存すると宣言しつつ(前文)、「日本国民(national)たる要件は、法律でこれを定める」とした(日本国憲法第10条)。

宮澤の「八月革命」説にもとづけば、「大日本帝国憲法」における「日本臣民」の一部であった日本民族=「国民(people)」が革命を起こし、他の帝国部分の臣民を切り離した。そして自分たちだけが「日本国民(national)」となる法律を作った。

日本の憲法学によれば、サンフランシスコ講和条約などは関係がない。「八月革命」を起こした日本国民(people)=日本民族が、1945-46年の革命の結果として、「日本国民(national)」の要件を勝手に定めてしまい、朝鮮人たちの国民性を否定した、ということなのではないのか。

こんな学説では、「植民地主義」にもとづく「日韓併合」の法的効果を否定できない。

こう言うと「八月革命説は古い学説ですから」と言い出す人が現れる。それでは新しい憲法学を講じる「知識人」は、きちんと大日本帝国憲法を否定し、清宮四郎を否定し、美濃部達吉を否定し、宮沢俊義を否定しているのか。

不明だ。

日韓関係の緊張関係にともなって「歴史認識」問題が深刻な外交問題にまで発展している。日本の憲法学者のきちんとした見解の表明が待たれる。

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