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高齢期の所得保障を考えるシリーズⅢ

高齢期の生活を支える主たる収入源は、「公的年金」、「私的な資産(退職金、預貯金、私的年金等)」、「高齢期の稼働所得」である。このうち退職金については、「一時金」として受け取る方法と、「年金」のように分割して受け取る方法とがある。
退職金を一時金として受け取ると、それを贅沢な旅行や飲食に充ててしまう等、高齢期の家計を支える重要な柱を早期に費消してしまいかねない。ところが、厚生労働省「平成30年就労条件総合調査」によれば、退職給付制度がある企業のうち、「退職一時金制度のみ」の企業が73.3%、「退職年金制度のみ」の企業が8.6%、「両制度併用」の企業が18.1%となっており、退職金が一時金として給付されるケースが多い。この背景には、一時金に有利な退職金税制がある。このことを理解するために、まず、一時金として受け取る場合と、年金のように分割して受け取る場合とにおける、税制の違いを見てみよう。

1.退職金を一時金として受け取る場合の税制
退職金を一時金として受け取る場合には、退職金以外の所得とは分離した上で、所得税や住民税が賦課される(分離課税)。退職一時金には、退職所得控除が設けられており、退職所得控除額は勤続年数が長いほど大きくなる1ため、同一の企業に長く勤めるほど、所得税の負担が軽くなる(図表1)。

図表1 勤続年数別に見た退職金額(横軸)と所得税額(縦軸)の関係(単位:万円)

(資料)国税庁ウェブサイトより作成
(注)所得税額=((退職金額-退職所得控除額)÷2×所得税率-控除額)×1.021である。税率等は2018年分、復興特別所得税を含む。

なお、退職金を全額一時金で受け取る場合には、社会保険料も賦課されない。また、退職後に国民健康保険に加入する場合、保険料算定の対象となる前年度所得にも退職金は算入されない。

2.退職金を年金のように分割して受け取る場合の税制
退職金を年金のように分割して受け取る場合は、公的年金等の収入と合算した上で公的年金等控除が適用され、雑所得として計算される。退職後に再就職し、給与所得を得ている場合等は、その所得も合算し、所得控除を適用した上で、所得税額が計算される(総合課税、図表2)。また、退職金を分割して受け取る場合では、社会保険料が賦課される点も、一時金として受け取る場合とは異なっている。

図表2 公的年金等収入金額(横軸)と所得税額(縦軸)の関係(単位:万円)

(資料)国税庁及び東京都大田区ウェブサイトより作成
(注1)所得税額=((公的年金等収入金額(年金として受け取る退職金や公的年金等)-公的年金等控除額-基礎控除額-社会保険料控除額)×所得税率-控除額)×1.021である。税率等は2018年分、復興特別所得税を含む。
(注2)東京都大田区に在住する(大田区国民健康保険に加入)、公的年金等以外に所得のない単身世帯を想定している。

3.一時金受け取りと分割受け取りとの違い
このように、退職金を一時金として受け取るか、分割して受け取るかによって、税や社会保険料の負担のあり方は大きく異なる。
退職金を全額一時金として受け取る場合には、退職所得控除が適用される。退職所得控除額は勤続年数が20年を超えると上方に屈曲し、所得税の負担が一層軽減される(脚注1参照)。勤続年数が40年であれば、退職所得控除額は2,200万円となるため、退職金額が2,200万円以下の場合、課税退職所得金額はゼロ、したがって所得税額もゼロとなる。
退職金額が退職所得控除額を上回る場合でも、課税退職所得金額はこの超過額の半分に圧縮される(図表1(注)の算出式参照)。また、他の所得と切り離された分離課税となるため、低い所得税率が適用される可能性が高い。さらに、退職金を全額一時金で受け取る場合は、社会保険料も賦課されない。
これに対して、退職金を年金のように分割して受け取る場合は、公的年金等の収入と合わせて雑所得へ算入され、これを他の所得(給与所得等)と合算した総所得金額に課税されるため、適用される所得税率も高くなる可能性がある。退職金を分割して受け取れば、公的年金等控除が適用されるものの、公的年金収入を控除するだけで使い切ってしまう場合が多い。さらには、所得に応じて社会保険料の負担も生じることとなる。この両者の違いを整理したものが、図表3である。

図表3 退職金を一時金として受け取る場合と分割で受け取る場合との相違


本稿では、この違いをより具体的に捉えるため、シミュレーションを行ってみたい。試算の前提は、以下の通りである。
●東京都大田区在住の夫婦のみ世帯(同年齢の夫婦)。
●夫は65歳まで同一の企業に勤務し、2,000万円の退職金を受け取る(妻は専業主婦)。
●夫婦とも65歳で公的年金の受給を開始し、年金月額は夫:16.4万円、妻:6.4万円である2
●退職金及び公的年金以外の所得はなく、所得控除は基礎控除・配偶者控除・社会保険料控除のみを想定する。
●夫婦とも大田区国民健康保険に加入し、総所得金額に応じて保険料均等割額の軽減等も織り込む。
●税率や保険料率は2018年分をもとに計算する。
●金利及び物価上昇率は0%とする。
●退職金を分割して受け取る場合の運用利率は2%とする。
この前提の下で、退職金を一時金として受け取った場合と、10年間の分割で受け取った場合とにおける、65歳から10年間の手取額や税・社会保険料負担の合計額を計算すると、図表4の通りとなった。

図表4 65歳から10年間の手取額及び税・社会保険料負担の合計額(単位:万円)

(資料)国税庁及び東京都大田区ウェブサイトより作成

退職金を10年間の分割で受け取った場合、運用益が加わるため、10年間合計の額面額は4,956万円と、退職金を一時金で受け取った場合の4,736万円を大きく上回る。それにもかかわらず、手取額はそれぞれ4,231万円、4,529万円と逆転してしまう。これは、退職金を分割で受け取ると、毎年のフローの所得が発生することに伴い、特に国民健康保険料(約304万円。退職金を一時金で受け取る場合に比べ約240万円の負担増)や住民税(約166万円。退職金を一時金で受け取る場合に比べ約160万円の負担増)の負担が大きく増加するためである。このように、現行制度は退職金を分割して受け取る者に不利な仕組みとなっている3

4.分割して受け取ることが不利とならない税制に
厚生労働省「平成27年簡易生命表」によれば、公的年金の標準的な受給開始年齢である65歳時点における平均余命は、男性19.46年、女性24.31年である。これほど長期間の家計を支える上で、公的年金だけでなく、私的な資産を長期的に活用していく自助の重要性は一層増している。
そのためには、退職金・年金の税制の見直しを進めることも重要である。現行の退職所得控除は、同一の企業に長期間勤めるほど有利な仕組みとなっており、労働移動が増大する現代社会に適合した制度とは考えにくい。また、現行の税制では、前提条件にもよるが、退職金を一時金として受け取る方が、年金のように分割して受け取る場合よりも有利になっている。もちろん、退職金を一時金として受け取ることを否定するものではないが、高齢期に私的な資産を活用していくことが重要になっているという観点からは、少なくとも、退職金を一時金として受け取る場合と、年金のように分割して受け取る場合とで、イコールフッティングとなるような仕組みの整備を急ぐ必要があるだろう。


1 勤続年数20年超で、退職所得控除額はより大きくなる。40年勤続すると退職所得控除額は2,200万円に達する。
勤続年数20年以下の場合:退職所得控除額=400,000円×勤続年数
勤続年数20年超の場合 :退職所得控除額=8,000,000円+700,000円×(勤続年数-20年)
2 年金月額は第6回社会保障審議会年金部会資料(2018年11月2日)における、20~60歳に現役男子全体の平均標準報酬で働き、65歳まで60~64歳の平均標準報酬で働いた場合の「モデル世帯」の年金額を参照している。なお、本稿のシミュレーションにおいて、年金額のみ2014年度価格である点に留意されたい。
3 この試算結果はあくまで一例であり、試算の前提の置き方次第で、結果が異なり得る点に留意されたい。


経済政策部 上席主任研究員 大野 泰資

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