- 2019年08月09日 17:50
「なんで生きているんだろう」と手首を切った 面前DV、暴力、性的虐待。一時保護所も「職員は威圧的」。施設は虐待なく、勉強もできた〜生きづらさを感じる人々28 奈々美の場合
1/2東京都の児童相談所が運営する一時保護所について、第三者委員が「過剰なルール」であり、「人権侵害」だと指摘していたことを朝日新聞(2019年7月18日)が伝えた。一時保護所での過剰なルールは私も取材で聞いたことがある。奈々美(24、仮名) もその一人だ。父親が母親に暴力を振るった場面を目撃した「面前DV」という心理的虐待と、母親からの虐待、兄からの性的虐待の被害を受けた。しかし、奈々美の言葉で言えば、「運良く、(児童福祉の)サポートを受けることができた。
●「面前DV」。母親が父親に殴られる姿を見る
「父は母に対して暴力を振るっていました。怒るときは一気に爆発するんです。自分の考えは正しいって思っているようです」
奈々美(24、仮名)は幼少期からずっと、父親の暴力を見てきた。いわゆる「面前DV」だ。4歳のころ、父親が母親を階段から突き落としたことがあった。
「すごい音がしたんです。母が倒れていました。母は『見ないふりしていいよ』と言っていました。きっと喧嘩をしていたんだと思いますが、理由はよくわかりません。そのときの私にとっては衝撃的でした」
奈々美にとっては2人とも親である。父親は子どもには手を出さず、優しかった。また、奈々美は、母のことも好きだった。そのため、板挟みになっていた。父親といるときは母親の悪口を聞き、母親といるときは父親の愚痴を聞く。そんな生活が続いた。
あとで知ることだが、母親は、双極性障害、いわゆる躁うつ病だったようだ。優しいが、話しかけにくい雰囲気があった。
「母親はもともと鬱傾向があったようなんです。だから、躁うつになったのは結婚後だったのではないか、と思えます。母はよく、『本当はあの人とは結婚したくなかった』と言っていました。職場の人に無理やり見合いをさせられて、結婚したと言っていました。好きな人がいたようなんですが、反対されたそうなんです」
●離婚によって、母親が暴力的になっていく
小学生になると、母と兄と3人で暮らすようになった。母は精神疾患を抱えながら、シングルマザーになった。苦労はしたようだが、母親はこの頃から、子どもに対して暴力的になっていった。
「殴ったり、叩いたり、暴言がありました。物を使って叩かれることもありました。髪を掴んで引きずり回されることもあったんです。理由は、『反抗した』というものです。母はすぐにヒステリックになって、いきなり爆発するんです。ご飯を食べるのが遅かったり、宿題をしなかったり、片付けをしなかったり、ちゃんと返事をしないと、そうなります」
母親からは暴力を受け続けた。小学5年生のとき、皿洗いをしている最中、皿を落としてしまった。なぜかそのときに鼻血が出て、びっくりしたからだ。母親に「早く、片付けなさい」と言われた。そのとき、奈々美の頭に浮かんだ言葉がある。
「なんで生きているんだろう」
「死にたい」
そう思った奈々美は、その割れた皿で手首を切った。生きている意味がわからなかったからだ。

●父親の面会交流時に、兄からは性的虐待を受ける
一方、兄からは見下されつつ、性的虐待を受けることになる。離婚した父親とも月1回の面会があった。兄と2人で父親の家に宿泊していた。父親は2人の子どもが遊びに行っても、睡眠薬を飲んで、早く寝る生活だった。兄とは客間で寝ていたが、次第に、体を触られるようになった。
「ほぼ毎回触られるか、触らされるか、でした。触られるときは、起きてはいたんですが、怖くて何も言えませんでした。最初は意味がわかりませんでした。でも、兄のことを嫌いじゃないので、それで仲良くなれるのなら、と思ったこともありました。機嫌が取れましたので。でも、途中から脱がされるようになり、エスカレートして、挿入されそうになったんです」
兄の性的虐待がやむきっかけは、母親に相談したことだ。学校での性教育で、生理のことを知り、妊娠してしまうのではないか、との不安からだった。奈々美は、児童相談所に一時保護されることになる。
「このとき、兄は中学生です。怖くて、母親に言ったんです。しばらくすると、どういう経緯からかはわからないですが、保護されました。兄は児童擁護施設で生活するようになりました」
実は母親は、兄の性的虐待の場面を目撃したことがあった。親子3人で川の字になって寝ていたが、母親がトイレでいなくなった時に、兄が手を出したことがあった。母親は兄を怒ったが、虐待が続いているかは知らなかったのかもしれない、兄はなぜ、そんなことをしたのか。
「反抗したら殴られました。理由は気まずくて、兄には聞けません。児相でも掘り下げられることはなかったようです。児相の人は『若いから』と言っていました」
小学6年生のときだ。兄と別れて暮らすということは、母親と2人で生活をすることになる。すると、母親の、奈々美への暴力はエスカレートすることになる。兄がいなくなり、奈々美ひとりが標的になったからだろう。
「誰にも言えませんでした。インターネットもなかったので、調べられませんでした。他の家がどういう親子関係なのかもわからなかったので、特に異常だとは思っていたなかったですね。この関係しか知らないのですから」



