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通過儀礼は大人の責任

愛知県名古屋市の中学校で、ファイアトーチの練習中に、中学2年生の男子生徒の腕に火がつきひどい火傷を負ったことが判明した。*1

学校はこの事故を教育委員会に報告しておらず、保護者からの連絡でようやく事態が発覚したという。 学校は「隠蔽はしていない」と主張しているという。

さて、また学校で危険性の高い行事が行われていることが判明した。

ファイアトーチは主に名古屋周辺の学校で行われている行事で、キャンプファイアーの夜などに、火のついたトーチを振り回すパフォーマンスであるという。

危険性の高い学校行事といえば、以前にも組体操における巨大ピラミッドやタワーが話題になった。

このときに問題になったのは、主に「体育教師を中心とした教員側の巨大ピラミッドへの執着」や「学校行事に感動を求めてしまう、保護者や来賓の傲慢さ」だ。

いわば生徒は「教員や保護者の自己満足のために、やりたくもない危険な行事に動員される、一方的な被害者」という位置づけであった。

しかし、どうも話を聞いていくうちに、ファイアトーチに関しては、組体操のように「生徒は一方的な被害者」と断じることができないことがわかってきた。

どうやらファイアトーチは、生徒の側こそが、率先してやりたがる行事であるらしい。

では、どうして生徒たちはファイアトーチをやりたがるのだろうか?

それはファイアトーチがスクールカースト上位者だけに許された、通過儀礼の場だからである。

ファイアトーチは組体操のような全員参加ではなく、一部の生徒のみが参加できる行事であるという。

こうした行事に参加するのは、身体を使うことに長けた子供、すなわち小中学校においてはスクールカーストの上位者であることが多い。

また、通過儀礼とは、子供が成長するに従い、その肉体を用いて大人であることを示す儀礼のことである。

男の場合は力試しや度胸試し、女の場合は出産が通過儀礼とみなされることが多い。

「ライオンは子供を千尋の谷に突き落とし、這い上がってきた子だけを育てる」という話は通過儀礼のわかりやすい例だし、また今は世界中の専用施設や遊園地で遊ぶことができる「バンジージャンプ」も元々は通過儀礼である。

こうした通過儀礼は、子供たちにわかりやすい成功体験を与えてくれる。

ファイアトーチでの事故がツイッターなどのSNSで拡散されると、その多くは組体操のときと同じ否定的な反応であったが、その一方でごく少数ながらファイアトーチの経験者が、自分にとっていかにファイアトーチでの経験が有意義であったかを語り、1件の事故だけでファイアトーチを否定しないでほしいと語っていた。

今の「ネットで主流な意見に逆らうものはみんな潰してしまえ、自己責任だ」という風潮の中で「ネットの正論」に逆らうのはかなり勇気がいる行為である。

下手をすれば、住んでいる場所や勤めている会社が突き止められ、卑劣な攻撃に遭うことも珍しくはない。

しかし、そうした危険性を知っていても、それでもファイアトーチが自分にとってはいい思い出だったことを主張する人が出てくるというのは、ファイアトーチというイベントを成功させることが、参加した生徒にとっては強い自信となって現れることを示している。

ファイアトーチの通過儀礼としての強度の高さは、やはりその危険性によるものが大きいだろう。危険だからこそ成功すればその自信は確たるものとなる。しかし同時に、危険であるからこそ、実施は十分な身体能力を持つ者に限られる。そして小中学校においては身体能力が高いものは、概してスクールカースト上位であることが多い。

スクールカーストはあくまでも概念に過ぎないが、学校行事としてファイアトーチを行うことで、その生徒がスクールカースト上位であるということは学校公認となる。だからこそ、自信のある生徒は、自ら立候補してでも、ファイアトーチに挑みたがるのである。

しかし、そうした強度を持つことができるのは、結局はごく一握りの生徒だけなのだ。彼らが承認を得るために、スクールカースト上位ではない多くの生徒が犠牲になる。

確かに今回の事故で、腕にひどい火傷を負った生徒は、間違いなく被害者である。しかし同時に、こうした一部の生徒の承認欲求のためにモブ扱いされる、その他大勢の生徒という隠れた被害者を生み出し続けていることも、決して忘れてはならない。

さて、子供はどうしても「成長した自分の身体を使って何かを試してみたい」という衝動に駆られる。

しかし、子供自身が自分で考えて試そうとすれば、必要以上の大きな危険を伴うことになる。

それを大人が管理し「これをすれば、十分な力を示したことになる」と認めるための行事が「通過儀礼」である。すなわち通過儀礼は大人のコントロール下にある。

子供にとって通過儀礼がどうしても必要なのであれば、現代社会に沿った形で通過儀礼は変化させることができる。

ガスや電気で火が安全に管理される時代に、灯油を染み込ませたトーチに火を灯して振り回し、それを「危険な火を自在に扱える立派な大人」と考えることは、あまりに前時代的すぎるだろう。

こうした事件が起きたときに「たとえ危険性があっても、子供にとっては貴重な経験なのだ」などと開き直るよりは、議論を重ねて「より安全性が高く、より排除されるものを生まない、現代に最適な通過儀礼とはどのようなものか」を考える。

それが「大人」である教育者に課せられている役割なのである。

*1:火が中2生徒に燃え移る…学校で野外学習の“ファイアトーチ”練習中に腕ヤケド 学校側「罰当たった」(東海テレビNEWS)https://www.tokai-tv.com/tokainews/article.php?i=93541&date=20190809

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