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【読書感想】独ソ戦 絶滅戦争の惨禍

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 権力を握ったヒトラーは、国防軍の再軍備を開始し、アウトバーンの建設などの公共事業を進め、不況からの脱出を目指したのです。
 しかしながら、軍備拡張と国民の生活を豊かにする、という「二兎」を追うのは現実的には難しい。
 それでも、第一次世界大戦の末期に国民生活の逼迫から革命が起こり、帝国が崩壊した経験から、ドイツ国民に犠牲を強いるリスクをナチスは知っていたのです。

 第2次世界大戦でのドイツの侵略は、ヒトラーの野心によるものだと考えられがちだけれど、実際は、内政的、経済的な問題が大きかったのではないか、と著者は指摘しています。

 外交ではなく、内政において「危機」が生じたのである。通常、こうした場合に取られる対応は、軍需経済への集中を緩和し、貿易の拡大をはかるか、逆に、より厳しい統制や国民の勤労動員強化でしのぐかのいずれかであろう。ところが、「大砲かバターか」ではなく、「大砲もバターも」の政策を選んだナチス・ドイツ政府には、どちらの措置も不可能だった。

 結果として、彼らは、第三の選択肢へと突き進んでいく。他国の併合による資源や外資の獲得、占領した国の住民の強制労働により、ドイツ国民に負担をかけないかたちで軍拡経済を維持したのだ。むろん、そうした内政的要因に推進された領土拡張政策は、他国との紛争をエスカレートさせていくものだが、ナチス・ドイツは「危機」克服のため、戦争に突入せざるを得なくなっていたのである。

 こうして、第二次世界大戦ははじまった。やや折衷論的な説明が許されるならば、ナチス・ドイツは、独裁者ヒトラーの「プログラム」とナチズムの理念のもと、主導的に戦争に向かうと同時に、内政面からも、資源や労働力の収奪を目的とする帝国主義的侵略を行わざるをえない状態に追いつめられていたのだといえよう。

 事実、フランスなどの諸国を制服したのちのドイツの占領政策は、資源や工業製品の徴発、労働力の強制動員といった点を強調したものとなる。そのおかげで、ドイツ国民の生活は、戦時下であるにもかかわらず、1944年に戦争が急速に攻勢に傾くまで、相対的に高水準を維持していた。

 彼らは、初期帝国主義的な収奪政策による利益を得ていることを知りながら、それを享受した「共犯者」だったのである。

 戦争責任をヒトラーに集中させることで、戦後のドイツはなんとか平常心を保とうとした面はあるとしても、ドイツの国民がナチスの政策から受けていた恩恵についても、著者は言及しているのです。

 ドイツでは、占領地から収奪した物資を本国に移送することにより、敗色濃厚になるまで、戦時下でも人々は比較的豊かな生活をしていたのです。

 おそらく、「共犯者」なんて意識はなかったとは思いますが、この戦争に負けてしまえばいままで得てきたものが失われる、あるいは、奪ってきた相手から復讐される、という恐怖感はあったのではないでしょうか。

 この新書を読むと、独ソ戦のかなり初期の頃から、ドイツ軍は個々の戦闘には勝利しても損害が激しく、ソ連に短期間で勝つのは難しい、あるいは勝てない、と悟った軍人も少なからずいたようです。

 この激烈な消耗戦は、途中からは、どちらもフラフラになり、決定打を出す力もなくなっているのに、だからこそ決着がつかずにリングから降りられずにパンチを撃ち合っているボクサーの勝負のようになってしまいます。
 それでも、ドイツには、というか、ナチスが権力を維持していくためには、「戦って、奪い続ける」しかなかった。

 著者は「終章」で、独ソ戦について、こう述べています。

 ドイツが遂行しようとした対ソ戦争は、戦争目的を達成したのちに講和で終結するような19世紀的戦争ではなく、人種主義にもとづく社会秩序の改変と収奪による植民地帝国の建設をめざす世界観戦争であり、かつ「敵」と定められた者の生命を組織的に奪っていく絶滅戦争でもあるという、複合的な戦争だったことが理解されるであろう。

 最初、対ソ戦は、通常戦争、収奪戦争、世界観戦争(絶滅戦争)の三つが並行するかたちで進められた。しかし、この三種類の戦争が重なるところでは、国防軍による出動部隊の支援やレニングラードへの飢餓作戦などの事象がすでに現れていた。

 続いて、通常戦争での優勢が危うくなると、収奪戦争と絶滅戦争の比重が大きくなる。さらに敗勢が決定的になり、通常戦争が「絶対戦争」に変質した。しかも、それは、絶滅戦争と収奪戦争に包含され、史上空前の殺戮と惨禍をもたらしたのである。

 これに対し、ソ連にとっての対独戦は、共産主義の成果を防衛することが、すなわち祖国を守ることであるとの論理を立て、イデオロギーとナショナリズムを融合させることで、国民動員をはかった。

 かかる方策は、ドイツの侵略をしりぞける原動力となったものの、同時に敵に対する無制限の暴力の発動を許した。また、それは、中・東欧への拡張は、ソ連邦という、かけがえのない祖国の安全保障のために必要不可欠であるとの動機づけにもなったのであった。

 日本でも、みんな「知っている」けれども、何を知っているかと問われると、第二次世界大戦のターニングポイントとなり、ヒトラーが負けた戦い、というくらいに留まってしまう「独ソ戦」。
 それを新書一冊で概観できる、かなりの労作だと思います。

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