- 2019年08月26日 14:25
日本の公的扶助制度とセーフティネット――国際比較からみた特徴 - 埋橋孝文 / 社会政策・社会保障論
2/24.日本のセーフティネット
(1)セーフティネットの綻び
湯浅誠氏によると、日本のセーフティネットは、(1)雇用(労働)のネット、(2)社会保険のネット、(3)公的扶助(生活保護)のネットの3種類からなっている(湯浅2008)。
つまり、働くことで得られる所得をもとにして、私たちは日々の生活を営むことができる。しかし、不幸にして失業や病気、事故、あるいは高齢などの理由で働くことができなくなったときには、自らが保険料を拠出してきた失業保険や健康保険、年金保険などの社会保険制度を利用して生活を継続することができる。失業や病気の期間が長くなったり、何らかの理由から保険料を納めてきた期間が短かかったり、そもそも保険制度に加入していなくて保険給付を受け取る資格がない場合には、最後のセーフティネットとしての生活保護に頼ることになっている。
こうしたセーフティネットのかたちは先進諸国ではある程度共通したものであるが、現在、日本ではセーフティネットを構成する雇用や社会保障制度から漏れ落ちていく人々が少なくない。非正規労働者に代表されるワーキングプア、長期失業者、ひとり親、学卒未就業者などである。
非正規労働者は1985年には655万人、全労働者に占める割合は16.4%であったが、10年後の1995年には1000万人を超え(1001万人、同20.9%)、2018年で2036万人、全労働者に占める割合は37.3%となっている。
こうしたなかで、それまでから綻びを見せていたセーフティネットの不備と欠陥がよりいっそう明らかになりつつある。つまり、これまでの日本のセーフティネットは、労働者の3人にひとりが非正規労働者となるような状況を予め想定しておらず、そのためかれらの多くがセーフティネットの恩恵を受けないという状況が生まれてきている。
以下では、日本のセーフティネットの「かたち」を検討し、非正規労働者をはじめとするワーキングプア=低所得者への支援のあり方を考える。
(2)日本のセーフティネットの「かたち」
日本のセーフティネットは国際比較という鏡を通して見た場合、どのような姿をしているのであろうか。
OECDの報告書Benefits and Wages 2007(邦訳『図表でみる世界の最低生活保障-OECD給付・賃金インディケータ』、2008年、以下OECD報告書という)は、加盟28カ国を調査し、社会保障制度と税制、最低賃金制のそれぞれを比較検討している。ここでは、この報告書から浮かび上がる日本の特徴を4つにまとめておく。
第1に、日本の法定最低賃金の水準は低く(28ヵ国中26位)、失業保険の受給期間が短い(28ヵ国中19位)。失業保険給付の水準は平均的な水準にある。
第2に、公的扶助制度は、すでにふれたように、OECDのなかでももっとも「包括的」・「体系的」で生活費の各分野を網羅している。そうしたカテゴリー別の個別給付を合計すると、給付水準はOECDのなかでも上位にあるが、受給者の割合がきわめて低く、その結果、生活保護を受給していない(働いていても貧しい)ワーキングプアが多数存在することになる。
第3に、日本では、そうしたワーキングプアに代表される低所得層に対して、もっとも所得の底上げを期待される「社会手当」の整備が遅れている。このことは、典型的には、日本で住宅給付(これは生活保護のなかの住宅扶助ではなく、低所得層に対する「一般的な住宅給付」のことであり「家賃補助」のかたちをとることが多い)が存在しないことに表れている。

出所)埋橋(2010)
以上を通して、「正規職労働者と生活保護受給者の『狭間』に多数存在する非正規労働者やワーキングプア層への所得保障措置が採られていない」ことがさまざまな側面から示された。
ここで明らかになった光景は、これまで検討してきた生活保護制度やその他のセーフティネットの制度が全体としてもたらす必然的帰結といえよう。比ゆ的にいえば、「安全ストッパー」のない「滑り台社会」のもつ危うさを示している。
安全ストッパーとは、多くのOECD諸国で制度化されているような、第2層の社会保険と第3層の生活保護制度の間にあって、生活保障機能を担う各種社会手当のことを指す。日本のセーフティネットは雇用(労働)、社会保険、公的扶助の3層から構成されているが、第2層と第3層の間の広すぎる隙間を生めるための新たなセーフティネットを導入する必要がある。
参考文献
・埋橋孝文(1999)「公的扶助制度の国際比較-OECD24ヶ国のなかの日本の位置-」『海外社会保障研究』127号
・埋橋孝文(2010)「3層のセーフティネットから4層のセーフティネットへ」埋橋孝文+連合総合生活開発研究所『参加と連帯のセーフティネット:人間らしい品格ある社会への提言』第6章、ミネルヴァ書房
・埋橋孝文編著(2013a)『生活保護』ミネルヴァ書房
・埋橋孝文(2013b)「日本の生活保護・低所得者支援制度-ワーキングプア層への目配り」宮本太郎編『生活保障の戦略-教育・雇用・社会保障をつなぐ』第4章、岩波書店
・湯浅誠(2008)『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』岩波新書
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埋橋孝文(うずはし・たかふみ)
社会政策・社会保障論
1951年大阪府に生まれる。1983年関西学院大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学;関西学院大学)。現在、同志社大学社会学部教授、放送大学客員教授。専攻は、社会政策・社会保障論。
主な著書は、『現代福祉国家の国際比較-日本モデルの位置づけと展望』(単著、1997年)、『比較のなかの福祉国家』(編著、2003年)、『ワークフェア 排除から包摂へ?』(編著、2007年)、『参加と連帯のセーフティネット』(共編著、2010年)、『福祉政策の国際動向と日本の選択-ポスト「三つの世界」論』(単著、2011年)、『中国の弱者層と社会保障-「改革開放」の光と影』(共編著、2012年)、『生活保護』(編著、2013年)、『子どもの貧困/不利/困難を考える Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ』(共編著、2016年、2019年)、『貧困と生活困窮者支援-ソーシャルワークの新展開』(共編著、2018年)。




