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帰国子女から不登校になった私 周囲は気づかなかった心のダメージ

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――その後、高校進学はされたのでしょうか?

 私立中学校だったので高校には進学できるものの、卒業は難しいだろうと伝えられました。

 そこで、フリースクールも含め、いろんな不登校の子が通う場を見学し、通信制高校のサポート校に通うことにしました。

 その学校に決めたのは「ふつう」に戻りたかったからです。制服を着て、毎日通う「ふつう」の高校生になりたいって。

 でも、いざ入ってみると、最初にとまどったのは同級生たちとの会話です。みんなが大好きなアニメや漫画の話にはついていけず、また苦しくなってしまいました。

 ただ、アルバイトを始めてからはバイト先で楽しくすごせたので「私は私でいいんだ」って、少しは思えるようになってきましたね。

 だんだんと体重も戻ってきて、学園で友だちとアニメ以外の話もできるようになり、恋もしました(笑)。

――充実していた時期なのでしょうか?

 いえ、サポート校に通う自分は「ふつうじゃない」という気持ちが強かったです。なんか、悔しかったなあ。

 それで「ふつうになりたい」と思い、高校の在学中から大学進学を目指して予備校に入ったんです。でも目の当たりにしたのは、キャピキャピして楽しそうな女子高生たち。

 それがまた悔しくて猛勉強して偏差値30から大学に入りました。ところが大学入学後も、また友だちはできませんでした。

 飲み会のノリも怖かったし、最初のころは「便所飯」もしていたんです。トイレで食べなくてもって思うけど、ベンチにひとりでいるのを見られるのもつらくて、何百人といる大学内で孤立していました。

――「ふつうになりたい」という気持ちへの転機が訪れたのはいつでしょうか。

 2011年に東日本大震災が起きて、ボランティアを始めたときです。岩手県大槌町へのボランティアツアー参加が契機ですが、最初は親からも反対されました。でも、やりたいことを初めて自分で選んだのが、このときだったんです。

 実際に行くと、活動を通じて人とコミュニケーションをとることにも慣れましたし、私は日本に地元がなかったから、そういう場所ができた感覚もすごくうれしかった。

 大槌町には会社を休んで活動している人、現地でNPOを始めた人など本当にいろんな人がいて、いろんな「ふつう」があることに気がつきました。

 ツアーで出会った人たちとも意気投合し、帰ってきてみんなで学生団体を立ちあげました。その団体の活動のなかで、自分なりの社会との関わり方ができるようになっていった気がします。

 親から精神的に自立したのも、このあたりの時期だったかなと思います。

――現在の仕事に不登校経験は活かされているのでしょうか。

 不登校の経験があったから、今の仕事につながっていると思います。ボランティア活動のあとも「ふつうになりたい」のと、やりたいことがあって大手企業に就職しました。

 結果的にスキルはつきましたが、うまく自分を表現できなかったなと思います。

くり返し失敗した理由

 きっと「こうしたい」よりも、「こうすべき」を無意識に選んでいたから、苦しかったんですね。

 私が思い描いていた「ふつう」は、親の期待や願い、中学校で感じたジェンダーバイアス(社会的・文化的につくられた性差のこと)などからも影響があったと思います。

 それがサポート校に通い、ボランティアをしているうちに、自分に合うことや嫌なこと、「ふつう」とはちがう自分にだんだんと気づけるようにもなってきました。

 私が悩んでいたことは「個人」に問題が帰結されるべきではなく、社会化されるべきだと思います。

 不登校の議論は、親の子育てや学校教育の善悪に論調が偏ることがあります。でも、親や先生を責めても問題解決は難しいですよね。

――とっても同意します。

 私は今、NPOサポートセンターで人材育成事業をしながら、団体内で「N女プロジェクト」を、団体外では任意団体「ALT(オルト)」もたちあげています。

 どちらも、ミッションは社会に存在する「こうすべき」という価値観やジェンダーバイアスを超えて、自分らしい生き方、働き方ができる女性を増やすこと。

 トークイベント・コミュニティづくりや企業との協働事業などをしています。「キラキラじゃない体験」も含めて共有できたら、と。

 親や社会が決めた「あるべき人生」ではなく、多少苦労しても自分がしたい生き方で仕事をえたり、生活ができたりすればよいなと思っています。

 そう考えると、私も自分のリアルを伝えたいなと思いました。「こうすべき」に支配されているなと思うことが今でもあるし、「コミュ障だな」って思うこともあるし、不登校を経験して人目を気にするクセだってまだあります。

 前とちがうのは相談できる人ができたことでしょうか。友人や団体のメンバーはもちろん、摂食障害のときに通っていたカウンセラーとも10年くらいのお付き合いです。

 だから不登校じゃなくなったからすべてがハッピーになったということでもなくて、やっぱり悩みながら生きているというのが本当の私なんですよね。

――ありがとうございました(聞き手・赤沼美里、石井志昂/撮影・矢部朱希子)

■略歴/佐藤祥子(さとう・しょうこ) 1992年生まれ。小学校までをタイで過ごし、中学2年から3年まで不登校。通信制高校を経て大学に進学する。在学中に経験した東日本大震災をきっかけに、東北支援の学生団体を設立。一般企業を経て、2016年よりNPOサポートセンターに所属。人材育成事業や地域の社会貢献活動をコーディネートをするほか、ジェンダーにまつわる課題・女性が生きる・働く上での課題解決をめざすN女プロジェクトと任意団体ALTを運営する。

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