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日本の公的扶助制度とセーフティネット――国際比較からみた特徴 - 埋橋孝文 / 社会政策・社会保障論

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1.「最後の拠り所」としての公的扶助制度

公的扶助制度とは、「例外的な困窮に対処し貧窮を軽減しうるように、所得および資産の調査(ミーンズテスト)にもとづいて金銭給付を提供する制度」といわれる。それは「最後の拠り所」であって、わが国では生活保護制度が代表的な公的扶助制度である。この制度は次のような2つの性格をもっている。

第1に、年金や医療などの社会保険制度が、貧困を未然に予防するという役割を期待されているのに対して、公的扶助は「所得および資産の調査」を経たうえで給付される“事後的救済”(「救貧」)である。第2に、その財源が全額公費(税金)であること、このことが「所得および資産の調査」を行う根拠となっている。

本稿では、筆者がこれまで発表してきた論文をもとに、日本の公的扶助とセーフティネットが国際比較からみた場合にどのような特徴をもっているかを整理し、そこから導き出される政策的意味合いを述べる。

図1は、公的扶助支出/GDP(横軸)と統合脱商品化度(縦軸)の関係を示している。統合脱商品化とは、エスピン・アンデルセンが用いた概念であり,老齢や病気,失業などのリスクに遭遇したときに、労働市場に出て働かなくてもすむ程度を示している。同図から、脱商品化度の高い国ほど、国民経済に占める公的扶助の比重が小さいという傾向がみてとれる。なぜそのような国では、公的扶助の必要性が低いのだろうか?

統合脱商品化度は、年金、医療、失業に関わる社会保険制度を対象にして算出され、社会保険給付の広義の「寛大さ(手厚さ)」を測るものである。先に述べたように、社会保険制度は貧困を未然に予防するという「防貧」的役割を期待されているが、これが「寛大」であるならば、結果的に、貧困者を事後的に救済するという救貧的役割を担う公的扶助制度の比重が小さくなるのは当然といえよう。未然に貧困が防がれているのであれば、事後的に貧困を救う必要性は小さくなる。

出所)埋橋(2013a)

先行研究によって、すでに下記のことが明らかになっている。(1)日本の公的扶助の割合(受給人数が人口に占める割合や、公的扶助支出額がGDPに占める割合)が国際比較的に見て低いこと、(2)捕捉率が低いこと、つまり、公的扶助を受けることができる有資格者の中で実際に受けている人の割合が低いこと(20~30%)、である。以下ではそれ以外の特徴について述べる。

公的扶助受給世帯の4大グループは、各国にほぼ共通して、(1)高齢者世帯、(2)疾病・障害者世帯、(3)母子世帯、(4)失業者世帯であるが、日本の場合、母子世帯、失業者世帯(統計上「その他の世帯」として扱われる)の割合がそれぞれ6%、16%と少なく、高齢者世帯、傷病・障害者世帯で全体の77%を占めている(2018年)。大まかにいって、老齢年金や障害年金の充実している国では、高齢者世帯、傷病・障害世帯の割合が小さいが、日本は逆でその割合が高い。

受給世帯全体の中で、いわゆる稼動層(労働可能層)に分類される母子世帯、失業者世帯の割合の低いことが、日本の公的扶助制度の第1の特徴である。日本ではこうした世帯のように労働能力があるとされた場合には生活保護を受けることが難しいのである。

2.日本の生活保護の制度設計

(1)勤労収入と可処分所得

図2は、6つのタイプの生活保護世帯別に、勤労収入が増加するにつれて、可処分所得がどのように変化するかを図示している。

図からは、以下のような興味深いことがわかる。

第1に、生活保護を受けている間 (図2では屈折点を迎えるまでの間)は、子どもがいることによる生計費の増大をカバーするように、生活保護給付は設計されている。つまり、屈折点までは、同じ勤労収入であっても、子1人、子2人いる世帯の方が可処分所得は高い。子どもが一人増えると、生活保護給付も増えるからである。

しかし、生活保護が打ち切られて以降(図2の屈折点の右側)は、そうした生活保護給付がなくなるわけだから、この数による可処分所得の差はなくなる。このことは、生活保護世帯より所得水準が若干高いだけのボーダーライン層では、子どものいることによる生計費の上昇が、かなり生活を圧迫することを意味する。というのも、生活保護を受給している間は、子どもがいることで生活保護給付が高くなっているが、ボーダーライン層ではそうでないからである。

第2に、生活保護を受けている間にも、とくに収入が200万円までは、可処分所得がなだらかではあるが増加している。それは勤労控除制度があるためである。その結果、勤労収入の増加によって生活保護を受けられなくなったときに、却って可処分所得が減少するという、いわゆる「貧困の罠」(poverty trap、働くとかえって可処分諸国が減るため働こうとしないようになること)は観察されない。このような意味で、わが国の生活保護制度は就労促進的な制度設計になっているといえる。

ただし、図2では生活保護給付として「生活扶助」「教育扶助」「住宅扶助」という現金給付のみを取り上げている。サービスを提供する医療扶助や介護扶助を視野に入れると、勤労収入の増加によって生活保護給付を打ち切られた場合に、医療費や介護費の自己負担分が発生するので、事情は変わってくる。つまり、サービス給付を考慮した場合には、「貧困の罠」が存在する可能性は高い。

第3に、子どものいる世帯で、勤労収入が300万円を超えてからは、可処分所得の伸びがないフラットな収入の幅が広くなっている。つまり、勤労収入を増やしても、手元に残る可処分所得が増えないかたちになっている。この幅がもっとも広いのは夫婦と子ども2人世帯である。この世帯では、あまり就労インセンティブが働かないことになっている。

要約すると、国際比較からみた日本の生活保護制度の第2の特徴として、一定の範囲で、勤労収入の増加にともなって、可処分所得が漸増する制度設計となっている。また、現金給付だけを見れば、基本的に「貧困の罠」が存在しない制度設計になっている。

ただし、保護が打ち切られたのちの生活で、生計費の大きな項目となる子育て費用や教育費を考慮した場合には、実質的な生活水準の低下がみられることになる。受給中はこれらの費目も、生活保護手当によってカバーされているからである。さらに、保護受給中には、医療扶助や介護扶助などが現物サービスで提供されているが、保護が打ち切られたのちにはそれらのサービスに対する自己負担分が家計を圧迫することになる。

図2 モデル勤労世帯別可処分所得(いずれの世帯も働き手は1人、年当たり、円)
出所)埋橋(2013a)

(2)「包括的」で「体系的な」日本の生活保護

次に注目されるのは、OECD諸国の中で、日本がフィンランド、韓国、スロバキアと並んで、住宅、医療、教育、就業支援などの、いく種類もの個別(カテゴリー別)給付が支給されることである。イギリスでは日本でいうところの生活扶助だけであるし、オランダではそれに加えてひとり親への付加給付があるだけである。

生活扶助以外の個別給付

フィンランド-医療、家賃、就業のための経費

韓国-医療、教育、出産、葬祭、住宅、自立支援

スロバキア-医療、住宅、就業支援など

日本-医療、介護、住宅、生業、教育、出産、葬祭

もちろん、家賃については多くの国で公的扶助がカバーしているが、日本の生活保護制度の第3の特徴としては、生活保護が8種類もの個別の支出項目をカバーし、そうしたカテゴリー別の個別給付が整い、制度的にはもっとも「包括的」・「体系的」なものになっていることである。

その評価は分かれるところである。やむなく生活保護を受給せざるを得なかった世帯には、パッケージとして一括して細かい支出の項目に沿った手当が支給される。しかし、このことは逆に、結果として医療サービスや住宅、教育などの個別扶助を、単体として得ることが難しいことになる。

また、生活保護基準をわずかに上回る所得のいわゆるボーダーライン層あるいはワーキングプア層には、そうした包括的な手当が得られないことを意味する。これが、日本において、ワーキングプアの問題の解決を困難にしている制度上の理由のひとつである。

3.公的扶助給付の「水準」比較

次に、日本の生活保護給付の「水準」は国際比較的に見るとどのような特徴があるかを検討する。図3は、OECD29ヵ国の「最低賃金」「公的扶助」「老齢最低所得保障(老齢基礎年金)」の水準を比較したものである。

OECD平均で見ると、最低賃金がもっとも高く、次いで老齢最低所得保障、公的扶助等を含む純所得となっている。それに対して日本では、最低賃金と公的扶助の水準がもっとも近接し、また、老齢最低所得保障が公的扶助より低いという少数派(日本、フィンランド、アイスランド)に属している。

図3からわかるように、「公的扶助等を含む純所得」が高いスイス、スウェーデン、フィンランド、イギリス、ノルウェーなどでは、「公的扶助等を含む純所得」と「公的扶助」との間隔が広くなっている(◆を折れ線でつなぐとよくわかる)。日本ではその間隔が狭い。

つまり、日本では最低賃金と公的扶助の水準がOECD諸国のなかでもっとも近接しており、日本の公的扶助「単体」の水準はかなり高いといえる。だが、住宅給付や家族給付制度を考慮に入れた「公的扶助を含む純所得」は、OECD平均で中位にとどまる。「公的扶助等を含む純所得」と「公的扶助」の差額が小さいのである。

こうしたことは、基本的には税を財源とするが、公的扶助のような厳しい所得・資産調査を必要としないいわゆる「社会手当」が日本では未整備で、しかも、その給付水準が低いことから生じる。ここでは詳しくふれることができないが、社会手当の代表は住宅手当(いわゆる家賃補助)である。「公的扶助等を含む純所得」と「公的扶助」の差額部分が社会手当の金額となっている。

以上のことから、日本の生活保護の第3の特徴として、最低賃金や老齢最低所得保障と比べての生活保護の水準は国際的には高いが、しかし、社会手当をプラスした「公的扶助を含む純所得」はそれほど高くないことがわかる。


これまでをまとめると、次のようになる。

日本の生活保護の受給者と金額ベースの割合は、国際的にみて著しく低く、捕捉率も低い。捕捉率が低いことは、本来は生活保護を受給できる資格をもつが、受給していない生活困窮者が多数存在していることを意味する。

制度設計上は8種類の扶助を備え「包括的」、「体系的」であり水準的にも見劣りしないが、子どもの養育、教育に関わる経費や医療などのサービス給付を視野に入れると「貧困の罠」が存在する可能性がある。

また、最低賃金や老齢所得保障の水準が低く、住宅や医療、家族に関わる社会手当の整備がないのが現実である。社会手当は、いわゆるワーキングプア(働いていても所得が貧困線を下回る人々)も受け取ることができるものであるが、実際はその水準が低く、かれらの生活改善に役立っていない。【次ページにつづく】

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