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京アニ放火殺人事件 なぜ「原画サーバー」は奇跡的に焼失を免れたのか? “火災調査のプロ”元東京消防庁防災部長が注目した1枚の写真 - 広野 真嗣

 アニメ製作会社「京都アニメーション」に対する放火事件で犠牲者35人のうち10人の名前が公表され、深い哀しみが広がっている。だが悲痛な空気に包まれている中、かろうじて前向きなニュースも届いている。

【写真】元東京消防庁防災部長が注目した1枚の現場写真

 1つは凶行に及んだ青葉真司容疑者が意識を回復したことだ。容態は予断を許さないが、回復が進めば捜査当局による事情聴取を通じて動機が解き明かされる可能性が高まり、裁判を通じて罪を償わせる道につなげられる。

 そしてもう1つは、スタジオ1階の室内にあったサーバーが焼損を免れていたことだ。

消防の指揮隊長を絶句させたほどの猛炎

 サーバーは製作スタッフたちの手作業や情熱の精華である原画や絵コンテなどのデータを保存していたものと見られる。大量の黒煙を吐き出していたあの猛炎の映像を目にした者からすると、半ば信じがたい奇跡にも思えた。

2階東側(正面) ©広野真嗣

 青葉容疑者がぶちまけたガソリンに引火した火の玉は、現場に最も早く到着した57歳の指揮隊長をして「経験したことがない」と絶句させたほどの業火となって3階建て約690平方メートルをほぼ全焼した。実際、製作に用いられてきた多くのパソコンは原形をとどめないほど甚大な被害を受けたが、このサーバーに限って被害が及ばなかったことになる。

 その主因を新聞は〈サーバーは全焼した3階建てスタジオの1階に(略)周囲をコンクリートに覆われた部屋にあったこと〉(朝日新聞7月30日付夕刊)と書いている。

 だが現場の焼け跡を実際に歩いてみると、1階はもちろん、40以上ある窓という窓から黒煙が吐き出された痕跡を見出すことができるほど苛烈な状況である。一体何がサーバーを救ったのだろうか。

謎を解く手がかりとなる1枚の写真

 長年火災調査に携わってきた元東京消防庁防災部長の伊藤克巳氏は「高温の火はさほど長い時間は続かなかった」とみる。手がかりは火災後に撮影した1枚の写真だ。

「今回の火災は気化したガソリンが火の玉になって3階層の建物中に一瞬で広がったと見られます。よく燃えている屋内階段に近い2階の窓に着目すると、ガラスは割れ、アルミ製らしきサッシ枠が焦げている。ただよく見るとそのアルミの枠は溶け落ちるに至ることはなく、残っていることがわかります。アルミは融点が660度なので、仮に高温の炎に10分間も煽られると完全に溶け落ちる性質がある。サッシ枠が残っているという事実からすると、そこまでの高温に長く晒されずに済んだと見受けます」

 確かにほかの窓に目を移して見ても、3階の一部を除きほとんどの窓枠は残っている。

「こうした状態を総合的に見ますと、消防隊が到着した時点で内部から炎は猛烈に出たとはいえ、ガソリンを材料とした高温の炎は長く持続はしなかったのではないでしょうか。

 一般の家庭でも燃えやすいものが多いとこうしたアルミ枠の上から3分の1ほどの部分が溶け落ちることが少なくありませんが、今回は多くの窓でアルミ枠が残っている。ピークの炎が続いたのは出火から10分間ほどで、その後は勢いが衰えたということが推認されます」(伊藤氏)

 多くの犠牲者を一瞬で一酸化炭素中毒に陥れた猛煙は、現場に駆けつけた消防隊員を容易には近づけさせず、早期救出の可能性を奪った。そして間もなく、燃やし尽くす材料や空気を失い火勢を落としたというのだ。

高熱の火の玉と気体は上層部に向かう

 さらに室内の位置も重要だと伊藤氏は続ける。

「高熱の火の玉と気体は同じ室内でも上層部に向かいます。そこで部屋の上の方にあるものを輻射熱で焼きますが、焼け落ちた後は室内の空気が足りなくなり、その落下した残渣物よりも下にあるものはそれ以上に温度が上がることはなく焼損を免れやすい」(同前)

 サーバーがどの部屋のどの位置にあったかは不明だが、こうした複合的な要素が積み重なって、幸運にもデータを回収できるほどの状態で残されたというのである。

貧困層が引き起こすテロリズムは新たな局面に入った

 青葉容疑者の動機は、まだはっきりしていない。だが、さいたま市郊外の家賃約4万円のアパートに暮らしており、生活保護を受けていたという情報もある。幼くして両親が離婚し、犯罪に手を出した末に貧困生活を強いられた経緯から、その心の内側に溜め込んだ憤懣を一方的な思い込みで京アニに振り向けたようだ。

 掲示板サイトには昨年9月から11月にかけて、「アイデアをパクる貴様らだけは絶対に許さん」「爆発物もって京アニ突っ込む」などと、青葉容疑者と共通した特徴を持つ憎悪を書き込んでいる人物がいたことが指摘されている。この時期は、平日の深夜に室内から繰り返される騒音について、近所から警察への相談が相次いでいた時期とも重なる。

 こうしたサインが青葉のものかは確定できない。暴発のサインを事前に見出し、あるいは抑止する方法が、警察や行政にあったのか、なかったのか。その検証は、今後注目されるポイントとなる。

 前出の伊藤氏は現在、核兵器や化学兵器も含めた国民の危機管理を考える自衛隊OBらによるNPO法人「NBCR対策推進機構」(東京都)の特別顧問も務めており、その立場から今回の放火事件を通じて、貧困層が引き起こすテロリズムは新たな局面に入ったことを指摘した。

 筆者は〈京アニ火災「令和新型テロ」の悲劇〉と題したレポートを「文藝春秋」9月号に寄稿し、その中で伊藤氏の見解も記した。日本社会の貧困層が拡大する中で引き起こされる構造的リスクについて、一から考え直すべき時期に差し掛かっているように思えたからだ。
 

(広野 真嗣/文藝春秋 2019年9月号)

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