記事

売られた喧嘩を買わない日本外交の不可解

2/2

■プーチン大統領は歴史を強引に歪曲した

日露間には、「択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の帰属に関する問題を解決し両国関係を完全に正常化する」という東京宣言がある。これは1993年に細川護熙首相とエリツィン大統領の間で調印された宣言だが、プーチンも大統領として2001年のイルクーツク声明、2003年の日露行動計画で東京宣言を基礎にして平和条約を締結するとの日露合意に署名している。つまり、プーチン大統領は日露間には北方四島の帰属問題が未解決の領土問題として残っていることを明確に認めていた。

しかし、2005年9月になって彼は「四島は第2次大戦の結果ロシア領となった。国際的にも認められている。この点について議論するつもりはまったくない」と述べ、歴史を強引に歪曲した。今年1月の日露外相会談の際やその後もラブロフ外相は、「第2次世界大戦の結果を日本が承認することが平和条約交渉の絶対の前提」だと述べたが、彼が強硬派なのではなく、ただ忠実にプーチン路線を踏襲しているにすぎない。

■領土交渉を抜きにした平和条約交渉はあり得ない

またプーチン大統領は、昨年9月安倍晋三首相、中国の習近平国家主席その他の国家元首も参加したウラジオストクでの「東方経済フォーラム」で、「一切の条件なしで(=領土問題と関係なく)」今年末までに平和条約を締結しよう、と安倍首相に提案した。このプーチン提案に対して首相は苦笑で応じただけだったが、政府は領土交渉を抜きにした平和条約交渉は有り得ないとのしっかりとした反論を出さず、逆に「プーチン大統領の平和条約への強い意欲の表れ」と驚くべき評価をした。もちろん侮辱されているのを取り繕う発言である。

このプーチン発言を筆者は次のように解釈する。2000年7月末に野中広務自民党幹事長(当時)が「領土問題と平和条約問題は切り離しても良い」という意味の発言をして、ロシアでも注目された。プーチンは日本側がそこまで譲歩するつもりがあるのか、ジャブを入れたのだろう。日露領土交渉に深く関わったロシアのクナーゼ元外務次官も、「では平和条約交渉で何を話すのか。ソ連時代でもこれほど侮辱的な対日対応はなかった」と述べたほどだ。

ペスコフ大統領報道官も今年3月に「日本と交渉しているのは、島を引き渡すか否かではなく(それとは関係なく)平和条約締結に関する合意だ。この交渉はたいへん複雑で何年もかかる可能性がある」とさえ述べた。難しくないことをわざと難しく見せ、プーチンの任期中に解決するつもりはなく、それこそ「いつまでも平和条約交渉をしよう」との意だが、もちろんプーチン自身の考えだ。

■歴史認識も正さず友好や交流強化を訴える日本

2016年11月にロシアのマトビエンコ上院議長が訪日した時、彼女は「四島のロシアの主権に疑いはなく、国際文書にも定められている。ロシアの立場は不変で、主権は放棄しない」と、やはりプーチンの言葉を複唱し、歴史を歪曲して勝手放題を述べた。

昨年7月に伊達忠一参議院議長がマトビエンコ氏に招かれて訪露し、彼女の司会の下でわが国の参議院議長としては初めて上院での演説の機会を得た。ロシア側の間違った歴史認識を正す絶好の機会であったが、ただ両国の友好関係や交流の強化について述べただけであった。

最近、プーチン大統領は日米安保条約からの日本の脱退が平和条約締結の条件だとか、その日米安保条約に関しても「56年宣言が署名された時は存在しなかったが、今は存在している」といった日本が受け入れるはずのないこと、あるいは初歩的に間違った認識を公然と述べている。ちなみに、1951年9月8日、日本はサンフランシスコ平和条約に調印した同じ日に米国との間で日米安全保障条約に署名し、米国との防衛面での同盟関係を確立した(翌年4月発効、1960年改定)。このような間違った発言に対しても、日本側はメディアや専門家も含めて沈黙している。ロシア人が「交渉は気に入った、100年でも200年でも続けていい」と言うのも当然だろう。

■きちんと情報発信しない政府、メディアの責任は大きい

日本の対露交渉の最大の問題点は、このようなプーチン、ラブロフ、マトビエンコなど各氏の発言が歴史の乱暴な歪曲だと分かるような正確な情報を、国内的にも国際的にもきちんと発信していないことである。

筆者は前述の2012年のプーチン発言の直後に、ロシア語で公表された原文と日本での報道の違いを指摘し、これまでそれを幾度も問題にしてきた。今日の北方領土交渉の行き詰まりは、残念なことに筆者の予想通りの成り行きだが、これは日本の政府やメディア、専門家たちがきちんとした情報発信をしていない結果でもある。このことを考えると、今後の対露政策の在り方は、おのずと明らかになるだろう。

----------

袴田 茂樹(はかまだ・しげき)

新潟県立大学教授1944年大阪生まれ。東京大学文学部哲学科卒。モスクワ大学大学院に留学後、東京大学大学院国際関係論博士課程満期退学。青山学院大学教授を経て現職。専門は国際政治学。ロシア問題における日本の権威。ユーラシア研究のほか文芸論にも詳しい。『深層の社会主義』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞し、現在も同賞選考委員を務める。著書に『プーチンのロシア 法独裁への道』(NTT出版)ほか多数。

----------

(新潟県立大学教授 袴田 茂樹 写真=SPUTNIK/時事通信フォト)

あわせて読みたい

「日露関係」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。