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痴漢冤罪、その場から逃げるのはなぜNG?【岩瀬達哉氏書評】

『裁判官が答える裁判のギモン』 日本裁判官ネットワーク・著

【書評】『裁判官が答える裁判のギモン』/日本裁判官ネットワーク・著/岩波ブックレット /660円+税
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)

 午後の比較的空いていた電車の中で、数人の女子高生に囲まれたことがあった。不穏な空気を感じて振り向くと、リーダー格の子が「痴漢だと騒いで、慰謝料を取ろっか」とつぶやき、その隣にいた小柄で華奢な女子は、上目遣いに薄ら笑いを浮かべていた。

 さすがに満員でなかったため、痴漢をでっちあげるのは無理と考えたのだろう。痴漢冤罪の濡れ衣を着せられることはなかったが、彼女たちが一斉に騒いでいたらと思うと、いまでもゾッとする。

 知り合いの弁護士は、痴漢と騒がれた時の対処法を「とにかくその場から逃げること」と言った。しかし裁判官の手による本書は、それがいかに危険な行為であり、取り返しのつかない罪状に繋がるかを教えてくれている。

 裁判官の目から見て、逃げることは痴漢を認めたも同然であり、「ホームから飛び降りるような危険な逃走」は、「鉄道営業法違反」をも構成する。「捕まればほとんど有罪」は免れない。「身に覚えがなければ、やっていないと強く否定し、名刺を相手に渡す、免許証や身分証明書を相手の携帯電話で写真に撮らすなどして身元を明らかにし、逃げ隠れしないことを伝える」。そうしておけば、たとえ裁判になっても裁判官の心証は悪くはならないという。

 夫や妻の不倫によって夫婦関係が壊れた場合、その不倫相手にも「慰謝料の支払い」が命じられるのが一般的だ。しかし、どのような主張と事情が考慮されると、「賠償責任を負うことはない」と判断されるのか。興味深い最高裁判例が紹介されている。

 また、老親を抱える長男が「認知症の父の不動産」を管理する場合、「家族・親族内の財産争いに巻き込まれ」ないためになすべきことは何か。はじめて経験する事態にあって、まごつかない法律知識がふんだんに盛り込まれている。

 市民を守ってくれる法律も、一歩間違えればわが身を滅ぼす壁となる。そんな裁判の恐ろしさと、裁判官の手の内を知るための最適の実用書である。

※週刊ポスト2019年8月30日号

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