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大江健三郎さんの小説はなぜ60年間も封印されていたのか

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「風流夢譚」復刻にかけた息子の思い

その京谷さんの願いを実現させたのは、息子の六二(むに)さんだった。

  六二さんは光文社に勤めていたが、退社して2011年に自宅で電子書籍専門の出版社「志木電子書籍」を立ち上げた。妻とふたりの会社だった。

「六二ってのは珍しい名前ですねえ」

 2013年、池袋の喫茶店で初めて会って話を聞いた時に私がそう言うと、六二さんは「1962年に生まれたという単純な理由なんです」と答えた。

「ああ、事件が起きた翌年ですか」

 私がそう呟いた。

 先に挙げた風流夢譚事件について書いた2冊の本はいずれも絶版となったのだが、六二さんの手で電子書籍として復刻されている。父親の本を復刻したのは「親孝行というつもりだった」という。

  そして、この2冊とあわせて電子書籍になったのが、深沢七郎さんの「風流夢譚」そのものだ。テロ事件の直後、深沢さんは涙ながらに記者会見し、この作品を封印することを言明した。だからその作品は長い間、二度と日の目を見ない、戦後文学最大のタブーとして扱われてきたのだった。

 父親の思いを実現する形で六二さんが「風流夢譚」の電子版の出版を行ったのは2011年、東日本大震災の年だった。

問い合わせ先を非公開にした

  私がこの電子版『風流夢譚』について知ったのは、朝日新聞が2013年8月20日に掲載した記事がきっかけだった。「半世紀前、テロ誘発した問題作『風流夢譚』電子化で解禁」という大きな記事だった。この記事は反響を呼んだようで、それまで月に30冊くらい売れていた『風流夢譚』の売れ行きが跳ね上がったという。

「記事が載った当日だけで見ると、1日あたりそれまでの100倍くらいの注文がありました。その後数日間は、アマゾンがバナーを張ってくれたりしていました」

 私が京谷さんに会って話を聞きたいと思ったのは、『風流夢譚』解禁を社会がどう受け止めたのか知りたいと思ったからだ。ちなみに同書はこれまで100%封印されていたわけでなく、一部雑誌やネットには全文が出回ったりしていた。著作権者は「これまで許可したことはない」と言っているというから海賊版だろう。

 京谷さんが刊行したのは電子書籍とはいえ、著作権者の了解を得て正式に出版されたものだ。アマゾンのレビューには、この作品が読めるようになって良かった、といった書き込みがなされている。でも右翼団体からの抗議といったものはなかったのだろうか。

 「電話での抗議とかそういうものはなかったですか」

 そういう私の問いに、京谷さんは一瞬うーんと沈黙した後、こう答えた。

 「恥ずかしい話ですが、朝日新聞に掲載されてから数日後に、問い合わせ用の電話番号を非公開にしたのです」

 電子書籍の場合は、敢えて告知をしない限り、発行元にアクセスするのは紙の本のように簡単にはいかない。

「ツイッターを始めとするネットでの反響は概して好意的です。よく出してくれたという反応ですね。ただ、これが大手出版社や朝日新聞社だったら、たとえ電子書籍でも刊行できなかったと思います」

 60年も前のテロ事件とはいえ、風流夢譚事件はいまだに出版界に影を落としているのだ。電子書籍として出版はされたものの、紙の本としての出版は簡単ではないだろう。

 今回、拙著刊行を機に、数年ぶりに京谷六二さんに連絡を取った。『風流夢譚』電子版はその後もコンスタントに売れ続けているという。

「何か抗議とかリアクションはなかったですか」と尋ねると、「それは特にありません。ただ、『創』で記事になった後、それを見たようで公安が訪ねてきました」ということだった。

この間の皇室報道があまりにひどい

  8月1日、『皇室タブー』という書名で著書を刊行した。

  その出版をこの2019年にやらねばならないと思い立ったのはほかでもない。平成から令和へという改元と天皇代替わりをめぐる一連の報道が、あまりにひどいのではないかと驚いたからだ。

 令和への改元にあたって、令和饅頭などのあやかり商法や、ハロウィンのようなお祭り騒ぎが起き、テレビは競ってそれを報じたのだが、元号が変わることが市民にとってある種のお祭りのように捉えられるのも悪いことではないだろう。でもそれをうんざりするほど何日も続けたり、それだけで報道を終えてしまっては幾ら何でも問題だろう。

 約30年前の昭和から平成への改元の時には、象徴天皇制のあり方といった議論がテレビや新聞でもっとなされたものだ。

 今回も新聞は比較的そういう報道を行ったが、扱いも小さく、その問題を社会に問いかけようという意欲があまり感じられなかった。30年前は昭和天皇に対するタブー意識もあって、天皇制について論じること自体に多少の覚悟がいる時代だったが、それゆえにこそメディアは意識的にそのテーマを取り上げようとした。

 でも今回は、たぶんテレビでそういう問題を取り上げても視聴率がとれないという判断からなのだろう。お祭り騒ぎだけで報道が終わってしまっている感がある。いったいどうしたことなのだろうか。

 ちょうど同じ時期、週刊誌を賑わせていたのは、秋篠宮家の長女の結婚延期騒動だった。この騒動も予想外に長期化し、新時代を迎える皇室の喉に刺さった骨のようになっているのだが、実はこの騒動には、象徴天皇制のありようや、皇室の近代化とは何なのかという本質的な問題が内包されている。

 ところがその騒動も、面白おかしく経緯が報道されるだけで、その背景にどういう問題が内包されているかという本質的な議論になかなか至っていない。

  そのひとつの理由は、新聞・テレビの大手メディアが、基本的に宮内庁の発表を伝えるだけに終始しており、それゆえに騒動がもっぱら週刊誌などの芸能マスコミの独壇場となっているという事情があげられる。何よりも気になるのは、週刊誌がこの間、小室家叩きという一色に染まっていることだ。

  新刊『皇室タブー』では、そういう状況が、偶然そうなっているのではなく、皇室報道の歴史的経緯に根差していることを指摘したいと思った。

 いったい、「菊のタブー」と言われるものは、昭和~平成~令和という時代の移り変わりの中で、どのように変容してきたのか。そしてそれは、象徴天皇制のありようと、どういう関わりを持ってきたのか。そういう問題を考える糸口を提供しようと考えたのだ。

 タブーを支える背景は暴力に対する恐怖だが、実際には暴力が行使されなくても、その恐怖のイメージが成立していることがタブーを支えていく。イメージが独り歩きし、表現者や出版社が自己規制してしまうというのがタブーの完成形態だ。

 先に、なぜ封印が60年も解かれなかったのか、と書いた。

 それは恐らく、皇室タブーとか言論テロといったことへの関心そのものが風化していったことに原因があるのではないだろうか。つまり敢えて封印を解こうとする試み、そういう意識そのものが希薄になっていったからではないかと思う。

 封印を解こうと努力しながらも解けなかったというのでなく、封印されていること自体への関心が薄れていった。そんな印象が強いのである。「政治少年死す」が今日まで封印されたままだったのは、そういう時代の流れと関わっているような気がする。

 昨今の皇室報道のあり方を含めて、拙著では1980年代以降の皇室タブーに関わる以下の事件を取り上げた。

「菊のタブー」とは何か/「風流夢譚」封印と復刻/「パルチザン伝説」出版中止事件/『新雑誌X』襲撃事件/講談社『ペントハウス』回収事件/天皇コラージュ事件/天皇Xデー記事で『創』へ街宣/『週刊実話』回収と『SPA!』差し替え/美智子皇后バッシング騒動/美智子皇后「失声」から銃撃事件へ/『経営塾』への猛抗議と社長退陣/『噂の眞相』流血事件/封印された「皇室寸劇」/渡辺文樹監督と「天皇伝説」/『プリンセス・マサコ』出版中止事件/『WiLL』侵入事件と右派の対立/封印されたピンク映画/秋篠宮家長女結婚騒動と象徴天皇制 

 『創』でもう30年以上、連載コラム「言論の覚悟」を執筆している鈴木邦男さんは、皇室タブー特集にはよく登場していて、「皇室タブーなどどこに存在するのか」という主張を行ってきた。つまり「皇室タブー」と言われるものは、大半がメディアの自主規制によるもので、実はメディアが勝手におびえているだけなのだ、というわけだ。

 この指摘も一理ある。どこまでがメディアの自主規制によるものなのか、どこまでがそうでないのか。それもまた踏まえて議論しないといけない。このヤフーニュースでも、拙著の反応なども含めて、「皇室タブー」あるいは皇室報道について問題提起していきたいと思う。

※新刊『皇室タブー』篠田博之著/創出版刊

※Yahoo!ニュースからの転載

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