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移民、高齢化、差別…日本社会の課題最先端と化す団地 ルポ『団地と移民』の著者・安田浩一が見出す光とは

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在留外国人が270万人を超えた日本。その受け皿となっているのが、各地の団地だ。かつて「夢と希望の地」として憧れられた場所は、いまや高齢者と移民が大半を占める限界集落と化している。

ヘイトスピーチの矛先を居住者に向ける差別的な人間や、極端な報道をするメディア、それを乗り越え多文化共生を目指す若者たち。団地をめぐる光と闇を渾身の取材で描いたルポ『団地と移民 課題最先端「空間」の闘い』(KADOKAWA)を3月に上梓した安田浩一氏に、団地とそれを抱える日本社会の課題を聞いた。

【取材:清水駿貴】

BLOGOS編集部

差別のネタを探し出して炎上させる現代の排外主義 日本社会は悲鳴を上げている

『団地と移民』で安田氏は、中国籍住民が半数ちかくを占める川口芝園団地(埼玉県川口市)や中国残留孤児が多い広島市営基町高層アパート(中区基町)、日系ブラジル人が集まる保見団地(愛知県豊田市)など、外国籍住民の多い団地を取り上げた。

高齢化による日本人の孤独死や、外国籍住民に向けられる差別と偏見など、社会問題をあぶり出しながらも、文化交流の架け橋になろうともがく人々の闘いを同時に描いている。

-これまで「ネットと愛国」(講談社)や「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2」vol.17)などで、ヘイトスピーチや外国人労働者問題を取り上げてきた安田さんが、今回、団地というテーマを選ばれたのはなぜでしょうか。

団地の取材に取り組むひとつのきっかけとなったのが、芝園団地におけるヘイト活動でした(※)。

※2010年春、「排外主義」を主張する約20名のグループが芝園団地に押しかけ、団地内の写真とともに「支那人による人口侵略の最前線」という見出しでブログ記事をネットにアップするなどした。

ヘイトに同調する別の右翼団体もでてきたりして、団地の存在そのものに差別と偏見の矛先が向けられるようになったわけです。当時、僕はそのヘイト活動の風景を何度か目にしましたが、外から来て騒いでいる人間はいても、地元や団地の当事者なんていない。ヘイトを叫ぶ彼ら彼女らは、差別のネタを探し出して炎上させる現代にありがちなネット作法を、リアルな社会に持ち込んだという気がしてなりませんでした。

そのとき、団地に押しかけたのは少人数かもしれませんが、その状況がネットに書き込まれ、デマに基づいた団地の差別が拡散されることで、ますます偏見が定着してしまいます。差別なんかしたことがないし、団地を見たこともない人のなかで「団地は怖い」というイメージだけが一人歩きしてしまう。すると団地はますます孤立していきますよね。当時、僕は団地住民や外国人住民がかわいそうという思いよりも、日本社会が悲鳴をあげているような気がしてなりませんでした。

-日本社会が悲鳴をあげるというのはどういう意味でしょうか。

団地というのは日本社会の縮図だと思っています。外国人がいて、増えて、住民の高齢化が問題となっていてというのは、まさにいまの日本そのものじゃないですか。それが先鋭的に表現されているのが団地なんじゃないかなと。だから、団地が悲鳴をあげているというのは、いわば日本社会が悲鳴をあげているのと同じような意味だと感じました。

「排外主義の最前線」で見出した希望

埼玉県川口市の川口芝園団地。かつてヘイトの矛先が向けられたり、マスコミの極端な報道で伝えられたりしたが、8月に編集部が訪れた際には、日本人の高齢者や外国人住民が木陰で涼んでいるなど、のどかな風景が広がっていた

-『団地と移民』第3章のタイトルは「団地は排外主義の最前線」。それを見たとき、保見団地抗争(※)のような過激な対立が起きている様子を想像しましたが、現代における排外主義は、様相が違うのでしょうか。

※1999年、地元の日本人グループとブラジル人少年のケンカをきっかけに、右翼団体や暴走族とブラジル人グループの抗争が勃発。愛知県警機動隊が出動する事態となり、騒動が終わったあとも、ブラジル人排斥運動が続いた。

21世紀型と言っていいのかわかりませんが、この時代においての差別というのは、当事者ではない人間がネタをつくり、差別を広げていくという回路の上に存在すると思っています。

外国人が増えることに関する抵抗感というものが日本社会全体にあり、団地というのはより密着した形でそういった感情が生まれるので、それを外部が煽ることによって、住民の方も不安に陥る。そういう悪循環が生じているように思います。

ただ、僕がこの本で描きたかったのは、そんなにひどいことになっているということではありません。その状況から、希望を見つけようとする人や、日本社会をもう少し生きやすくしたいと思って活動している人々が少なからずいるということを、強調したいと思いました。

だから団地が今もひどい状態なんだというのを訴えるつもりは全然ありません。僕はさまざまな文化が衝突するというのは、ある意味面白いことだし、生きていく上でとても大事なことだと思っています。

「社会の先端を生きているのだ」ということを、団地の皆さんが主張することもだんだん増えてきた。僕はそれこそが社会の希望だと思います。

団地を舞台に極端な治安悪化の物語を作ろうとするメディア


-外部が不安を煽るという話に関しては、ときにメディアが良い部分、悪い部分を極端に切り取って報じてしまいます。著書のなかでも、住民が否定しているにも関わらず、テレビ局が芝園団地の映像とともに「町に中国人が急増!恐怖の乱闘騒ぎとゴミ問題」と題した放送を行なった例が挙げられています。

大手のメディアって多くがゴミの話から始めるわけですよね。「団地住民が増えている→ゴミ出しはどう?」と。それはすごく偏見だと思っているんです。本の中で紹介した事例だと、テレビ局のクルーが芝園団地の住民にゴミはどうですかと聞いた。住民が「なんともないです」と答えると、その場では引き上げ、後日、「外国人が急増し、治安が乱れている」「恐怖の乱闘騒ぎとゴミ問題」などという文言とともに、団地の映像を挟み込んだわけです。メディアが率先して、無理やり治安悪化の物語を作り出してしまっている。

日・中・英の3ヶ国語で分別方法が記されている芝園団地のゴミ捨て場

もしくは、時に外国人が頑張っていると、強引に美しい話に仕立てる。本を書く上で取材した73歳の日系ブラジル人男性は毎朝、保見団地のゴミステーションを掃除していました。それを一部のメディアは美談として取り上げました。勤勉で綺麗好きなブラジル人がいると。でも、本人に話を聞くと、清掃している理由は、ゴミ置場が汚れているとブラジル人のせいにされるからなんですよ。それがたまらなく辛いから毎朝、掃除をしている。美談ではありませんよね。僕はマイノリティにそうした作法を植え付けてしまう社会こそが「多文化共生」の最大の阻害要因じゃないかと思います。

自戒を込めて言いますが、簡単に良い悪いどちらかに流されてしまうのはよくない。僕ら取材者の基本というのは、とにかく現場に行って、風景を捉える。一度偏見を取り去ることは書き手として必要だと感じます。

実際に団地に足を運んでわかった「高齢化」と「外国人急増」の実態

―取材者として、「団地」というテーマにはどのような思いで取り組みましたか

僕自身が昔、団地に住んでいたので、興味と関心はずっとありました。でも、団地をテーマに取材しようとすると手探り状態で、なかなか前に進まなかった。今世紀に入ってから、ヘイトスピーチや外国人労働者の問題を追うなかで、団地という存在は外国人の居住地として、あるいは差別と排外主義の舞台として僕の目に飛び込んできました。だから、団地を改めて掘り下げてみようと。風景ではなく、実際に生活している人の声を聞いてみたいという思いで取材を進めました。

-取材を通して団地に対するイメージは変化していきましたか

「高齢化にともなう限界集落化」と「外国人住民の急増」という理解は、取材以前から頭の中にありました。しかし、実際に話を聞くと、観念的なものではなくて、より深刻な問題だとわかりました。

取材のなかで、ある日突然、隣の高齢者の声がしなくなり、数ヶ月後に亡くなった状態で発見されたという話があります。それを語る人からはあきらめと、自分もそうなるかもしれないという危機感がひしひしと伝わってくるんです。僕は単に「団地は老いているな」と、たそがれたイメージを持ってましたが、そうではなく、人が生きている以上、人間の死と向き合う辛さや苦痛がありました。

それから、「外国人が増えている」というワード。この文脈は今の日本社会においては、負の側面で語られることが多い気がします。

外国人が増えているから治安が乱れる、住みにくくなるという話はいやというほど聞かされていました。僕自身、そうじゃないだろうと思いつつも、異なる文化・社会背景を持った人たちが、ともに暮らすことで生じる摩擦や軋轢は大きいというイメージはありました。

取材を終えた今、断言できるのは、摩擦や軋轢は確かに存在しますが、実は大した問題ではないということです。「異文化が混ざることで、団地の中に大きな問題が起きている」というのは、あくまで外部から見たイメージであって、なかで暮らしているのは普通の人たちです。団地って単なる住空間であって、人間が営みを繰り返している場所。戦争が起こっているわけではないし、犯罪の場でもない。親も家族も兄弟も、子も友人もそこにいるわけで、団地そのものが決して荒廃しているわけではありません。ただ、荒廃のイメージを持ち、白眼視することによって、団地=危険な地域としてしまっているのは、団地外の人々の言説であり、頭のなかの風景だろうと思うようになりました。外国人が増えて大変だろうなと思った時点で、取材前の僕のなかには偏見があったのかもしれません。

摩擦や軋轢よりも問題なのはお互いの「無関心」


ーでは、外国人が増えることによって団地のなかに生じる問題は別にあるのでしょうか

僕は外国人居住者が多い団地を取材してきました。よく言われるゴミのトラブルはどうかというと、それはあります。でも、古くから団地に暮らしている人の話を聞くと、ゴミのトラブルに関して言えば、団地ができたばかり、つまり日本国籍の人が多数いた状態であっても、あったわけです。むしろ今、外国人住民が多く住んでいて、かつ定着が進んでいるところでは、ゴミの問題はほとんどありません。

外の人々が煽るような日本人と外国人の対立ではなく、深刻なのは異なった文化の人々が背中合わせに住んでいながら交流がないことです。「無関心」こそ大きな問題だと思うようになりました。

交流というのは必ずしも望ましい形ばかりでもないでしょうし、そこからあらたな対立や論争が生まれることもあると思います。でも、何も知らなければ、相手のことを怖いと誤解したまま暮らし続けることになります。それは日本人も外国人も一緒です。だから結局、「知ること」から始まるのかなと思いました。

本書のなかでも紹介していますが、いま、団地で交流のきっかけづくりに取り組む人たちや団体は増えています。だから、僕は摩擦や軋轢を心配することより、そういう姿勢の団地が増えていることに安心しています。

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