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事件報道の『実名』『顔写真』~取材過程公開に耐えられる報道を~

京都アニメーション放火事件を受けて、被害者の名前、顔写真を公表することの是非が議論を呼んでいます。

ほとんどの報道機関は実名、顔写真を報じることの意義を主張しています。(参照)

私は記者時代、主に政治・行政を担当しましたが、地方支局の時は事件・事故を取材した経験もあり、実名・写真報道について思うところがあるので自分の考えを記そうと思います。

今回、報道各社は実名・顔写真を掲載する意義を
「犠牲者一人一人を、『35人』という数字ではなく実名で伝える必要があると判断」(産経)
「お一人お一人の尊い命が奪われた重い現実を共有するためには、実名による報道が必要」(朝日)
と訴えています。

こうした主張は私が記者をしていた7年半前と変わっていません。

元記者の私としても「●人が亡くなった」「Aさんはこういう人だった」という記事より、名前・年齢・顔写真があった方が記事を読む側がその悲惨さを共感でき、考えてもらうきっかけになると思います。

ただ、私の取材経験から言えば、実名や顔写真の報道を喜んで協力してくれるご家族は多くはありません。

中には最愛の方の生きた証を報じてほしいと言われる方もいますが、「そっとしておいて」というご家族は少なくありません。

そうした状況下でも、報道各社は顔写真を入手しようと力を入れます。

私の現役記者時代、「何年も前に別れた元妻の家に行った」とか「父親の職場に押し掛けた」という同業他社の話を聞いたことがあります。

2005年の福知山線脱線事故の際は「某社は、顔写真を取るのが得意な記者を現地に送り込んだ」という話を耳にしました。

実際、その新聞には他の社に先駆けてたくさんの被害者の顔写真が載っていました。

福知山線事故に限らず、被害者家族へも相当な取材攻勢なので、加害者や加害者家族への取材は苛烈を極めていたと思います。

以前から報道機関は「節度ある取材、報道に努める」「プライバシーには最大限配慮する」と言っていました。

私が新聞社をやめて7年半以上が経ったので、今日現在の事件・事故の取材現場がどのような状況かは把握していませんが、劇的な改善が見られていないのではと心配しています。

報道機関の原点に立ち返り、被害者であれ加害者であれ、その人について知ってもらう意義があると報道機関が判断した場合にはメディアの責任で取材・報道し、その批判には社の責任できちんと応えるべきだと思います。

「警察が公表したから」では何の説明にもなりません。

テレビの制作会社の取材に対しては放送主体が責任を負うのは当然のことです。

私の現役記者の頃と違って、取材される側も簡単に録音・録画ができ、それを自ら発信できます。

取材過程を公開された場合にも社会からの批判に耐えうる報道を心がけていただければと思います。

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