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昭和天皇の写真を焼く行為が表現の自由? そうですよ 但し、共感を得るかどうかは別問題

あいちトリエンナーレ2019の問題では従軍慰安婦像と並んで、昭和天皇の写真を焼く行為の写真の展示についても注目が集まりました。

 昭和天皇の写真を燃やす、その灰を足で踏みつけるという映像だそうです。

 これが芸術(アーチ)か、政治的主張に過ぎないのか、それはどうでもいいです。あいちトリエンナーレ2019の問題としてではなく、これに対する批判は、右翼勢力から不敬であるかのような批判も上がっていますが、こうした批判は極右や右翼だからというだけではなく、単純に見ていて不快だということもあるだろうし、種々の意見があり得るところです。

 まず、大前提にすべきは、これは表現の自由の範ちゅうに属するものということです。昭和天皇に戦争責任があるのは当然で、その責任の中核は大日本帝国憲法に規定された最高権力者だったということであり、その責任は重いものがあります。重臣たちに欺された、だけは済まない歴然たる影響力があったわけですから、その責任が免責されようはずもありません。戦後も日本国憲法の下では象徴という特殊な地位にあり続けました。

 そうした立場にあった昭和天皇の責任を問うという表現方法として写真を焼き、その灰を足で踏みつけるという映像表現は明らかに表現の自由の範ちゅうです。

 表現の自由から外れるという論理こそあり得ません。同時にこれを特に禁止する(違法とする)ことを正当化できる論理はなおさらあり得ません。それはあってはならない表現規制です。

(あいちトリエンナーレ2019における展示の是非の問題ではないということはご留意ください。これは表現の自由の範ちゅうで考えるべき問題ではありますが、内容規制の問題とは別です)

 日本の刑法では外国の国旗を毀損した場合には親告罪ではありますが、刑罰の対象となっていますが、日の丸を毀損しても何の罪にもなりません。日の丸を焼き捨てようが犯罪になることはないのは、表現の自由という観点からは当然のことです。そうした意思表示を禁止するということは日本国憲法の精神かはら背理なのです。

 もっとも、こうした表現が多くの人に好感をもって受け入れられるかは別問題です。

 表現としてはある種の過激表現であり、昭和天皇の戦争責任を訴える上で有効な表現かといえば、そうはならないでしょう。表現の自由の範ちゅうではあるが、決して共感はされないということです。

 今の政治状況からいえば、「令和」を公表した菅義偉官房長官が「令和おじさん」などと言われてもてはやされている政治の惨状をみればわかります。天皇制の最悪の政治利用ですが、他方で、それは「令和おじさん」を陶酔(?)している有権者が結構いるという中で成り立っている天皇の政治利用です。こうした政治状況の中で昭和天皇の写真を燃やすなどという行為が受け入れられることはありません。

 こうした行動(表現)は、天皇制のあり方に疑問を持ちながらも国民の中にそうした疑問が拡がっていかないことへの苛立ちでもあり、ある種の自己満足というべきものです。

 政党、特に野党がこうした表現行為を支持するなどということはあり得ないし、表現の自由としては保護されるという擁護以上のものはあり得ません。

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 一部の過激思想の持ち主たちなどを中心にネット界では一定の支持を集める過激表現ですが、実際の政治を変えていくために訴えなければならない対象となる人たちは、こうした過激思想の人たちではありません。

 そもそもこうした人たちの過激思想こそ、政治を変えていくためにまとまっていくことを妨害する役割しか果たさず、かつて、中核派や革マル派が過激になればなるほど、体制側にとって都合が良かったということと全く同じ構造になります。

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2019年8月13日撮影


 なお、あいちトリエンナーレ2019の作品としての是非ですが、そういった作品も含めて、今回の展示は表現の自由としては保障されるべきものであり、それを力で潰すなどということはあってはならないことです。

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 2016年12月にも札幌でも同様の事件がありました。これは札幌市の施設を使った極右のパネル展(従軍慰安婦は捏造)ですが、反ヘイト集団が札幌市に対して潰せと騒いでいた事件です。

 このときは、私は札幌市が施設利用を許可した姿勢を支持する立場で、北海道新聞にもコメントしました。

「慰安婦は捏造」パネル展を札幌市の施設で開催することの是非 利用を認める市の立場を支持する

 どこまで共感を得るやり方を取れるのかは、まさに津田大介氏の手腕でしたが、津田大介氏についてもどうかと思う部分もあったことも事実でしょう。

 いずれにせよ、こうした表現行為によって誰に対して何を訴えるのかを抜きにした表現行為に意味がないどころか、マイナスにもなるということを自覚してこその表現行為ということになります。

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