人手不足倒産は日本経済にとって「好ましい」、と久留米大学商学部教授の塚崎公義は説きます。

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人手不足倒産が増えている
人手不足倒産が増えています 。内訳を見ても、「後継者難」が減り、「求人難」など文字通りの人手不足倒産が増えているわけです。
倒産は、当該企業の社長にとっては最悪の事態であり、大変な御苦労と悲しみを抱えておられるでしょうから、同情申し上げます。
しかし、そもそも事業を営むということはハイリスク・ハイリターンに挑むということですから、優勝劣敗で淘汰される場合もありましょうし、不運に見舞われる場合もあるでしょうが、勝者と敗者が出てくることは仕方のないことでしょう。
もちろん、不用意に「好ましい」などと記すのは気が引けますが、日本経済を全体として捉える視点から、敢えてそうすることとします。
まず、人手不足倒産が深刻化するほど景気が良いということを素直に喜びましょう。景気回復によって需要不足型倒産が少なくなっているので、倒産件数全体としては低水準です。
需要不足倒産や、大型倒産に伴う連鎖倒産や、金融危機による「貸し渋り」が招いた倒産などが多発する経済と比べると、人手不足倒産が増える経済は遥かにマシでしょう。
そもそも、人手不足は良いこと
そもそも、人手「不足」という言葉が問題です。良くないことが起きているようなイメージの言葉ですから。企業経営者にとっては困ったことかもしれませんが、労働者にとってはライバルが少ないということですから、嬉しいことなはずです。
失業の恐怖が少ないだけでなく、需要と供給の関係で労働力の価格である賃金も上昇していくことが見込まれます。ブラック企業も社員を引き止めるためにホワイト化せざるを得ません。
そこで筆者は「人手不足」「労働力不足」といった言葉の代わりに「仕事潤沢」といった明るい言葉を使いたいと考えています。もう少しセンスの良い言葉が見つかれば良いのですが。
人手不足なら、日本経済が効率化する
人手不足になると、各社が省力化投資を始めます。たとえば飲食店は、今までアルバイトに皿洗いをさせていたのを、自動食器洗い機に洗わせるようになるでしょう。それにより、日本の飲食業が効率化し、労働生産性が上がるわけです。
高い給料の払えない生産性の低い企業から、高い給料の払える生産性の高い企業へ、労働者が移動するということも、日本経済を効率化させるでしょう。非効率な企業が倒産することによって労働者が移動するとすれば、今回のタイトルどおり日本経済にとって「好ましい」という事になるわけです。
それ以前に、人手不足であれば失業対策の公共投資が不要です。失業対策の公共投資は、労働生産性が低いものが多いので、それが不要になること自体が日本経済全体としての効率化になるわけですね。
倒産企業の労働者にとっても「良いこと」かも
倒産した企業の労働者というと、普通であれば失業して露頭に迷う可哀想な人なわけですが、人手不足倒産の場合には、そうではないでしょう。すぐに次の仕事が見つかるはずですから、失業の心配はありません。
しかも、新しい仕事は以前の仕事よりも条件が良い場合も多いでしょう。これまでの勤務先は、待遇が悪いから労働者が集まらずに倒産したので、その会社から普通の待遇の会社に移るならば待遇は改善するはずだ、というわけですね。
労働者が今まで待遇の悪い会社にいた理由は、ケースバイケースでしょうが、労働者が「情報弱者」で自分の待遇が世の中より悪いことを知らなかった場合や、待遇が悪いことは知っていたけれども、世話になった会社に恩があるので転職を言い出せなかった場合などは、「倒産したからこそ転職できた」ということになるわけですね。
倒産より合併等の方が遥かに良いが……
倒産より、合併や事業譲渡などの方が、日本経済にとっては遥かに好ましいでしょう。倒産は膨大な無駄を生みます。企業の財産である「顧客からの信頼」や「ノウハウ」等が雲散霧消してしまうのはもったいないことです。加えて、まだ使える機械がスクラップ業者に二足三文で買いたたかれたりもするでしょう。
そこで筆者としては、経営者に「倒産前に、事業譲渡等を検討して欲しい」と考えています。経営者としては、最後の最後まで倒産を回避して自分が経営者として会社を立て直したい、という気持ちがあるでしょうから、容易なことではないでしょうが。
もっとも、この点に関して筆者が注目しているのは、増えているとは言っても人手不足倒産の件数自体は非常に少ないということです。たとえば東京商工リサーチによれば、今年1月から7月までで求人難、従業員退職、人件費高騰で倒産した企業は100社弱にとどまっています。
おそらく、多くの企業が事業譲渡などによって倒産を回避した結果なのだと、筆者はこの結果を前向きに捉えている次第です。