記事

呆れる歴史解釈

立場や視点が変われば、ものごとの見え方は変わる。
歴史観も同様だ。
コロンブスがアメリカ大陸を発見したというのは、欧州視点では偉業だが、アメリカ原住民から見たら侵略である。

日本と韓国の歴史観が噛み合わないのは、客観性をどうやって担保するかが明確ではないからだ。
とはいえ、韓国側の以下のような主張は、曲解、歪曲しすぎじゃないかと思う。

[寄稿]日本はなぜ韓国を「取り戻すべき故郷」と言うのか : 文化 : hankyoreh japan

こうした日本の矛盾的な態度の裏には、19世紀末から始まった日本の東アジア侵略と文化財侵奪事業があった。日本は、自分たちを大陸から下った天孫民族と自任してきた。韓国を植民地にしたことは、すなわち自分たちの「故郷」を植民地にしたつもりだった。日本は、韓国を越えて満州を経て中国を侵略し、日本民族の北方起源説でこれを正当化してきた。日本は朝鮮半島を自分たちの故郷であり、同時に劣等な植民地統治の対象と見た。過去100年余りに及ぶ日本人の歪曲された韓国観は、こうした自己矛盾的歴史観の産物である。

(中略)

元々、日本の朝鮮半島調査の目的は、日本人の起源を探すためのものだった。当時活動した代表的な学者が、東京大学人類学教室の鳥居龍蔵(1870〜1953)だ。日本の中でも田舎だった四国の徳島県出身である彼は、正規の学校にまともに通った時期がないにもかかわらず、東京大学人類学教室の教授になった立志伝的人物である。彼の成功の秘訣は、まさに日本軍国主義に積極的に応じたことであった。19世紀末から彼は、日清戦争の戦地だった遼東半島を皮切りに、台湾、沖縄、さらにはシベリアまで、四方に無慈悲に進出した日本軍について回った。鳥居は各地域の原住民を調査して、劣等な集団と優越な集団を区分し、その中から大陸から渡って来た日本人の起源を探そうとした。

記事の見出しの『日本はなぜ韓国を「取り戻すべき故郷」と言うのか』という文言は、本文中には出てこないので、著者本人ではなく編集者が挑発的につけた見出しかもしれない。

だとしても、日本人でそんなことを思っている人は、まずいないだろう。
戦前生まれで、朝鮮半島で生まれたのなら「故郷」という認識はあるかもしれないが、現在生きている日本人にとって、朝鮮半島は故郷でも何でもない。

なにを勘違いしているのか?
時代錯誤もはなはだしい。

また、鳥居龍蔵を日本軍の手先のように書いているが、そうでもなかったようだ。
詳しくは、

鳥居龍蔵 – Wikipedia

ただし、鳥居は日本の植民地政策に積極的に加担したわけではなく、もっぱら調査をもとめたその結果が日本の拡大政策と一致したという評価である。その一端は「私たちが蒙古に来たのは軍国主義の使命を果たすためでなくて、蒙古人に親しみ文化的に彼らを教育すると共に、私の専門とする人類学・考古学をこれから研究せんがためであった」などの表現にあらわれている。

または、

民族学フィールドワークの先覚者 鳥居龍蔵とその世界

鳥居は、1895明治28年の遼東半島の調査以来、大正、昭和と半世紀にわたり、台湾・西南中国・朝鮮半島・旧満州・モンゴル・東部シベリア・樺太・千島列島、南米など広範囲におよぶ大調査を敢行したわが国の人類学・民族学フィールドワークの先覚者です。調査の内容は、自然人類学・民族学から考古学・民俗学・歴史学と多岐にわたっています。真のアジア文化を求め、その基層と広がりを探し、未踏の鉱床を求めてアジアを走破した壮絶な生涯を送ります。

……に、書かれている。

鳥居は朝鮮ばかりを調査していたわけではなく、東アジアを広域に調査していたという。日本側の紹介記事を読む限り、根っからの学者肌であり、純粋な探究心を当時の軍や政府に利用されたのだろう。科学者や技術者も、当時は軍に利用されていたのだから、無理からぬことだったようにも思う。

記事中に出てくる写真についてだが……

[画像をブログで見る]

ここに掲載したのは、大元の「東京大学総合研究資料館標本資料報告」から引用。こっちの方が鮮明なので。

韓国紙の記事中のキャプションには……
日本軍憲兵とともに遼東半島の遺跡を調査する鳥居龍蔵(右側)=カン・イヌク氏提供//ハンギョレ新聞社
……とあるが、大元の写真は複数枚の連続写真となっていて、そのキャプションは……

写真番号 3016
遼陽陸軍兵站病院敷地内の発掘現場。遼陽滞在中、「伊藤軍医」が突然訪れ「病院敷地内で磚が一列に敷かれたような跡があるので調べて欲しい」と言った。発掘してみると磚墓であった、というのが発見のいきさつである。右が鳥居。左端の赤十字の腕章をした人物が「伊藤軍医」か。

写真番号 3062
遼陽陸軍兵站病院敷地内の発掘現場。3016とちょうど逆のアングルで撮影したもの。遠くに見える塔は、遼陽の西城壁の外にある磚塔(いわゆる白塔)。遠の聖宗・興宗のころ(10世紀末~11世紀初頭)のものと鳥居は判断している。

写真番号 3021(上記の写真)
遼陽陸軍兵站病院敷地内の発掘現場。右端が鳥居。

よく見れば、真ん中の人物は十字マークをつけた医療班であることがわかる。
つまり、鳥居は憲兵と一緒に調査しているのではなく、調査を依頼された場所が遼陽陸軍兵站病院敷地内だったというだけにすぎないと思われる。
これは恣意的な曲解だろう。

場所についても、韓国紙は「遼東半島」としているが、大元のキャプションでは「遼陽」となっていて、遼陽は遼東半島ではなく、内陸側にある。歴史的な史実を述べるときには、地理的な正確性は重要なポイント。

もうひとつの写真では……

[画像をブログで見る]

朝鮮総督府の要請で韓国を調査するために来た鳥居龍蔵(立っている人)とその一行。背後の建物は景福宮=カン・イヌク氏提供//ハンギョレ新聞社

……ということなのだが、背景は景福宮のようだが、写っているのが鳥居かどうかは確かめられなかった。この写真がほかには出てこなかったからだ。

立っている人物が鳥居だとすると、メガネをかけているように見える。鳥居の晩年の写真ではメガネをかけているのだが(おそらく老眼)、1枚目の写真がそうであるようにメガネをかけている写真は少ない。
とすれば、晩年の写真か?
第七回朝鮮調査(1932年・62歳)あたりか?……不明。

史実はひとつなのだが、残された資料が断片的だから、解釈のしだいでいかようにも変わる。
使われる写真のキャプションが違えば、意味の違う写真になってしまう。

日本人から見れば、この記事に書かれていることはめちゃくちゃだし、説得力は乏しい。
しかし、韓国人から見れば、「なるほど、そういうことか」と正論になってしまうのだろう。

繰り返しておくが、

韓国を「取り戻すべき故郷」などとは、微塵も思っていない。

それだけは明言しておく。

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