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広島・長崎原爆の基本的歴史事実

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 広島、長崎原爆が投下されてから今年で74年になる。毎年この時期になると原爆特集が組まれるが、年を追うごとに報道量が減っていく。今一度、あの二つの原爆投下についての基本的歴史事実の確認が必要だ。

【1】1930年代、原爆研究で最も先行していたのはドイツ。ではなぜドイツは核研究に挫折したのか?

 私たちは歴史を後から振り返っているので、あの忌まわしい、アメリカ軍による二発の原爆投下が周到に準備された計画の結果であると思っている。しかし、アメリカによる原爆開発計画「マンハッタン計画」は、1930年代に最も核研究で先行していたドイツに対抗するために行われたものだ。

 ドイツの物理学者、ヴェルナー・ハイゼンベルク博士らを中心に、ドイツでは核研究が世界最先端の設備と人員を投じて行われていた。1933年、ヒトラー内閣が成立し、ヒトラーが瞬く間に全権を握る(同年、全権委任法)と、その前後、ユダヤ人系物理学者のほとんどがアメリカに亡命し、大統領(F・D・ルーズベルト)に対して、ドイツの核開発の危険性とアメリカでも対抗措置としての核開発の必要性を直訴した。

 こうして漸く、アメリカ政府は重い腰を上げ、核研究に取り組み始めたのである。

 よくヒトラーが、「原爆はユダヤ人の技術だから研究する必要はない」と言って核研究を中止したとされるが、これは事実ではない。ドイツの核研究は1939年9月から始まる第二次大戦後、前掲のヴェルナー・ハイゼンベルク博士らを中心に、非ユダヤ系物理学者の元着々と進められた。しかし、結局、ナチスドイツが核爆弾を製造することはできなかった。なぜか?

 実は原子爆弾の製造には、ウランやプルトニウム等といった根本的原材料のほかに、「重水」と呼ばれる材料が必要である。重水は、原子炉の減速材に用いるもので、いくらウランがあってもこの重水が無いと原爆は完成しない。

 ドイツは、核研究を進めるうち、この重水の生産工場を当時占領していたノルウェーに建設していた。ところが、1943年2月にこのノルウェーの重水工場が、連合国の特殊部隊によって爆破され、重水の生産が不可能になった。連合国がドイツの核研究を事前に掴み、ナチス占領下のノルウェーで実行した破壊工作の成果であった。

 1943年2月と言えば独ソ戦開始から約1年半が過ぎ、第二次大戦の天王山ともいえるスターリングラード攻防戦で、ドイツ第六軍の包囲殲滅が起こり、ドイツが攻勢から防勢に立たされることとなった分かれ目である。ドイツはいつ完成できるか、めどの立たない核開発を続ける余裕はなく、この段階で核計画を断念した。

【2】3発の原子爆弾を作ったアメリカ

筆者制作

 このような中、アメリカによる核開発「マンハッタン計画」は、アメリカ西部・ニューメキシコ州のロスアラモスに、当時最高の人員と莫大な予算を投じて進められる体制が着々と整っていった。

 結局、アメリカは「マンハッタン計画」で、3発の原子爆弾を作ることに成功した。1発目はトリニティ、2発目はリトルボーイ、3発目はファットマンである。この3発の爆弾は、いずれもトリニティとファットマン、リトルボーイの2種に大別されるから、ここで少し解説する。

 上記の図を見てわかるように、3発の原爆はプルトニウム爆弾か、ウラン爆弾か。臨界方法が爆縮型か砲弾型か、で全く異なっている。1945年7月、ニューメキシコ州の砂漠で行われた世界始めての原爆実験は、この3発のうち、トリニティを使用して行ったものだ。

 なぜトリニティの実験が必要だったのかというと、全方向から均等に圧力をかけてプルトニウムを臨界させる―爆縮型という方が、技術的に極めて難度が高いからである。一方、ウランAにウランBを打ち込むことによって臨界に達する単純な砲弾型のリトルボーイは、実験をしなくとも「絶対に爆発する」ことが明確であったため、実験の必要はないと判断されたのである。

 ちなみに、いま現在、世界にあるすべての核爆弾はトリニティ、ファットマンと同じ爆縮型でのプルトニウム爆弾である。なぜリトルボーイ形式の核爆弾が採用されないのかというと、リトルボーイ型の砲弾式では、臨界の瞬間、臨界していない反対側のウランが吹き飛び、全量を効率的に臨界させることができない「無駄の多い核爆弾」だからである。

【3】原子爆弾投下に人種差別的要素はあるか?

原爆ドーム(旧産業奨励館)、pfotoAC

 よく言われるように、広島・長崎への原爆投下は、日本人(有色人種)に対する人種差別が背景にあった―という論は本当なのだろうか。答えはノー、である。【1】で述べたように、アメリカの核開発はナチス・ドイツへの対抗であって、日本を念頭に置いたものでは全くない。

 歴史にIFはないが、もし1945年8月の段階でドイツが降伏していなかったら、アメリカは広島型(リトルボーイ)をドイツに、長崎型(ファットマン)を日本にと、1発づつ使い分けていたはずだ。なぜなら、当時のアメリカが懸念していたのは、原爆を投下したものの、それが不発に終わり、敵軍に爆弾の内部を分解されて技術力を盗まれることを恐れていたからだ。

 だから、「絶対に臨界・爆発する=砲弾型」はドイツへ、ファットマンは日本に投下されていたとみるのが妥当である。爆縮型という、当時まだ極めて高度な技術を用いたファットマンを、念には念を入れてニューメキシコの砂漠で実験したのは、まさしくこのように「もし不発だった場合、核技術が盗まれる」というアメリカの憂慮を反映したものだったからだ。

 そもそも、第二次大戦中、アメリカ軍がドイツ本土に投下した爆弾の総トン数は約160万トン。対して日本は15.5万トン。日本の10倍以上の爆弾の雨を、ドイツ国民は喰らっている。有色人種に対する人種差別があったのなら、ドイツに対しては爆撃の手加減を加えるはずだが、実際はドイツに対するアメリカ軍の爆撃は日本の10倍激しかった。戦争とは、これほどまでに人間の正常な感覚を狂わせるものなのである。

 だから、「もし」1945年8月の段階でドイツが降伏していなかったら、「確実に爆発する」リトルボーイはドイツのどこかの都市で炸裂していただろう。

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